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息子への「揺さぶり虐待」を疑われ、家族はバラバラに引き裂かれた…苦節5年、無罪を勝ち取った父が語る「壮絶な日々」

2023.11.13(月)

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息子への「揺さぶり虐待」を疑われ、家族はバラバラに引き裂かれた…苦節5年、無罪を勝ち取った父が語る「壮絶な日々」

身に覚えのない虐待で、家族がバラバラに

「俺は、お前がやったと思てんねん。直感やねん!」

これは数年前、大阪府警捜査一課の刑事が一人の父親に投げつけた言葉です。

逮捕から5年目の春、晴れて無罪を勝ち取った赤阪友昭さん(59)は振り返ります。

「どれだけ責められても、自分たちにやましいことは一切ないので、私は『友達に聞いて回ってみてください。そうしたら僕たち夫婦のことがよくわかるはずです』と返しました。でも、その刑事は、『そういうことは言わんほうがええで。だいたい、そういうことを言うヤツほどやってんねん』と言い放ったのです」

画像はイメージ(Photo by iStock)

画像はイメージ(Photo by iStock)

生後2か月だった長男が、先天性の病気で急性硬膜下血腫等を発症。にもかかわらず、そのとき抱いていただけの父親に、強く揺さぶるなどの「虐待」容疑がかかり、逮捕、勾留、起訴……。まだ乳児だった我が子は児童相談所によって一時保護され、平穏だった家族は、4年もの間、会うこともできず、バラバラに引き裂かれました。

しかし、2023年3月17日、大阪地裁の末弘陽一裁判長が読み上げた判決文には、以下のように記されていました。

「長男は先天性の疾患などにより、軽い外力で出血した可能性があり、(虐待の)動機も認められない」

そして最後に、父親の友昭さんに向かってこのような言葉を投げかけたのです。

「5年余りの苦悩は言葉では言い尽くせないでしょう。今日を区切りに、ご家族との穏やかな日常を取り戻されることを切に願っています」

検察からの控訴はなく、2週間後、無罪判決は確定しました。

まったく身に覚えがないにもかかわらず、なぜ、「我が子への虐待」という疑いをかけられ、「被告人」として刑事裁判にかけられなければならなかったのか……。

当事者である赤阪さんにお話を伺いました。

虐待を疑われ、捜査員16人で家宅捜索

生後2か月だった長男に突然の異変が生じたのは、2017年11月のことです。当時我が家は、妻(44)と長女(4)、そして長男(0)と僕の4人家族でした。

あの日は、育児で疲れていた妻を休ませてやりたいと思い、僕が息子の面倒をみていました。仕事柄、出張が多く、妻が一人で子育てを頑張っていたので、帰ったときにはなるべく子どもたちの世話をするなど手伝うようにしていたのです。

2017年9月20日撮影 ご長男の1か月検診の後、赤阪さんの両親宅へ報告に行った時の写真(赤阪さん提供)

2017年9月20日撮影 ご長男の1か月検診の後、赤阪さんの両親宅へ報告に行った時の写真(赤阪さん提供)

異変が起きたのは、僕が息子を抱いているときでした。急に泣き声が高くなったかと思うと、顔が真っ赤になって、突然、声が止まりました。喉に何か詰まったのかもしれないと思い、とっさに背中をたたきました。そして、すぐに救急車を呼び、病院へ搬送したのです。

最初の病院で脳内出血の可能性があると言われ、すぐに別の病院に転送されました。脳検査の結果、急性硬膜下血腫、眼底出血などの異常が見つかりましたが、幸い命に別状はありませんでした。しかし、医師からは『体に傷などはありませんが、虐待の可能性もあるため、児相と大阪府警に通報する義務がある』と言われたのです。

その後、警察が家宅捜索の令状を持って我が家にやってきました。玄関の扉を明けたら、なんと16人もいて驚きましたが、彼らに家の中をいろいろと撮影され、私たち夫婦のパソコンやベビーバギーなど、全部持っていかれました。

児童相談所によって長男に対する「一時保護」が行われたのは、2018年1月4日です。実はこの日、やっと退院できるということで準備をしていたのに、親である私たちには事前に一切知らされることはなく、息子はまるで拉致されるかのように病院から乳児院へ移送されてしまいました。

いったい何が起こっているのかよく理解できなかった私たちは、二人で手分けしていろいろ調べました。妻は息子の容態について医学的な情報を、僕の方は「急性硬膜下血腫」「眼底出血」といったキーワードで。すると、「SBS検証プロジェクト」というサイトが見つかり、それを読んで初めて、息子は「揺さぶられっ子症候群」(*以下注)と診断され、僕は揺さぶり虐待を疑われているということがわかったのです。

