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川に沈んでいた愛息、なぜ県警は「解剖しても無駄」と告げたのか

見つかった生前の日記、ページめくった父親の悔恨

2021.8.19(木)

JBpress記事はこちら

川に沈んでいた愛息、なぜ県警は「解剖しても無駄」と告げたのか

「生前、長男の優空(ひなた)が、3歳年下の弟に『小学校に来たら一緒にドッチボールしよう、僕が守ってあげるきね』と、よく言っていました。幼い弟はお兄ちゃんのその言葉を聞いて、ものすごく喜んでいたのを覚えています。本来なら今年で小学4年生になっていたはずでした・・・」

 そう語るのは、高知県南国市在住の岡林宏樹さん(48)だ。

 岡林さんは2年前、自宅近くの生活排水が流れ込む川で、息子の優空くん(享年7歳)を失った(概要は、『高知県小学生水難事故概要 HP』事故概要―team_hinakun 【https://team-hinakun.jimdofree.com/%E4%BA%8B%E6%95%85%E6%A6%82%E8%A6%81/】参照)。

「ラッコ泳ぎをしていたら、沈んでいった」

 優空くんが川底から遺体で発見された直後のニュースでは、以下のように報じられた。

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『小2男児が不明=川で溺れたか-高知』(時事通信/2019.8.23)

 22日午後7時35分ごろ、高知県南国市の男性から「息子が帰ってこない」と県警に通報があった。高知東署は、南国市立稲生小学校2年の岡林優空君(7)=同市稲生=が川で遊んでいて溺れた可能性があるとみて捜索している。

 同署によると、岡林君は同日午後1時ごろから、小学2~5年(*注・実際は1~5年)の友人と計5人で、自宅近くの下田川の浅瀬で遊んでいたとみられる。同署が行方を捜したところ、川岸で岡林君のものとみられるサンダルと本が見つかった。

 友人4人は午後4~5時ごろ、岡林君が溺れるところを目撃しており、「ラッコ泳ぎをしていたら、沈んでいった」と話しているという。

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 しかし、岡林さんは優空くんが行方不明になった直後から、その状況や死因に納得がいかず、苦しみ続けているという。

「新聞には『ラッコ泳ぎ』と書かれていました。この報道を見るかぎり、泳ぎの得意な子が川遊びをしていて遭った水難事故のような印象を受けますが、生前の優空はまったく泳ぐことが出来ず、水を怖がっていました。そんな優空が、なぜ、おろしたての服を着たままあんな汚い川へ入ったのか? 親としては、優空が泳ぐために川へ行ったとは、とても思えないのです」(岡林さん)

事件現場となった下田川(遺族提供)

事件現場となった下田川(遺族提供)

死に物狂いで息子をさがしたあの夜

 突然の出来事は、2019年8月22日に起こった。

「妻から泣きながら電話がかかってきたのはその日の夕方のことでした。いつも5時の音楽が鳴るとすぐに帰ってくるはずの優空が帰ってこない、近所の友だちの家を数軒尋ね歩いたが、『来てないし、見てもいない』そう言われたというのです。私は『まさか・・・』という思いで、急いで帰宅しました。そして、もう一度近所の子どもたちに尋ね回り、用水路の中、田んぼの中、公園や小学校までの道のりなど、必死で探しましたが、自分の手で発見することは叶わず、所轄の南国署に捜索願いを出しました」

 午後8時28分、警察から、下田川堤防内側の犬走りの上で、びっしょり濡れた図鑑と子供用のクロックスサンダルを発見したという電話がかかってきた。それは優空くんのものに間違いなかった。

「警察からは『何かあればこちらから電話をしますから、お父さんは家で待機していて下さい』と言われましたが、とてもそのような心境ではなく、私はヘッドライトをつけ、両手にライトを持ち、下田川を照らしながら一人で下流に沿って捜索を開始しました。すでに報道されていたらしく、近隣住民の方々も心配そうに出てきてくださいました。もうだめかもしれない・・・、頭の中はパニックでしたが、どこかに打ち上げられているのではないかと、必死で両岸を照らしながら、下流へ5キロほど歩きました」

 午前1時、雨が強くなり、二次災害の危険があるとのことで警察や消防による捜索は一旦打ち切られた。岡林さんは一睡もできぬまま、夜明けを待ち、午前5時頃、雨の降る中、再び捜索を開始した。

