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「妻に内緒で離婚届提出」「不倫相手と即再婚」の不貞行為がバレた茨城県立高校副校長、法廷で絞り出した懺悔の言葉

2024.4.30(火)

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「妻に内緒で離婚届提出」「不倫相手と即再婚」の不貞行為がバレた茨城県立高校副校長、法廷で絞り出した懺悔の言葉

■ 「勝手に婚姻届」が発覚

 勝手に婚姻届出され…半年経っても婚姻関係 逮捕の女を直撃「7年前からファン」 (テレ朝news:2024年4月11日)

 つい先日、報じられたこのニュースに驚いた方も多いのではないでしょうか。SNSである男性のファンになったストーカー女性が、男性に無断で勝手に婚姻届を作成し、市役所に提出。それが受理され、いつの間にか“夫婦”になっていたというのです。

 偽造婚姻届を千葉県富里市役所に提出した女は、有印私文書偽造などの疑いで2024年3月27日に逮捕、4月17日に起訴されました。

 しかし、上記記事によれば、

 『届け出が偽造されたとしても、被害者は市役所で、男性が被害届を出すことはできない』

 『家庭裁判所で婚姻無効になるまで半年はかかる。だいたい1年は覚悟してと、弁護士に言われた』

 とのこと。

 つまり、たとえ婚姻届けが偽造されたものであっても、被害者はあくまでもニセの書類を受理させられた役所で、当事者が訴えても簡単に無効にはできないというのです。

 実は、こうした出来事は、婚姻届だけでなく、離婚届においてもたびたび起こっています。

 4月23日、妻の同意なく無断で離婚届を役所に提出した男に対する初公判が、東京地裁(内山裕史裁判官)で開かれました。いったいなぜ、こんなことが起こるのか……。この日、法廷で見たやり取りをレポートしたいと思います。

■ 東大院卒、バリバリのエリートが犯した過ち

 「有印私文書偽造・同行使」等の罪に問われているのは、茨城県立つくばサイエンス高校の元副校長・遊佐精一被告(53)。検察側が読み上げた起訴状や冒頭陳述などによると、遊佐被告は2022年1月、当時の妻の同意を得ぬまま勝手に署名し、離婚届を千代田区役所に提出。その行為が罪に当たるとして、今年2月に逮捕、3月に起訴されたのです。

 この日、紺色のスーツに身を包んで法廷に立った遊佐被告は、「違うところはありません」と起訴内容を全面的に認めました。

 遊佐被告は東京大学大学院修了後、アメリカやスイスの研究機関で研究員を務め、2018年9月には東大発の医療ベンチャー企業である「テラ」の代表取締役社長に就任。しかし、同社は金融商品取引法違反等の不祥事を起こし、証券取引等監視委員会の強制調査を受け経営破綻しました。

 その後、茨城県の民間校長公募に応募し、受験者数1600人超に対して合格者4名(うち1名辞退)という狭き門を突破した遊佐被告は、2023年4月、つくばサイエンス高校の副校長に就任していました。

 しかし、この時点ですでに有印私文書偽造・同行使の告発状は受理され、警察による捜査が進んでいました。

 自身が罪を犯していることを認識しながら、あえて教職を選んだ理由はわかりませんが、彼はなぜ今回の犯罪に手を染めることになったのか。この日、法廷で明らかにされた経緯を振り返ってみたいと思います。

■ 離婚成立の4日後に不倫相手と再婚

 遊佐被告が当時の妻・A子さん(50代)に離婚を切り出したのは、2022年1月3日のことでした。この日まで、夫婦間で全くそのような話をしたことがなかったため、驚いたA子さんはその申し出を拒否。しかし、被告は1月7日、全く話し合いを持たぬまま離婚届にA子さんの署名をし、無断で区役所に提出します。

 A子さんがこの事実を知ったのは、区役所から送られてきた「離婚届受理の通知」という書面を見たときでした。A子さんはすぐに弁護士に相談し、東京家庭裁判所に離婚の無効を申し立てます。

 それを受けた家庭裁判所は、2022年3月、『申立人と相手方との協議上の離婚は、当事者の離婚意思を欠き、無効であることが明らかであるといえる』と審判。その結果、離婚は取り消されました。

 そして、4月28日、A子さんと遊佐被告は改めて正式に離婚の手続きをします。遊佐被告が別の女性(B子さん・30代)と再婚したのは、それからわずか4日後、5月2日のことでした。

 実は、遊佐被告は少なくともその前年からB子さんと不倫関係にあり、すでに子どもまでつくっていました。検察官によると、離婚成立後にその事実を初めて知ったA子さんは、大変大きなショックを受けたと言います。

 不貞を行い、25年間連れ添った妻を裏切った遊佐被告は「有責配偶者」、つまり離婚原因を作った責任のある配偶者とみなされます。日本では基本的に「有責配偶者からの離婚請求は認めない」とされ、高いハードルが設けられているのですが、彼はそのことを隠して離婚を成立させ、不倫相手とスピード再婚したのです。

■ 「深く考えていなかった…」

 A子さんはその後、警察に相談し、告発状を提出。元夫の行為は「有印私文書偽造・同行使」などに当たるとみた警察は、1年以上にわたって捜査を重ね、今回の逮捕に至りました。もし、A子さんが勇気を出して警察に相談しなければ、本件は事件化されず、そのまま終わっていたでしょう。

