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ビッグモーター事件で浮上した疑問、損保の「指定工場」を信用していいのか

工賃の二重価格、大手販社への優遇…損保と自動車修理業界の裏側の真実

2023.10.5(木)

JBpress記事はこちら

ビッグモーター事件で浮上した疑問、損保の「指定工場」を信用していいのか

問題はビッグモーターと損保ジャパンの関係だけなのか

 ここ数年、損保各社はビッグモーターを「指定工場(推奨整備工場)」として顧客に紹介し、事故車の入庫誘導を積極的に行っていました。その理由は、大口の保険代理店である同社から、より多くの自賠責保険契約を獲得するためで、9月8日の損保ジャパンの会見では、「事故車をビッグモーターに1台入庫すれば、自賠責の契約を5件もらえる」という取り決めがあったこと、つまり、互いにメリットがあったことを認めています。

 ところが今回、ビッグモーターの修理部門で不正請求の事実が明るみに出ると、時期にばらつきはあるものの、損保各社は手のひらを返したように同社との関係を断ち切りました。こうした「あからさま」ともいえる動きを見て感じるのは、損保会社が推奨する「指定工場」は、本当に信頼できるのか? また、その判断基準は確かなのか? という疑問です。

 ちなみに、損保ジャパンのサイトには、『サービス、設備、技術などが一定の基準を満たしている工場を、損保ジャパンの「推奨整備工場」としてご案内します』とあります(推奨整備工場ご紹介サービスとは?/損保ジャパンHP 自動車保険Q&A)。

 結果的にビッグモーターはその基準を満たしていなかった、ということになるわけですが、大量の顧客を紹介する前に、もっと早く決断を下せたのではないでしょうか。そして、これは、ビッグモーターと損保ジャパンだけの問題と言えるのでしょうか。

 今年7月、『損保は被害者なのか?ビッグモーター問題の根源に「自賠責の粗利の高さ」の声 実は損保に「おいしい」自賠責引き受け、そこに修理業者との「癒着」の可能性(JBpress)』で、いち早く損保と修理業界との癒着の真相について語ってくださった、自動車のアフターマーケットに詳しい松永博司氏(株式会社ジェイシーレゾナンス代表取締役社長)に改めてお話を伺いました。

損保会社の指定工場は契約者にとってよい修理工場か?

――今回、損保各社が積極的に入庫を勧めていた「指定工場」で、とんでもない不祥事が発覚したわけですが、そもそも、損保会社が紹介する「指定工場」とはどのような基準で選ばれているのでしょうか。

松永 一言でいえば、損保会社にとって、①収保(収入保険料)というメリットが大きいこと、②修理費用が廉価で損害率が抑制できるというメリットがあること、このいずれかを満たしていることが重要なポイントです。これは、業界内では周知の事実です。

――お客様のメリットではなく、あくまでも自社のメリットを重視しているということでしょうか。

松永 そのとおりです。事故車を1台紹介して入庫させると、自賠責を5件獲得できるというアルゴリズムがあることは、今回の事件で露呈しました。また、損保ジャパンの白川儀一社長の辞任会見でも、損保ジャパン側の修理見積りと、ビッグモーター側が提示する見積りに5?7%以上の乖離が生じて問題だったという発言がありました。つまり、損保会社側で計算した見積りよりも高くなる修理費は問題視し、それよりも廉価であれば問題ないということを言っているわけです。

――板金や塗装、メカの修理技術が優れている、といった視点は重視されないのでしょうか。

松永 自動車のメカニズムがめざましく進化している中、修理工場を紹介する損保会社の担当者が、その車両の損害の修理に適した工場であるかどうかを判断できるほどの高度な知識や情報を持っているとはとても思えません。

自動車の高度化が進み、修理見積りが適切かどうかは「素人」にはわかりにくくなっている

自動車の高度化が進み、修理見積りが適切かどうかは「素人」にはわかりにくくなっている

メーカーの修理書に即した修理作業を損保が拒むケースも

――車の修理見積りが適正か否かは、素人にはなかなかわかりませんが、業界の中でも適正な見積りは難しいのですね。

松永 そもそも修理費用の算出根拠は、自動車メーカーが提供している修理書に則っており、それに従って作業を行うことが前提だと思います。ところが、損保会社は、自動車メーカー側が指定している修理作業に沿った見積りに対して、修理費を抑制するために協定を拒む場合があります。

――協定を拒まれてしまうと、修理自体がなかなか進まないということですよね?

松永 そういうことです。実際に東京海上日動は、自動車メーカー側の指定している修理作業に則って見積りを提示した修理工場に対して疑義を唱え、4カ月間も修理作業に着工できないという状況を生みました。この契約者は代車(レンタカー)特約を付帯していたにもかかわらず、協定できないが故に修理が行われず、結果として事故車に乗り続け、損傷部分に錆が発生してしまったそうです。

【参考記事:外部サイト】「自動車保険」が使えず待たされてサビが発生…進化するクルマの修理見積は、損害調査のプロでも間違えるほど難しい( CAR CARE PLUS)

――なるほど、損保会社のほうで必ずしも正しい修理費を算出できるとは限らないということですね。

松永 はい。このケースでは、見積りを確認に来た東京海上日動の専門家が自動車メーカーの修理書を理解していなかったのですから、正しい修理作業がわかるわけがありませんし、当然、正しい見積りが算出できるはずもありません。