 警察と消防65人態勢での捜索は午前6時に再開。川の中には数名の捜索隊がボートで入り、上空からはヘリコプターでの捜索も行われた。

 そして午後4時20分、優空くんが遺体で発見された。警察から電話を受けた岡林さんが走って現場へ向かうと、ブルーシートにくるまれた優空くんが救急車に乗せられるところだった。

 遺体が見つかったのは下田川の中央付近。水深90cm?120cmの場所で、川底から10cmほど浮き、うつ伏せの状態だった。発見場所が高知市だったため、ここから捜査の主体は高知県東署に変わった。

「司法解剖をしても無駄ですよ」と警察は遺族に言った

 優空くんはすでに死亡し、身体には紫斑も出ていたが、そのまま高知医療センターに搬送され、遺体検案室に運ばれた。

 岡林さんは、当時のことを振り返る。

「僕は個室で1時間ほど待ち、その後、優空と対面しました。警察からの第一声は、『死亡推定時刻は22日の午後3時頃。これはただの水難事故です。もし一緒にいた児童たちのことで何か証拠が出ても罪には問えませんので』というものでした」

『水死なので顔がわからなくなっているかもしれない・・・』という不安があったが、幸い優空くんは昨日見たかわいい寝顔のままだった。ただ、おでこに直系1センチくらいの傷が5~6個、さらに、顔の右半分に5~10ミリの複数のかさぶた状の傷跡があるのが気になったという。

「前髪の生え際から頭頂部にかけても、1~3ミリほどのかさぶた状の無数の傷跡がありました。僕はそれが気になり、警察官にこの傷は何でしょうか? とたずねると、『魚か貝にでもかじられたんじゃないか?』と、適当な感じの答えが返ってきました。おでこの傷は普通の化粧で隠すのは難しく、湯灌師さんに油性の染料を吹き付けて隠してもらいました」

 まもなく「事件性なし」と判断された優空くんの遺体は、司法解剖を受けることなくそのまま遺族に返された。その際、高知県警の警察官は、CT撮影の結果をもとに、岡林さんにこう説明したという。

「肺の中も、胃の中も、ちゃぷちゃぷしています。司法解剖しても無駄ですよ」

 そして4日後、優空くんは荼毘に付されたのだ。

優空君が亡くなった下田川の現場で手を合わせる岡林さん(遺族提供)

優空君が亡くなった下田川の現場で手を合わせる岡林さん(遺族提供)

溺死体の死因究明にはプランクトン検査が不可欠なのに

『司法解剖をしても無駄ですよ・・・』

 高知県警が発したこの言葉を、法医学者はどう受け止めるのか。

 岩手医科大学法医学教室の出羽厚二前教授は、CTだけに頼った死因究明の危険性について、こう指摘する。

「司法解剖は“無駄”ではありません。水死の場合、まず他の病変がなかった否かの確認をしなければなりません。つまり、解剖をして、その上でプランクトン(珪藻類)の検査をする必要があるのです。『(事件性も)なにもなかった』というのは、きちんと検査をした人しか言えないはずです」

 出羽前教授は、2007年に起こった時津風部屋暴行死事件で、当初、愛知県警によって「病死」と判断された力士の解剖を行い、その判断に異議を唱えた法医学者だ。この事件は結果的に、暴行・傷害による致死事件であったことが発覚し、犯罪見逃しの危険性と解剖の必要性について一石を投じることとなった。

 出羽前教授は言う。

「今まで、『しっかり死因を調べてもらいたかった』という遺族の言葉を、どれほど聞いてきたことでしょうか・・・」

 岡林さんは語る。

「昨年、東大と千葉大で法医学教授をつとめておられる岩瀬博太郎先生も、ABEMATIMESの取材に応じて息子のCT画像をご覧になり、『このCT画像だけで溺死と断定しちゃまずいと思います』さらに、『仮に溺死だとしてもその原因はさまざまで、安易に事故で溺死などという判断は本来はやってはいけない。解剖も初動捜査もしっかりやるべき』とコメントされていました」

 ちなみに、千葉大学附属法医学教育研究センターのサイト(https://www.m.chiba-u.ac.jp/class/houi/)内にある「プランクトン検査」の項目には以下の記載がなされている。

