ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイトHP

ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルHP

解剖医が指摘 新型コロナ「死者からの感染」が第二波を呼ぶ可能性

法医学者が解剖室から告白「年間16万の遺体がPCR検査なしで埋葬されている」

2020年07月30日 社会・事件

FRIDAYデジタル記事掲載

FRIDAYデジタル記事はこちら

「日本の新型コロナウイルスによる死者が1000人を超えました。

しかしこれは、生前にコロナ陽性と判定された後に病院で亡くなった方の数です。コロナに感染していながら、PCR検査を受けずに自宅などで亡くなった方もいると予想します。

感染症が拡大する今、本来なら自宅などで亡くなり、死因が特定されていない遺体については解剖前にPCR検査をするべきです。

しかし、現状では、自由に検査できる状況にありません。

コロナ未検査の遺体が二次感染を拡大させる可能性は否定できません」 そう語るのは、千葉大学や東京大学で司法解剖に携わっている法医学者の岩瀬博太郎教授である。

遺体からのコロナ第二波感染拡大の危険性を指摘する岩瀬博太郎教授 写真:横浜大輔

病院以外の自宅や路上で亡くなることを「異状死」という。

日本では年間16万の「異状死」があるが、現在ほとんどの遺体が新型コロナウイルス感染の有無を確認されないまま埋葬されている。

新型コロナウイルス拡大を阻止すべく、日本ではさまざまな予防策がとられているが、一つ見落とされている感染ルートがある。それは「死者からの感染」だ。

千葉大学法医学教室では、遺体由来の試料を用い、コロナウイルスのPCR検査を実施しているという。岩瀬教授に話を聞いた。

遺体からもコロナに感染する

――全国では毎日平均約3700人の人がさまざまな原因で亡くなっています(厚生労働省『人口動態調査2018』より算出)。その中にはコロナの感染者もいるはずですが、国や自治体はすべてを把握できているのでしょうか。(柳原三佳氏、以下同)

「ほとんど把握できていないでしょう。そもそも日本では異状死の解剖率が極めて低く、死因を科学的に調べることをしないので、コロナについてもほとんど検査ができていません」(岩瀬博太郎教授、以下同)

――遺体にもPCR検査ができるのでしょうか。

「ウイルスの有無は、ご遺体の鼻やのどを綿棒などで拭ったものや、解剖で採取した臓器の一部を検査すればわかるはずです。千葉大でも3月後半から法医解剖にまわってきたご遺体のPCR検査を無償で始めています。今のところ幸運なことに陽性の結果はありません」

――遺体は咳やくしゃみをしませんが、感染することもあるのでしょうか。

「ウイルスが死滅せずに残っていれば第三者に感染する可能性はあるでしょう。たとえば、コロナに感染したご遺体の顔や髪を触った手で自分の目や口を触れば、感染する可能性があります。そのため、感染の有無がわからないときは、ご遺体をしっかり消毒し、死因の特定が済んだら、袋に密封した状態で火葬することが有効な対策になります」

埋葬される遺体。4月ナイジェリア 提供:Nigeria Presidency/ロイター/アフロ

恐怖を感じながら解剖室へ向かう日々

――遺体からも感染するなら、解剖医のリスクも相当高いですね。

「今の日本には、解剖医に対するコロナ対策のための装備も予算も乏しい状態です。コロナは飛沫感染と接触感染で広がるとされているので、結核事例と同じような装備で対応すべきですが、『本当にこれで大丈夫か?』という恐怖が常にあります」

――遺体を解剖することで、どのようなことがわかるのでしょうか。

「心臓や肺、腎臓、肝臓などを取り出して直接調べることで蓄積されたデータは、今後のコロナ対策につながるはずです。解剖などで詳しく調べれば、どんな病態が死に繋がっているかがわかり、対症療法の在り方が変わるかもしれせん。また糖尿病や心疾患などの基礎疾患の無い方は殆ど死んでいないことがわかるかもしれませんし、そうなれば基礎疾患のある方を重点的に保護する対策を取るべきという話になるかもしれません」

――異状死体に触れる機会の多い警察はPCR検査をしているのでしょうか。

「現場に臨場し、ご遺体を検視する警察官や死亡を確認する警察医は常に感染リスクにさらされていますが、警察は犯罪捜査が主な目的なので、犯罪ではないコロナ死亡事例については管轄外でしょうし、検査はできないようです」

生かされない「地下鉄サリン事件」の教訓

――過去にもSARSや新型インフルエンザなどの感染が問題になりました。また、岩瀬教授は地下鉄サリン事件の被害者を司法解剖された経験もお持ちですね。

「はい。地下鉄サリン事件が発生した際、解剖前には現場からサリンが検出されたことが分かっていましたが、特に防護対策をたてることもなくほとんど丸腰状態で対峙することになったのです。遺体にメスを入れるときは、それまで経験したことのない極度の緊張状態に陥りました」

――諸外国では感染症や化学テロを想定した大規模な訓練を実施しているようですが。

「残念ながら日本ではその対策がかなり遅れています。サリン事件の教訓は『きちんとした設備がないと、緻密な鑑定や検査ができない』というある意味では当然のことでしたが、25年たった今もほとんど変わっていないのが現状です。設備を徹底すれば二次的被害を最小限に近づけられると思います」

――具体的には、どのような準備が必要ですか。

「執刀者の安全が守られた陰圧のかかった解剖室、エアカーテン付きの解剖台、『PAPR(電動ファン付呼吸用防護具)』と呼ばれる、フードタイプの防護用具、そして有事に対応できるだけのマニュアルを準備し、スタッフも訓練しておくべきです」

千葉大学の解剖室。予算も乏しい中でコロナ感染の恐怖と向き合っている 写真:横浜大輔

「コロナ対応の解剖室」は日本にほぼゼロ

――日本には緊急事態に対応できる解剖室がないのでしょうか。

「法医学会の調査によると、多くの県で対応できないようです。私は東大と千葉大の法医学教室で解剖を行っていますが、東大の解剖室は今年の4月に改築されたので、なんとかなりますが、千葉大は古い解剖室なので、無理ですね」

――コロナ感染の「第二波」を防ぐためには。

「どの地域で感染症が発生しても、死者が出た場合はきちんと解剖や検査が行われるように行政機関がしっかりと対応するべきです。今年の4月に死因究明等推進基本法が施行され、厚生労働省に死因究明等推進本部や、検討会も置かれたのですから、国には、ご遺体からの感染リスクについてしかるべき方針と対策を打ち出してもらいたいと思います」

一刻も早い対策が必要だ。

コロナ感染者の遺体が入った棺桶に土をかぶせる。ニューヨーク市は廃墟となった島をコロナ感染者の埋葬場所とした 写真:ロイター/アフロ ブラジルでは8万人以上の死者が出ている(7月24日現在) 写真:ロイター/アフロ 解剖道具を整える岩瀬教授 写真:横浜大輔