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千葉大学法医学教授が実名告発!
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「千葉県では年間6000体以上の変死体が発見されていますが、法医学の専門医師は県内に私を含め2名だけです。これでは1年間の司法解剖数は180体が精一杯。しかし、それ以外の死体は本当に何の疑いもなかったと言い切れるのでしょうか。この状況から見ても、日本では殺人などの凶悪犯罪や事故が構造的に見落されている可能性が大だといえるでしょう」

 そう指摘するのは、千葉大学大学院法医学教室の岩瀬博太郎教授(36)。東大で法医学を専攻し昨年、千葉大学教授に就任。現在は、「解剖における画像検査の導入に関する研究」に取り組んでいる。

 昨年、警察が取り扱った変死体は約13万4000体。10年前と比べ、約5万体も増加している。ところがこのうち司法解剖が行われた遺体は、わずか5400百体(4%)。大半の遺体は法医学の専門家の目に触れる前に火葬されているのだ。

 日本では、死因のわからない変死体が発見された場合、その死が犯罪に起因するものであるかどうかを判断するため、「検視」が行なわれる。「検視」は、一般には、検察官の代行で警察官がおこなっており、五官(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)の作用により、死体の状況を見分する。

 警察官は医師に立会いを求め、死因や死亡時刻、異常の有無などについて意見を求め、犯罪性がない場合は「死体検案書」の作成を依頼。犯罪性が疑われる場合や死因に不明点が残る場合は、状況に応じて、司法解剖か行政解剖が行われる。

 しかし岩瀬教授は、この"五官"に頼った「検視」の危険性について語る。 「本来、死体の検案では、医師は専門家としてきちんとした意見を警察に述べるべきなのですが、実際は警察にとっての手続き上、都合のいいように検案書を書かされている。 腹を蹴られて死んだ場合でも、腹部に外傷を残さない場合があります。頭蓋内出血なども本来はCTを撮るか、解剖しなければ判断できないのですが、現場で立ち会う医師は、なんの検査手段も、検査費用も与えられずに検案させられているのです」

 外表に目立った傷のない死体で周囲に証言者のいない死体は、仮に犯罪や事故がからんでいても、この段階で見逃されてしまうということになる。

 岩瀬教授自身も過去に他県で内科医として検案した時、同様の体験をしたことが何度もあるという。 「しかたなく『死因不明』と書くと、警察から電話がかかってきて、"これでは困る"などと言われてしまう。結局、もっとも問題のない『心筋梗塞』と書かざるを得ない。多くの医師が、きちんとした医学的検査もできずに、面倒な警察処理を要さない方向へ誘導され、検案書を書かされているのが実情だと思います」

 事実、検視結果に納得できず、苦しみ続けている遺族は少なくない。北海道の木村富士子さん(46)は、位牌の裏に刻まれた日付に目をやりながらこう語る。

「息子の命日は、本当に10月22日だったのでしょうか。せめて司法解剖さえ行われていれば…」

 長男(当時16)が遺体で発見されたのは、1999年10月25五日。傍に壊れたバイクがあったことから、警察はバイクの単独事故と断定し、司法解剖は行なわれなかった。しかしその後、遺体の状況と死体検案書の記載に複数の専門家から疑問の声が上がり、いじめ疑惑などの問題点も浮上。

 遺族は昨年、「被疑者不詳の傷害致死事件」として北海道警察本部に告訴し、事件発生から5年目に入った現在も、捜査中だ。

 関東在住のAさんも、つい先日、同様の告訴状を提出した遺族の1人だ。

 Aさんの弟は、2002年、河川敷で遺体となって発見された。警察は首にあざがあったことなどから「首吊り自殺による窒息死」と断定。司法解剖は行なわれなかった。しかし、自殺の理由に心当たりがなかった遺族は捜査の不備に納得できず、死後1年半たった今も現場での聞き込み等を続けているという。

 「検視システム」に関する問題点はまだまだある。たとえば、死体検案に立ち会う医師への謝礼金も1体当たり3000円に過ぎない。その上、検査費用はゼロ。

 別の法医学者はこう語る。

「留置場の中で死亡した人を解剖しない国は、おそらく先進国の中でも日本だけでしょう。たとえばフィンランドは、人口500万人に対して法医学者が約30人もいて(日本は1億2000万人で150人)、解剖の基本ノルマは1人年間350体です。あちらの法医学者には秘書や検査技師などの様々な環境が整っているため、このような数の解剖ができるのでしょう。私が日本の法医学界にきて一番驚いたことは、この業界全体の前近代的性格です。警察権力を盾にこのままの状態が続くのでしょうか」

 岩瀬教授は1月5〜9日、千葉大学と千葉県警と合同である実験を行なったが、結果をみて解剖の必要性をあらためて感じた。

 その実験とは、変死体の見つかった現場へCTスキャン搭載車とともに駆けつけ、頭や腹胸部、首などを断層撮影。30〜50枚の映像を元に死因を調べるというもの。

「5日間で20人の変死体を調べたところ、その内4人の死因が、警察官や警察医による検視結果と異なっていたのです。

 熟練した監察医でも五感による検案だけでは正診率は5割と言われておりますから、私は千葉県警の検視は日本全国でトップレベルだと思います。しかしこの結果でわかることは、どんなに優秀でも、今の全国的な検視・検案方法では、少なくとも2割は構造的な間違いを犯すということです。他県の状況はもっと深刻ではないでしょうか。」

