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夫に「偽造離婚届」を提出された妻の悲劇…離婚は「スマホの契約より簡単」な日本の深刻な現状

2024.2.18(日)

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夫に「偽造離婚届」を提出された妻の悲劇…離婚は「スマホの契約より簡単」な日本の深刻な現状

妻に黙って、夫が離婚届を提出

 もし、自分の知らない間に、勝手に離婚届が出され、戸籍から名前が消されていたら……。にわかに信じられない話だが、実は、こうした出来事がたびたび起こり、「事件」として逮捕者が出ていることをご存じだろうか。

【漫画】60歳の不倫夫が、ラブホテルでいつも「同じ部屋」を予約するヤバすぎる理由

 2024年2月8日、下記のニュースが新聞、テレビ、ネットニュース等、多くのメディアで一斉に報じられた。

 【茨城県立高の民間公募副校長を逮捕、離婚届偽造した疑い 警視庁 | 毎日新聞】

 記事によると、茨城県立高校の副校長の遊佐精一容疑者(53)は2年前、妻・A子さんの署名を偽造し、東京の千代田区役所に提出。この行為が、有印私文書偽造・同行使などにあたるとして、警視庁に逮捕されたというのだ。

 遊佐容疑者はこの4月から公立高校の校長職に就く予定であること、前職が、不祥事によって経営破綻したバイオベンチャー企業の社長だったこと、また、不倫関係にあった20歳年下の女性が離婚成立前にすでに妊娠していたことなどから、教育者としての資質を問われ、ひときわ世間の注目を集めているようだ。

 本件については、2023年5月、すでに「文春オンライン」が報じていた。

 【〈証拠文書入手〉茨城県 民間人採用の次期校長が“偽造離婚届”を提出していた 家裁は無効と認定 | 文春オンライン】

 上記記事にもある通り、2022年1月、A子さんは役所から送付されてきた「離婚届受理の通知」という1通の封書を見たことによって、自分がまったく知らないうちに離婚が成立していたことを知った。驚いたA子さんはすぐに弁護士に相談。東京家庭裁判所に離婚の無効を申し立てたのだった。

 それを受けた家庭裁判所は、<相手方(※遊佐容疑者)は、離婚届の申立人(※A子さん)及び相手方の氏名、住所、本籍等及び届出人署名の相手方部分を自書し、申立人の署名及び証人欄は知人に依頼して記載させて、届出人署名欄に申立人の実印を冒用して押捺し、令和4年1月7日、離婚届を提出した>との事実認定をおこない、2022年3月、<申立人と相手方との協議上の離婚は、当事者の離婚意思を欠き、無効であることが明らかであるといえる>と審判。離婚は取り消された。

 その後、A子さんは4月28日に遊佐容疑者と正式に離婚。それからわずか4日後の5月2日に、遊佐容疑者は不倫関係であったB子さんとの婚姻を成立させた。

 A子さんはその後、「元夫の行為は偽造有印私文書行使罪などに当たるのではないか」と警察に相談し、告発状を提出。それを受けた警察が1年以上かけて遊佐容疑者や再婚相手のほか、離婚届に証人として署名をした2名への捜査を重ね、今回の逮捕につながったのだ。

なぜ、「受理」されてしまうのか?

 実は、偶然にもA子さん(50代)は私の知人だった。それもあって、一連の報道で初めてこの事実を知ったときは、「まさかこんなことが起こるなんて……」と、大きな衝撃を受けた。

 厚労省によると、令和2年の離婚件数は19万3251組で、俗に「3組に1組の夫婦が離婚する」とも言われる。今や離婚自体は決して珍しいことではない。

 そんな中、私が本件を知って大きな疑問を感じたのは、相手の承諾も得ずに偽造離婚届を作成し、それを提出してしまう大人がいるということ。そして、すぐにバレるような幼稚な犯罪をチェックする機能が役所の窓口には存在せず、今の日本において堂々とまかり通ってしまうという現実だった。

 法務省によれば、協議離婚(※夫婦の話し合いにより、離婚を成立させること)の場合、離婚の届出書に必要事項を記載し、本籍地、もしくは所在地の市役所、区役所、または町村役場に届ければ受理されるとのこと。その際、届け出に来た人物の本人確認のため、運転免許証やパスポートを持参する必要がある(※裁判離婚(判決・調停・審判・和解による離婚)の場合には、本人確認書類の持参は不要)。

 また、協議離婚の場合には、離婚届書に成年の証人2名の署名(※押印は任意)が必要だという。

 A子さんによると、偽造離婚届に記載されていた2名の証人の氏名に覚えはなく、まったく面識がないという。捜査関係者や周辺の取材を進めていくうちに、証人の一人は、遊佐氏が採用された茨城県の職員であることが判明した。またもう一人については、遊佐氏の現在の妻の関係者と思われる。