*『揺さぶられっ子症候群』(Shaken Baby Syndrome=SBS)。虐待性頭部外傷(Abusive Head Trauma)を略して、「AHT」と表記されることもある。
赤ちゃんの頭部に、

1)硬膜下血腫/頭蓋骨の内側にある硬膜内で出血し、血の固まりが脳を圧迫している状態
2)眼底出血(網膜出血)/網膜の血管が破れて出血している状態
3)脳浮腫/頭部外傷や腫瘍によって、脳の組織内に水分が異常にたまった状態

という3つの症状があれば、このSBSの可能性が高いと診断される。仮説段階の理論であったものの、1980~90年代には欧米で、「上記3つの症状があれば、強く揺さぶったと推定できる=虐待の可能性あり」という考えが広まった。

そこで、そのサイトに載っていた連絡先に電話をし、この問題に詳しい弁護士に連絡を取ることができたのです。それだけは本当に幸運でした。もしSBS検証プロジェクト (shakenbaby-review.com)に出会えていなければ、無罪は勝ち取れなかったと思います。

その後、一時保護は1年5か月もの間続き、息子とは1週間に1~2回、1時間だけしか会うことができませんでした。

我が子への傷害容疑で逮捕。実名で報道され…

僕が傷害罪で逮捕されたのは2018年10月16日のことでした。新聞各社は実名で報じていたようです。以下はその日の「毎日新聞」(2018.10.16)の夕刊記事です。

■虐待:2カ月長男重傷 傷害容疑で54歳父親を逮捕 大阪

生後2カ月の長男に暴行を加えたとして、大阪府警は16日、大阪市福島区鷺洲2、写真家、赤阪友昭容疑者(54)を傷害の疑いで逮捕した。
逮捕容疑は昨年11月13日夜、自宅で長男の頭部に何らかの方法で暴行を加え、急性硬膜下血腫などの重傷を負わせたとしている。黙秘している。
府警によると、赤阪容疑者は妻(44)と長女(4)、長男の4人暮らし。当時、妻は別室で寝ており、赤阪容疑者が長男の世話をしていた。「息子が意識もうろうとしている」と自ら119番。医師に「喉が詰まったので、背中を強くたたいた」と説明したという。後遺症が残る可能性がある。
ホームページなどによると、赤阪容疑者は1996年からアラスカ先住民などを撮影。NHKのテレビ番組や映画の製作にも関わった。

取り調べでは黙秘を貫き、起訴された後は大阪拘置所に勾留されました。実は当初、裁判官は勾留請求を却下していたそうですが、そうなると検察や警察は、拘束をしたままでの取り調べができないので、慌てて準抗告したようです。

保釈が認められた後も、接見禁止命令が

3度目の保釈請求がようやく認められたのは逮捕から5カ月後、2019年3月15日でした。でも、息子の一時保護はその時点でもまだ続いていました。

妻は懸命に「主人は虐待をするような人じゃないです」と児相に訴えていたそうですが、私のことを疑っていた児相は、医師の鑑定結果をもとに、「そんなご主人を信じている家族のもとに(長男は)返せない」と言っていたそうです。信じられないことですが、児相は当初、私たち夫婦に離婚まですすめていたんです。

それだけではありません、その後、接見禁止命令が出され、僕は妻や子どもたちと会うことさえ厳しく制限されました。

結局、大阪の自宅には戻れず、京都市内に小さな部屋を借りて一人きりの生活を強いられました。その家賃も自分持ちなので大変でした。何より、約3年半、家族に会えなかったのは本当につらかったですね。

接見禁止が解除されたのは2020年10月5日です。とはいえ、その後も児相による制限が1年ほど続き、家族との同居は許されませんでした。その後、週1日とか、週3日とか、同居できる日は少しずつ増えていきましたが、いったいこのプログラムに何の意味があるのかよくわかりませんでした。今思えば、児相の対応は相当ひどいものでした。

弁護側は「先天性の疾患」を根拠に無罪を主張

刑事裁判が始まったのは2022年6月でした。検察は複数の専門医に意見を求め、「頭蓋内や眼底出血は激しい揺さぶりでしか生じない」と主張して、僕が虐待をしたと決めつけ、懲役5年を求刑してきました。

一方、僕の弁護側は、息子の頭に生じた出血の原因について、医学的な検査を何度も実施し、その結果、「長男には“糖鎖の異常”という先天性の疾患があり、軽い衝撃で出血しうる状態だった」として無罪を主張しました。

大阪地裁(筆者撮影)

大阪地裁(筆者撮影)

検察側の証人となった4人の医師たちは、同じ画像を見ているはずなのに、「殴った」とか「揺さぶった」とか、結論がバラバラで、いい加減だと感じました。特に児相が依頼した医師の鑑定は意味不明でしたね。

