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<混迷する日本の死因究明> 病院での解剖より「法医学研究所」設立を

2017.9.28(木)

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<混迷する日本の死因究明> 病院での解剖より「法医学研究所」設立を

「公立病院でも警察解剖=法医学教室以外で初―死因究明、体制充実に・大阪」という見出しの記事が、時事通信から9月25日に配信された。 『司法解剖などを担う解剖医の慢性的な不足に対応し、「府立大阪はびきの医療センター」(大阪府羽曳野市)が4月から、警察の要請で死因を調べる「新法解剖」の受託を始めた。大学病院の法医学教室以外の場所で行うのは全国初といい、関係者は体制充実や死因究明の質向上を期待する。』(同記事より抜粋)。

司法解剖に使用する器具=筆者撮影

司法解剖に使用する器具=筆者撮影

 すでに私が『睡眠導入剤混入事件で浮かび上がる日本の「解剖率」の低さ  法医学者も警鐘』(Yahho!ニュース)で指摘した通り、日本は変死体の司法解剖件数が少なく、都道府県ごとにみても相当のばらつきがある。これは、国として死因究明の制度を確立させていないことが原因だ。
 特に交通事故死の場合は、解剖や血液検査がほとんど行われていないため、実際には薬毒物で殺されているにもかかわらず、犯罪が見逃されるケースも相次いでいる。

 そうした視点からいえば、たしかに、冒頭の報道のように大学の法医学教室以外での解剖の受け皿が増えることは望ましい。
 しかし、警察の要請で死因を調べる「新法解剖」を、大学の法医学教室だけではなく、病院でも行うということについて、『体制充実』ととらえ、安易に”期待“してしまってよいのだろうか?
 一時的には窮状をしのげても、将来を見据えればむしろ、『体制充実』と逆行してしまうのではないかという懸念をおぼえる。

解剖数の多い国は、死体用冷蔵庫の数も多い(フィンランド)=筆者撮影

解剖数の多い国は、死体用冷蔵庫の数も多い(フィンランド)=筆者撮影

『新法解剖』とはなんなのか?

 では、『警察の要請で死因を調べる「新法解剖」』なるものがなぜできたのか? またその背景と課題について考えてみたい。

 まず、日本の解剖は大きく分けて次の二種類に分類される。

1)『法医解剖』/異状死体の届出後、検視をおこない、必要があると判断された場合、司法解剖・行政解剖・承諾解剖のいずれかが行われる。通常、警察や海上保安庁などが扱う変死体は、事件性が疑われる場合に裁判所の令状を請求し司法解剖される。(遺族の承諾は必要なし)。

2)『病理解剖』/病院で患者が病死し、特に異状がないと判断された病死・自然死の遺体に対し、正確な死因や病気の進行状況を調べるために行われる(遺族の承諾が必要)。  ちなみに、今回のニュースに登場する「新法解剖」は、1)の『法医解剖』に分類される。

不審死見逃しどう防ぐ?

 新法解剖の『新法』とは、2013年4月、犯罪死の見落としを防ぐ目的で施行された「死因身元調査法」のことだ。
 今から10年前の2007年、大相撲時津風部屋の新弟子リンチ死事件や、死因の一酸化炭素中毒が見逃され被害が拡大したパロマ湯沸かし器事件など、死因を見誤る事例が次々に表面化した。
 もちろん、同様の事件はすでに多発しており、私も当時、「自殺か病死か殺人か?」「単独交通事故か死体遺棄事件か?」といった不審死事件を数多く取材した。
 つまり、現場に臨場した警察官が、遺体の外表と現場の状況から「事件性なし」と判断し、法医解剖にも回さず遺体が火葬されてしまうと、あとで調べようにも取り返しのつかない不審死見逃しが起こってしまうのだ。

血液や尿、胃内容物等の保管が徹底されているフィンランド。日本には保管のルールも予算もない=筆者撮影

血液や尿、胃内容物等の保管が徹底されているフィンランド。日本には保管のルールも予算もない=筆者撮影

 こうした報道が次々と明るみに出る中で、法医学者らの間でも「日本の死因究明制度を抜本的に改めるべきだ」との機運が高まっていく。
 そしてついに国会が動き、2012年6月、超党派の議員立法として「死因究明等推進法」と、「死因身元調査法」が成立する。
 これにより、事件性の有無がはっきりしない場合でも、警察の判断があれば、遺族の承諾や裁判所の令状なしに簡易な手続きで、司法解剖とほぼ同じ解剖ができることになった。
 この新しい法律を根拠に行われている解剖なので、『新法解剖』と呼ばれるようになったのだ。

 しかし、一部の法医学者からは、当時から、
「新法解剖の件数を増やしても、法医学研究所の設立を後回しにすると、結果として司法解剖が減るような現象も起きかねない」
 という懸念の声が上がっていた。

立ち消えになった「法医学研究所」構想

 実はこの議論が国会で進んでいるとき、「国の機関としての”法医学研究所”を各都道府県に新設すべきだ」という意見が出されていた。
 今の日本では、司法解剖や承諾解剖は執刀医“個人”に嘱託している。しかし、その制度を抜本的に見直し、「法医学研究所」という“機関”への嘱託として解剖を行うべき、というのがその考え方だ。
 また、「法医学研究所」が作られれば、その機関として法医学を志す人員を募り、育てていくことができる。

 しかし、結果的に警察庁などの合意が得られず、その案はお流れとなってしまった。
 今、日本が国として取り組まなければならないのは、解剖や薬物検査などの諸検査を実施できる本格的な設備を作ること、そして現在全国に150人足らずしかいない法医学の専門家を増やしていくことではないだろうか。
 安易に病院に頼ってはいけない。

メルボルンのVIFM(法医学研究所)。設備は充実し立派な建物の内部は清潔で明るい=筆者撮影

メルボルンのVIFM(法医学研究所)。設備は充実し立派な建物の内部は清潔で明るい=筆者撮影

 私は2000年ころからこの問題を取材し、日本の複数の法医学教室のほか、アメリカ、オーストリア、フィンランド、オーストラリアなどの国で、実際に死因究明を専門に行っている大学や法医学研究所を見学してきた。
 そこでは、法医学者だけでなく、歯や骨の専門家、薬毒物の研究者らがチームを組んで死因究明にあたり、人員の数も豊富で、検査機器も充実して、各専門家の教育も行われていた。

 諸外国が当たり前に行っている制度をなぜ日本に導入することができないのか?
 国としてこうした制度を確立させていれば、そもそも、今の日本のような地域格差は起こり得ず、連続不審死事件や感染症による死なども、もっと早くくい止めることができるはずだ。
 警察は今回報道された取り組みを突破口に、一般の病院での法医解剖を増やすことを考えているのかもしれない。しかし、今後、法医認定医の資格を持たない臨床の医師までもが法医解剖を行うようになると、解剖レベルに差が出る可能性がある。このような状況は、結果的に日本に住む私たち国民に跳ね返ってくる。
「法医解剖に関しては大学や監察医の機関」「病理解剖に関しては病院」と、両者のすみ分けを維持しながら、国は「法医学研究所」の設置を見据えた制度作りを検討しなおすべきではないだろうか。