 つまり、離婚届を提出しに来た人物の本人確認さえできれば、記載されている人物の意志や当人との関係性はノーチェックで、思いのほか簡単に受理されていることがわかる。

「被害者」は、あくまでも役所

 さて、偽造された離婚届とはいえ、いったん役所に受理され、戸籍に「離婚」と記載されてしまうと、それをもとに戻すのは容易ではない。

 被害者はあくまでも、「偽造の有印私文書によって騙された役所」という構図なので、この事実に気づいた配偶者が、「これは勝手に出された離婚届です。私は同意していないので元に戻してください!」と訴えたところで、どうにもならない。

 離婚を無効にし、戸籍を元に戻すには、A子さんがおこなったように、家庭裁判所に調停を申し立て、「合意に相当する審判」という手続きを経てからでないと、離婚を取り消すことはできないのだ。

 ちなみに、家裁での審判手続きには、弁護士費用を含め約100万円かかるという。実質的に犯罪行為の被害者でありながら、もとの状態に戻すだけでも大変な手間と費用がかかることがわかる。経済的な余裕がない場合は、精神的なショックも相まって、この時点であきらめざるを得ない人もいるのではないだろうか。

 しかし、これはあきらめて済む問題ではない。片方の当事者が知らなかったとはいえ、離婚が正式に成立してしまうと、その時点で、婚姻制度で保証されている財産権や相続権からも突然切り離され、法的保護から放り出されてしまうということになる。

 たとえば、離婚後、持ち家は、自家用車は、夫婦の預金はどうなるのか……? 子どもの親権や養育費の問題はどうなるのか。また、離婚を無効にするまでの間に、万一、事故や災害、病気などで配偶者が死亡するようなことがあったら、法律的にも大きな混乱となることは必至だ。

偽造離婚届の裏で、凶悪殺人も

 こういった状況を目にしても、「離婚届を偽造されるなんて、自分には関係ない」と思っている人も少なくないだろう。しかし、似たようなケースはしばしば発生し、多くの人を傷つけ、ときとして痛ましい「事件」にもつながっている。過去の報道を検索すると枚挙にいとまがないが、いくつか挙げてみよう。

2013年7月、長野県伊那署は有印私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで、元消防署警防課主事の男(31)を逮捕。容疑者は妻の同意を得ないまま離婚届を偽造し、伊那市役所へ提出。その後、長野市役所が管理している容疑者の戸籍に、妻と離婚した不実を記録させた。容疑者は別の女性との婚姻届を提出し、一時重婚状態だった。

 なかには、夫婦以外の第三者が、勝手に離婚届を出してしまうケースもある。

2002年2月、千葉県警船橋署は有印私文書偽造・同行使の疑いで、福祉事務所職員の男(38)を逮捕。容疑者は2001年12月、10年以上前に交際していた女性(33)が、夫婦で幸せそうに暮らしていることをねたみ、偽造した離婚届を夫の本籍地の役所に提出し、夫婦を戸籍上離婚させた。約10年前から嫌がらせの電話などもしており、脅迫罪でも再逮捕、起訴された。

 また、偽造離婚届の絡んだ殺人事件も複数発生している。

2018年7月、茨城県かすみがうら市のアパートからコンクリート詰めの男性の遺体が見つかった事件では、妻(44)が偽造の離婚届を提出したとして、有印私文書偽造・同行使などの疑いで逮捕。その後、夫殺害の容疑でも起訴され、懲役23年の判決が下された。

本人確認を厳格化すべき

 離婚届を偽造し、役所に提出する行為は、どんな事情があろうと犯罪だ。時効は5年だが、その行為が発覚すれば、必ず逮捕、起訴され、有罪判決を受けることになる。こうした犯罪に手を染めることは絶対に許されないが、役所において、受理時の確認手続きをもっと厳格化することで、さらなる犯罪を未然に防ぐことができるのではないか。

 A子さんは、自身の体験を踏まえたうえで、こう訴える。

 「結婚と同じく、離婚もまた夫婦2人で決断することです。それなのになぜ、離婚届の提出時には片方の当事者の確認だけで済ませてしまうのでしょう。最近では、携帯電話の契約時ですら、もっとしっかり本人確認していると思います。

 妻である私は、携帯電話以下なんだと思うと、本当に悲しく、情けなくなりました。同じようなつらい思いをする人が一人でも減るよう、国には法改正を含め、ぜひ検討していただきたいと思います」

 一日も早い制度の改正が望まれている。