ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイトHP

ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルHP

《損保業界最大手・東京海上日動の内部文書を入手》「ビッグモーター問題」でわかった「損保業界」に「悪習」がはびこるワケ

2023.11.19(日)

週刊現代記事はこちら

《損保業界最大手・東京海上日動の内部文書を入手》「ビッグモーター問題」でわかった「損保業界」に「悪習」がはびこるワケ

「今回の一件は氷山の一角。これは業界全体の問題です」―自動車保険の問題を追ってきた筆者の元に、東京海上日動の社員から怒りの声が届いた。業界の内側でいったい何が起こっているのか。【取材・文/柳原三佳】

前編『損保業界最大手「東京海上日動」のようすがおかしい…「ビッグモーター問題」で社内は大慌て〈現役社員が暴露「損保ジャパンの一件は氷山の一角」〉』より続く…

東京海上日動の内部文書の「中身」

実際に、この問題がメディアで騒がれ出してから約1か月後の8月7日付で、東京海上は急きょ、指定工場制度の方針変更を社員に対して発表したという。

筆者が入手した、同社が社員に向けて発信した内部資料の冒頭には、次のように記されている。

「当社指定工場制度は、お客様への最適な価値提供・リザルト対策・営業推進を目的として、これまで積極的にお客様や事故のお相手方へご案内を行ってきた経緯にあるが、当社指定工場であったBM社の不正請求事案の発生を踏まえ、その目的と推進方法を見直すこととした」

つまりこれまでは、過去にBM社の工場も含んでいた「指定工場」を修理先として顧客に積極的に紹介してきたが、その方針を急きょ見直すと通達したのだ。

そのうえで具体的には、「営業推進」という従来の目的を「指定工場とのパートナーシップの構築」に変更するといい、「即日対応願う」という切迫した文言と共に、以下の3項目が列挙されていた。

「入庫紹介のトーク」が変わった

■紹介件数目標の達成を前面に押し出した施策の中止(例:入庫紹介キャンペーン、自賠責保険の増収などを目的とした工場ごとの目標設定など)

■選定基準未充足かつ将来に向けても充足が難しいと考えられる指定工場に対する入庫紹介の中止

■お客様に対する入庫紹介のスタンス・トークの見直し

A氏はこの社内レターを見たとき、社としての焦りと責任回避の姿勢を感じたという。

象徴的なのが、3つめの「入庫紹介のトーク」だ。具体的にどのように見直されたのか。まず、これまで例とされてきたバージョンはこうだ。

「高い品質の技術や設備を有し、またお車の引取り・納車のサービスや無料代車などを手配できる弊社提携工場をご紹介することができます。入庫される修理工場がお決まりでなければ、弊社提携工場を是非ご活用ください」

ところが、変更後は、「高い品質の技術や設備」という文言が跡形もなく消され、全体のトーンも変わっている。

「ご入庫される修理工場を選ぶにあたって、何かお困りごとなどはございませんでしょうか?」

「弊社においては、お車の引取り・納車のサービスや無料代車などを手配できる修理工場と提携しており、お客様のご要望に応じてご紹介差し上げることが可能ですが、いかがでしょうか」

東京海上日動の回答は…?

変更後はあくまでも、「最終的にはお客様の意思にお任せする」というニュアンスになっており、万一提携先の工場でトラブルが起こっても、「ご本人の選択の結果ですので、当社には何の責任もありません」と、言い逃れの余地を残しているかのような書きぶりだ。

突然このような変更を行ったのはなぜなのか。本誌の質問に対して、東京海上はこう回答した。

「ビッグモーター社の不正請求による被害に遭われたお客様の被害回復と、再発防止の徹底に全社を挙げて取り組むことを最優先とし、お客様本位ではないと見られかねないキャンペーン等の施策は行わないこととしました」

一方、契約者と直接やり取りする保険の販売代理店への対応の見直しも不可欠だったようだ。先の社内レターにはこう書かれている。

「TOP QUALITY代理店を中心とする専業代理店に対しては、積極的な入庫紹介を依頼してきた経緯にあるため、まずは営損連携して当社の対応方針見直しについて説明する。その上で、入庫紹介に対して社会から厳しい視線が向けられていることを踏まえ、代理店の各募集人においても(中略)対応方針の見直しを実施いただきたいことをお伝えする」

ちなみに東京海上は、新規契約数などさまざまな基準で代理店を評価し、それに応じて取引条件が変わるシステムをとっている。その最上級の認定が「TQ」、つまり「TOP QUALITY」というわけだ。

「お客様にご迷惑をかけた」

同社に対して、指定工場への入庫紹介率をTQ代理店の認定基準としていたか確認したところ、事実だと認め、基準の見直しを進めていると明らかにした。

かつて、TQ代理店だった店舗に勤めるBさんは振り返る。

「東京海上からは『BM社の整備工場は素晴らしい』と言われ、10年ほど前から数回工場見学会に参加しました。入庫誘導がTQ認定にも反映されるため、それまでお付き合いのあった整備工場には申し訳ないと思いつつ、率先してお客様をBM社に紹介してきました。

なのに、結局は営業推進、つまり自賠責の契約が目的だったとは。しかも不正請求が発覚したとたん、あっさりと関係を切って方針転換……。愕然としています」

また、東京海上の専属代理店として長年同社の保険販売を行ってきたCさんも、今回の方針変更を知り、憤りを隠せない様子で語る。

「我々代理店は東京海上が推薦する指定工場なら信頼できると信じ紹介してきましたが、結果的に自分たちもBM社への入庫誘導に加担し、お客様にご迷惑をかけたのだと思うとやり切れません。

そもそもこの社内レターからはお客様本位の姿勢が全く感じ取れません」

自賠責の構造的な問題

前出の現役社員・A氏は語る。

「最近では企業向け保険に関するカルテルの問題も表に出ましたが、私が見る限り、うちの会社に自浄作用はないと言うほかない。社員の中には仕事に誇りを持てず苦しんでいる者もいます。

今回の問題をきっかけに、損保業界全体にはびこる悪習を見直し、お客様本位の営業に切り替えていく必要があると思っています」

損保会社は「保険」という商品を販売し、私たちユーザーはいざというときのため、目には見えない商品を購入する。そこには顧客と企業の信頼関係が不可欠だ。

いま、BM社の問題と同様に、中古車販売会社による第2、第3の不正請求事案が取り沙汰されている。なぜこのようなことが見過ごされてきたのか。元凶と見られる自賠責の構造的な問題を含め、この機会に根本的な改革がなされるべきだろう。

「週刊現代」2023年11月25日号より