修理工賃の時間単価にも大きな格差が

――自動車メーカーの定めた修理作業自体も理解していない損保会社があるとは驚きですが、一方で、自賠責など収保の大きい販売代理店を優遇するために、修理の時間単価も相当な差をつけている実態があるそうですね。

松永 そのとおりです。これも大変深刻な問題で、実際に、自動車販売を主業にして大きな収保を持っている販売代理店などには、高額な時間単価の修理見積もりに基づく保険金を支払っている実態があります。

――聞くところによると、A社の工賃は1時間1万数千円、B社は約5000円、それほどの差があるようですね。

松永 そうなんです。また、損保会社はその販売代理店では実際に修理をせず、下請けの修理工場に修理を丸投げすることがわかっていても、大きな収保を持つ販売代理店に入庫誘導することで、修理費の差益を提供しています。その結果として全体の保険金支払いを大きく押し上げることになり、結果的に、損害保険を利用していない契約者も含めて不利益を与えていると思います。

――まさに、修理の世界にも歴然とした「二重価格」が存在するのですね。損保会社は少々高い工賃を払ってでも、自賠責などの収保を得ることにメリットを見出しているとしか考えられないのですが、先日の会見で損保ジャパンは、「自賠責は基本的にノーロス・ノープロフィット(赤字も黒字もなし)なので、社としての利益は一切ない」「社費はすべて経費として相殺されている」と答えていました。

松永 白川社長をはじめとする損保ジャパンのあの会見には違和感を覚えました。たしかに、「ノーロス・ノープロフィット」を謳ってはいますが、損保会社にとって、自賠責保険は明らかに「プロフィット」のある保険だと思います。7月の記事でも指摘したとおり、「社費」は営業費として人件費などのコストが計上されているわけですから、利益と言って過言ではないと思いますし、「運用益」はまさに利益そのものでしょう。

――自賠責は法律で加入が義務付けられている公共性の高い保険です。こういう保険から、営利企業が大きな利益を生んでいるとすれば問題ですね。

松永 おっしゃるとおりです。契約者にとってみれば、自賠責保険はどこで加入しても全く差がない商品ですので、代理店のさじ加減で引き受け保険会社が決まってしまう側面があります。そのため、ビッグモーターのように大きな契約件数を持っている販売代理店に対しては、損保各社の営業がどうしても過度になる傾向があります。

 実際に、東京海上日動が提携損保として大きく関わり、モーター代理店を組織化している全日本ロータス同友会をはじめ、自賠責を含む保険の獲得を目標に設定したキャンペーンを実施している事例はいくつもあります。そして、契約を多く奪取した代理店には、その「ご褒美」として賞品などが贈られています*。

* 【註】初出時には〈そして、契約を多く奪取した代理店には、その「ご褒美」として報奨金などが支払われています。〉としていましたが、東京海上日動広報部から「東京海上日動は、特別賞として、例えばマグカップや数千円のカタログギフトを進呈することはあってもお金を支払っている事実はありません」というご指摘がありました。したがって、「報奨金」という表現は不適切で誤解を招くため、「賞品」に訂正させていただきました(2023年10月7日:JBpress編集部)

損保の言いなりでなく、ユーザー自らが納得できる修理工場を選ぶ必要も

――任意保険だけでなく、自賠責の契約についても報奨金の対象になっているのですか。

松永 はい。業界ではよく知られていることです。しかし、自賠責保険は「ノーロス・ノープロフィット」が建前です。この保険に対して報奨金が拠出されているということ自体、この保険に利益があるという裏付けだと思います。何より、報奨金を出してでも自賠責をゲットしたいというのが損保会社としての本音ではないでしょうか。

――ずいぶん前ですが、自賠責問題を取材しているとき、当時の運輸省の担当者が「自賠責保険は伏魔殿です……」と言ったことを思い出します。自賠責は対人保険なので、修理工場や販社の問題とは無縁のように思っていましたが、実はこうした利害でつながっているのですね。最後になりますが、自動車ユーザーとしては、万一のとき、何を基準に修理工場を選ぶべきなのでしょうか。

松永 とにかく、契約者が自らの判断で自動車修理工場を選択し、納得した作業内容で修理を依頼することが大切です。そのためには、修理工場の質の可視化が重要だと思います。保険を利用した修理を希望する場合と、自費修理で廉価に保安基準を適合させるだけの最低限の修理では、任せる工場も自ずと変わると思います。

 最近の車は電子化が進み、軽量化のためにさまざまな異種材が使われるようになりました。自動車の修理は高度化しており、安全性能や環境性能を回復させることのみならず保安基準に適合させる最低限の修理でも作業が難しくなる一方です。

 また、自動車の進化に伴ってルールも変化していますので、保安基準に適合させるだけの最低限の修理といっても電子制御装置整備対象車とそうでない車両が混在している現在、一般ユーザーである契約者が、修理に適した修理工場を判断することは容易ではありません。契約者それぞれのニーズに対応した適切な自動車修理工場を判断するためにも、質の可視化が重要だと思います。

――質の可視化……、なかなか難しいテーマではありますが、今回の問題をきっかけに、受け身ではなく、修理内容や工賃に疑問があればしっかりと確認していかなければならないと感じています。ありがとうございました。