『水中死体の肺や腎臓の珪藻類の存在を検査することによって、生前に水に入ったか否かを判定します。この検査は強酸で有機物を溶解させ、顕微鏡により残った組織のなかの珪藻類の有無及び密度を確認するもので、壊機試験と呼ばれています。当センターでは、溺死が疑われるすべてのご遺体についてプランクトン検査を実施しています』

(外部リンク)千葉大学附属法医学教育研究センター〈検査方針〉
https://www.m.chiba-u.ac.jp/class/houi/about/policy.html

 数年前、筆者はフィンランドのトゥルク大学法医学教室へ取材に行った。その際、同大の医師たちはこう話していた。

「フィンランドにはフィヨルド(氷河が解けてできた入り江)がたくさんあり、水死が多いのですが、すべて解剖し体内のプランクトン検査を行っています」

 つまり、そこまで調べないと、溺れて死んだのか、死んでから沈んだのか、また、別の場所で亡くなったのか、といったことがわからないというのだ。

フィンランドの死体用冷蔵庫。解剖数の多いフィンランドではこうした死体用冷蔵庫が日本よりも圧倒的に多い(筆者撮影)

フィンランドの死体用冷蔵庫。解剖数の多いフィンランドではこうした死体用冷蔵庫が日本よりも圧倒的に多い(筆者撮影)

なぜ遺体発見からわずか1時間後に「司法解剖の必要なし」の判断を下せたのか

 岡林さんは悔やんでも悔やみきれないと言う。

「警察はなぜ、解剖は無駄だと言ったのか・・・。過ぎてしまった時は戻せません。取り返しがつきません。あのとき、こうした大事なことを知っていれば、もっと勉強しておけば・・・、後悔しかありません」

 なぜ、高知県警は発見からわずか1時間後に、「司法解剖の必要なし」と判断できたのか? 溺水死体が発見された場合、CTだけで死因は特定できるのか。解剖やプランクトン検査は行わないでよいのか。

 高知県警に質問したところ、捜査一課の岡田桂一氏から次のような回答が寄せられた。

「個別案件については関係者の名誉、プライバシーの問題がありますので回答を控えさせていただきます。ただ、溺水死体が発見された場合、当然、捜査の必要性があれば手続き法令などにのっとって、解剖もプランクトン検査もおこなっております。プランクトン検査を行わない場合の理由や判断基準というのは、事案ごとに異なりますので一律にお答えするのは困難だというのが答えになってしまいます」

 ちなみに2020年、高知県警では1年間で1199体の変死体を扱っており、91体が解剖されている。溺水死体は35体扱われたというが、そのうち何体が解剖されたのかについては明らかになっていないとのことで回答が得られなかった。

真実がわからない苦しみ、これ以上増やさぬために

 実は、最近になって偶然、1冊のノートの中に優空くんの書いたこんな日記が見つかったという。

 そこには、お母さんの問いに対して、こう書かれていた。

「いつ」 きょう

「どこで」 うちのちかくのどぶで

「誰が(だれと)」 Rちゃん(*近所の1年生の女の子)と

「なにをした。どう思ったか」 さかなをつかまえていた。たのしかったです。くさいのでもういきたくないです。ママにおこられたのでもういきたくないです。

「これは優空が亡くなる3日前に書いたものです。1年生のRちゃんという女の子と遊んだどぶの水深は、せいぜい10センチ程度です。それでも、『もういきたくない』と書いています。我々遺族は、顔を水につけるのも苦手だった優空が自ら川に入り、1人で泳いだということに今も強い違和感を持っています」

 あの日から間もなく二年が経とうとしている。

 岡林さんは語る。

「ありきたりな言葉ですが、三回忌を前にして、家族で一緒にいられる平凡な日常がどれほど尊い時間だったかをかみしめています。優空には、これまでたくさんの署名をして下さった皆様、また、生前関わった皆様の記憶の中でも生き続けて欲しいと思っています。この夏も水難事故が相次いでいます。残された僕たち遺族の願いは、同じような水難事故が一件でも減ること、そして、真実がわからないまま苦しみ続ける遺族をこれ以上増やしたくないということです。一市民の声は小さいかもしれませんが、僕たちの体験を通して、その願いが届くよう頑張っていきたいと思います」

墓前で手を合わせる岡林さんと弟(遺族提供)

墓前で手を合わせる岡林さんと弟(遺族提供)

<関連サイト>

高知小学生水難事故 記者会見(令和元年11月11日)
https://youtu.be/AEhacu9-Vjo