 初公判の法廷で、弁護士から「なぜ嘘をついたのか」と問われると、遊佐被告はこう答えました。

 「そんなに深く考えていなかった。離婚届を出したことは、役所から連絡がいくのでいずれわかることだと思った……」

■ 一方的に提出された婚姻届・離婚届を取り消すにも多額の弁護士費用が

 配偶者に嘘をつき、偽造離婚届を提出するという行為は断じて許されません。しかも、本件の場合は明らかな「有責配偶者」がそれを行っていました。しかし、今の日本では、両当事者の意思や事情を確認されることもなく、偽造された署名によってつくられた書類が、役所の窓口で簡単に受理されてしまいます。これもまた恐ろしい現実です。

 仮に、提出された離婚届が偽造されたものだったとしても、取り消しの手続きは容易ではありません。家庭裁判所に離婚の無効の申し立てを行い「無効である」という審判を仰がなければ、取り消すことはできないのです。しかも、その手続きには短くても数カ月、長ければ約1年かかります。

 もしその間に、病気や事故、災害などが起こったら、いったいどうなるのでしょう。子どもの親権、養育費、財産の問題など、大問題が起こることは必至です。いったん離婚が成立してしまうと、その時点を境に、何も知らない一方の配偶者は婚姻制度で保証されている法的保護から放り出されてしまうのです。

 また、離婚の無効の申し立てには、弁護士費用を含めると約100万円の費用が必要になるといいます。配偶者の裏切りによって精神的なダメージを受け、家庭裁判所に申し立てる気力も、経済力もない場合、そのまま泣き寝入りを強いられている当事者は少なくないのではないでしょうか。

 法務省によれば、協議離婚、つまり夫婦の話し合いによって離婚を成立させる場合、離婚の届出書に必要事項を記載し、本籍地、もしくは所在地の市役所、区役所、または町村役場に届ければ受理されるとのこと。その際、届け出に来た人物の本人確認のため、運転免許証やパスポートを持参する必要があるとのことです(ただし、判決・調停・審判・和解による裁判離婚の場合には、本人確認書類の持参は不要)。

 離婚は人生を大きく左右する手続きです。こうした犯罪を防ぎ、これ以上被害者を生まないためにも、夫婦のどちらかひとりで離婚届を提出に来た場合は、最低限、もう一人の配偶者の意思確認をしてから受理するという手続きに変えられないものでしょうか。国にはぜひ見直しを考えていただきたいと思います。

■ 反省の弁を述べるが…

 今年2月に逮捕され、警察に勾留された遊佐被告は依願退職。2024年4月からはつくばサイエンス高校の校長に就任予定でしたが、現在は無職です。再婚した妻はまもなく2人目を出産予定ですが、妻も離婚届の捏造に関与していたことから、現在は接見を禁止されているといいます。

 初公判の最後、弁護士から今回の犯行についてどう考えるかと問われた遊佐被告は、うつむきながらこう答えました。

 「この1カ月の間にいろいろわかったこととして、就職ができない、賃貸物件を借りることすらできない。不動産屋には、これだけ実名報道されていたらどこも貸してくれないと言われました。法を犯すということが、いかに大変なことかを知りました。生きていけない。よいことはひとつもありません。今後は気をつけていきたい……」

 そして、「(元妻と)話し合っておけばよかった。話し合うことは避けては通れない」と述べたうえで、

 「元妻と子どもたちには申し訳ない。また千代田区役所の方々をだましたことも申し訳ないと思っています。以上です」

 という言葉を口にしました。

 しかし、検察官はその「謝罪」を安易には受け取らなかったようです。

■ 不倫していた元夫、週刊誌沙汰になったのを元妻のせいにして慰謝料請求

 実は、本件については、遊佐被告が逮捕される9カ月前、すでに『週刊文春』と『文春オンライン』が以下の記事で報じていました。

 【参考記事】〈証拠文書入手〉茨城県 民間人採用の次期校長が“偽造離婚届”を提出していた 家裁は無効と認定 ( 文春オンライン:2023年5月18日)

 ところが、これらの記事が出た直後、遊佐被告はあろうことか、元妻のA子さんが文春に記事化を持ち掛けたと邪推し、「この記事によって副校長の職を失いかねず、精神的苦痛を受けた」として、弁護士を通して500万円の慰謝料支払いをA子さんに要求していたのです。その書面には、自身が有責配偶者の立場で偽造離婚届を提出したことについては、一切触れられてはいませんでした。A子さんはどれほどのショックを受け、傷ついたことでしょうか。

 【参考記事】《離婚届偽造で逮捕》茨城県副校長が「週刊文春」記事発売翌日に元妻に慰謝料500万円要求文書 元妻は「憤りと悲しみを覚えました」(文春オンライン:2024年2月9日)

 公判の最後、検察官は今回の遊佐被告の犯行について、「巧妙で悪質」「身勝手極まりない」「規範意識が著しく鈍麻している」「再犯の可能性は否定できない」などと厳しい言葉を羅列し、懲役1年6月を求刑しました(偽造有印私文書行使罪の法定刑は3カ月以上5年以下の懲役)。

 一方、弁護側は、「身から出た錆ではありますが……」と弁解しながらも、「被告本人が罪を認め深く反省している」として執行猶予を求め、即日結審しました。

 判決は5月8日13時半から、東京地裁で言い渡されます。裁判官の判断に注目したいと思います。