 たとえば外表からの検視でくも膜下出血、もしくは脳内出血(病死)と診断されていた男性の場合、今回導入したCT撮影によって頭の内部に外傷による出血が見つかった。その後、自宅を調べなおすと、ストーブに新しい凹みが見つかり、そこに頭部をぶつけたことが明らかになったケースもあったという。

 今回、千葉大学の研究室が検案を担当した警察医13人にアンケートをとったところ、11人が「外表所見による死因判断に不安がある」と回答。そのうち9人が「(外表所見のみでは)犯罪を見逃す可能性がある」と答えたという。

 このままでは、多くの犯罪が見逃される可能性がある上、病死か事故死かの判断が変われば保険金の支払いにおいても大きな影響を及ぼしかねない。

 だが警察庁に検視におけるCT検査の有用性についてたずねてみても、

「今後、検討が必要」

 という漠然とした答が返ってくるだけだった。

 岩瀬教授は6月11日、札幌で行なわれる病理学会でCTによる検視・検案の実験結果を発表するという。

 しかし、なんとか検視を経て司法解剖にまで行き着いても問題は山積。

 日本では、病理解剖は「病院」が、行政解剖は「都道府県」が、司法解剖は「国」が、それぞれ費用を負担することになっているが、
「現在、国から支払われる司法解剖の謝金は1体につき文書作成料として7万円。検査委託費は全く支払われません。正確に死因を判定するためには、こんな金額ではとても足りません。千葉大では長いときで5時間、ときには8時間もかけて解剖していますが、真面目に解剖すればするほど大学は大赤字。はっきり言って、危機的状態です」

 いったい国は「司法解剖」についていったいどの程度の予算を計上しているのか。国会議員を通して入手したデータによると、平成15年度の予算額は以下のとおりだ。

  • 検案謝金−−−−−−−−−11,748,000円(1体当たり 3,000円)
  • 死体解剖謝金−−−−−−−320,670,000円(1体当たり70,000円)
  • 死体解剖外部委託検査料−−−5,900,000円(1体当たり20,000円)

 この数字を目の当たりにした岩瀬教授はこう語る。 「外部委託検査料の年間590万円には驚きましたね。警察は1体当たり2万円で295体分だと説明しているそうですが、2万円で何が検査できるというのでしょう」
 警察庁刑事局によると、死体解剖外部委託検査料とは、
「司法解剖後、鑑定書を作成するのに必要な薬物、毒物、細菌、ウイルスなどの検査を外部に委託するためのお金」
 金額については、
「現時点では過去の実績に基づいてやっているので、総体としては適当なものと認識している」(刑事局)
 しかし、岩瀬教授はさらにこう反論する。
「民間企業に薬物スクリーニングを依頼すれば、最低でも20万円はかかります。仮に2万円でできたとしても、295体分しか予算を取っていないのは大問題。残りの5000体以上は検査をしなくてよい、つまり、犯罪が見逃されてもよいということになります。

 そもそも大学で行なう解剖検査の経費、組織標本の検査代、薬物検査代、臓器保管料、施設使用料などはこの予算のどこにも入っていない。警察は鑑定書作成料の7万円を支払うのみで、解剖経費はすべて大学法人の予算からの持ち出し。法令では、犯罪鑑識に必要な解剖委託費は警察が国庫から支弁するとされてますから、これでは詐欺と呼ばれても仕方がないでしょう」

 岩瀬教授の試算によると、司法解剖に必要な費用は最低で1体あたり約20万円、その他に薬物などの検査代が必要である。仮に年間解剖数を5000体とするなら、適正に運営するには年間20億円程度は必要ということになる。アメリカでも1体当り2〜3000ドルというし、検察庁から解剖を依頼されている大学でも1体あたり約20万円を受け取っている。

 7万円のままでは、せっかく解剖しても薬物検査など十分な鑑定を行うことが出来ないのだ。

「たとえば青酸カリ、トリカブト、覚醒剤などが犯罪に使われていたとしても、今の司法解剖ではノーチェックですまされる危険が極めて高い。おそらく1人で2、3人くらい殺すまでは、事件が発覚しないでしょう」

 過去の事件を振り返っても、薬物殺人は犯行が繰り返さえされた上で発覚しているケースが多い。石垣島で新婚旅行中の妻が殺害された事件(トリカブト)は、2件目で発覚。解剖を担当した医師が気を回して血液を保管していたことが立件につながった。

 和歌山の毒物カレー事件(ヒ素)、本庄の保険金殺人事件(トリカブト)、夫と次男を相次いで水死させた佐賀・長崎連続保険金殺人(睡眠薬)なども、1人目の検視時にいち早く薬物スクリーニングが行なわれていれば、複数の被害者を出さずにすんだ可能性が高いといえる。

「変死体取り扱いのシステムについての見直しは急務です。具体的には、司法解剖や死体検案における検査項目、検査施設、人員配置の法定化、またはガイドライン作成、そしてこれらを達成するための費用の納入と、その納入方法の法定化が早急に必要でしょう。

 こうした問題は長年の国家レベルでの放置行政によって発生したものであり、お決まりの警察庁による各県警に対する問責や、警察官増員や教育強化などの付け焼刃な処置で済む問題では決してありません。死人に口無しで発覚してこなかっただけで、本質は、国家的放置行政に起因したハンセン病の問題となんら変わらない。このまま放置を続けると、国民が被害を受けることになりますし、実際に現在でも受けていると思います」(岩瀬教授)

 法医解剖は、感染症、犯罪、事故・災害などの社会的脅威に起因する死をいち早く察知し、それらを社会から除去する契機を作る大切な分野である。 警察庁、法務省および政府が責任を持ってこの問題に対処することを望みたい。

© 柳原 三佳