「女、子どもの力では生じないような外力」だとか、「ザラザラしていない、跡の残らない滑らかな表面の、鈍器のようなもの(拳を含む)で殴られた」とか、口頭で読み上げるんですが、外傷が全くないのにどうやって跡を残さず頭を殴れるのか? 結局、説得力のある結論にたどり着けない感じでした。

引き裂かれた家族の時間を振り返って

結果的に無罪判決をいただけたことは、嬉しかったです。でも、逮捕から5年、僕たち家族は引き裂かれ、離ればなれの暮らしを余儀なくされました。これは司法による人権侵害としか思えません。

ジャンクサイエンス(疑似科学)で人生を壊された人が、これまでどれだけいたんでしょうか。子どもがけがや病気で頭部に傷害を負ったにもかかわらず、一方的に虐待を疑われてしまうのです。無罪を勝ち取ることができても、家族が崩壊してしまった人も少なくありません。こんなつらい思いをする家族がこれ以上出ないことを祈るばかりです。

「小児頭部損傷研究会」に赤阪氏が登壇

筆者は、揺さぶられっこ症候群を疑われた冤罪事件の取材を続ける中で、「SBS/AHTを考える家族の会」の立ち上げに関わりました。赤阪さんご夫妻も同会に参加されていたので、お二人には何度もお会いしています。とても仲がよく、「虐待」という言葉など想像もできないご夫婦です。現在、大阪府から和歌山県に転居されたご一家は、ようやく平穏な日々を取り戻し、家族4人で幸せに暮らしておられます。

2023年4月1日撮影 判決が確定した日、近くの桜並木にて(赤阪さん提供)

2023年4月1日撮影 判決が確定した日、近くの桜並木にて(赤阪さん提供)

実はここ数年、赤阪さんの様に「揺さぶり虐待」を疑われた乳幼児虐待事件で無罪判決が相次いでいます。2023年3月に公開された日本弁護士連合会の『SBS/AHTが疑われた事案における相次ぐ無罪判決を踏まえた報告書 (nichibenren.or.jp)』によれば、この5年間に把握されている同種の乳幼児虐待事件で無罪が確定したものは9件。

つまり、赤阪さんのケースは10件目の無罪ということになります。有罪率99.8%と言われている刑事裁判において、これはまさに異常事態だといえるでしょう。SBSとは、それほどまでに科学的な根拠が薄いものなのです。

家族会の仲間である山内泰子さん(孫への傷害致死罪で起訴→無罪 現代ビジネスにて既報)を励ます赤阪さん(筆者撮影)

家族会の仲間である山内泰子さん(孫への傷害致死罪で起訴→無罪 現代ビジネスにて既報)を励ます赤阪さん(筆者撮影)

たとえ無罪を勝ち取っても、愛する我が子に対する「虐待親」のレッテルを貼られ、日々成長するかわいい盛りの子どもと共に暮らせるはずだったかけがえのない時間を、取り戻すことはできません。国はこの取り返しのつかない被害をどう償うのでしょうか。

2023年11月18日には、本稿で過酷な体験を語ってくださった赤阪友昭さん自身が「小児頭部損傷研究会」のシンポジウム」に登壇し、『乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)を疑われて傷害で起訴されたが、糖鎖異常などの疾患が明らかになり、無罪判決が確定した事例をめぐって』というタイトルで、脳神経外科医や弁護士と共に議論を交わされる予定です。

子育て中の保護者や保育者にとっては、誰の身にも起こりうる深刻な問題です。Zoom参加も可能ですので、ぜひご参加いただき、赤阪さんの肉声をお聞きください。

2023年7月、東京高裁で弁護士と共に記者会見を行う赤阪さん(筆者撮影)

2023年7月、東京高裁で弁護士と共に記者会見を行う赤阪さん(筆者撮影)

<第15回小児頭部損傷研究会>

■日時  2023年11月18日土曜日 14時から16時半(予定)

■方法  ZOOMによるウェブ開催

■内容 乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)を疑われて傷害で起訴されたが、糖鎖異常などの疾患が明らかになり、無罪判決が確定した事例をめぐって
「弁護人の立場から」 川上博之氏(大阪弁護士会)
「臨床遺伝学の立場から」 岡本伸彦氏(大阪母子医療センター)
「脳外科の立場から」 埜中正博氏(関西医科大学)
「当事者の立場から」 赤阪友昭氏(映画監督)
大阪地方裁判所令和5(2023)年3月17日判決(確定)
*判決文はこちらでお読みいただけます。 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/023/092023_hanrei.pdf

■お申込み方法

フォームから開催前日正午までにお申込みください。
後日ZOOMのURLをお送りします。

https://forms.gle/Ka3rBxpXxH3S3mPc7

■問い合わせ先  事務局 shouni.tobu.sonsho@gmail.com (担当:笹倉)