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三浦春馬さん死去から2年、今も「自殺」信じず真相究明求めるファンの思い

法医学者に聞く、警察が遺体を見て下す判断に間違いはないのか

2022.7.18(月)

JBpress記事はこちら

三浦春馬さん死去から2年、今も「自殺」信じず真相究明求めるファンの思い

 俳優の三浦春馬さんが亡くなってから、まもなく2年。しかし、その波紋はさらに広がりを見せ、「自殺」と断定されたことに納得できないファンたちによる、死の真相追及を求めるデモ活動が、33都道府県(61カ所)で続いています。

 自身もデモに参加したというMさんは、こう訴えます。

「活動の根底にあるのは、三浦春馬さんの不審死への疑念です。検視、初動捜査の杜撰さ、火葬までの早さなど、疑問点をあげれば枚挙に暇がないのです」

短時間で下される「自殺」の判断、間違いはないのか

 また、MさんとともにTwitterで発信を続けている春馬さんファンのRさんもこう指摘します。

「春馬さんだけではありません、同じ年には竹内結子さん、芦名星さん、翌年には神田沙也加さん、そしてつい先日は、渡辺裕之さん、上島竜兵さんなど、芸能人の死が相次いで報じられていますが、みなさん、発見されたその日に『自殺』と発表されています。でも、そんな短時間で、本当の死因がわかるものなのでしょうか?」

 実は、筆者自身も「死因究明制度」を取材する中で、同様の疑問をずっと抱き続けてきました。実際に、「自殺」と判断された家族の死に納得できず、長年にわたって苦しんでいる遺族の方々にも話を聞いてきましたが、いずれも、司法解剖や詳細な薬毒物検査等は行われないまま、短時間で「事件性なし」と判断されています。そのため、再捜査をしようにも証拠がないため、どうすることもできないのが現実なのです。

 なぜ、こうしたケースが後を絶たないのでしょうか……。

 そこで、千葉大学と東京大学の法医学教室で教授をつとめる岩瀬博太郎氏に問題点を伺うため、春馬さんの死の真相を追及するMさん、RさんをZoomでつなぎ、5月末に懇談を行いました。

 三浦春馬さんの三回忌を機に、その内容を公開したいと思います。

検視ミスで、死因の取り違えや犯罪見逃しも…

M 岩瀬教授と柳原さんの共著『新版 焼かれる前に語れ 日本人の死因の不都合な事実』(WAVE出版)を読ませていただき、その内容に大きなショックを受けました。警察が遺体の外表だけを見て判断し、その結果、死因の取り違えや犯罪の見逃しがこんなにたくさん起こっているのですね。ご著書の内容をTwitterで紹介したところ、全国の春馬さんファンから、「日本の死因究明制度のずさんさを社会問題として訴えたい」という声が多数届いています。

R 私も衝撃を受けました。アザだらけの遺体にもかかわらず、警察が解剖にまわさず病死と判断し、火葬の直前になって遺族の訴えで解剖が行われ、暴行が発覚したケース。また、同僚の飲み物に睡眠導入剤を入れ、その後、同僚は交通事故死。しかし、警察が薬物検査をしなかったため、殺人疑惑を見抜けず再犯化したケースなど、警察の検視にはこんなに問題があることを知ってぞっとしました。

福岡でのデモ活動の様子(Mさん提供)

福岡でのデモ活動の様子(Mさん提供)

岩瀬 死因の取り違えや犯罪見逃しは、実際にはかなり起こっています。「検視官」は医師ではありません。法医学については一応研修を受けてはおりますが、そこで得た知識を正しく使えているかといえば別問題です。警察に悪意はないと思いますが、逆にそれが一番怖いですね。

 たとえば犯罪の痕跡がないような場合で、親戚や関係者が「自殺です」と言っている、そうした場合、警察はそれ以上追及しないことが多いんです。ですから司法解剖にもまわってきません。私から見れば、まさに江戸時代のままという感じですね。この現実を大半の国民は知らないと思います。

「自殺」の判断、海外では2カ月を要することも

M 春馬さんは、2020年7月18日の昼頃、マネージャーによって自宅で発見されました。クローゼットの中で首を吊っていたと言われています。すぐに病院に搬送されましたが、14時10分に死亡が確認されました。そして、15時04分には、早くも日テレで、「自殺か」として第一報が報じられています。死亡確認から報道まで、わずか54分です。

 7月19日の日刊スポーツには、18日に現場検証が行われたと書かれていました。つまり、この流れを見ると、検証もされていないのに「自殺」という死因だけが最初に決められてしまったことになります。

岩瀬 海外ではこんなに早く「自殺」と判断されることはまずありません。法医学の医師による遺体の解剖、薬毒物検査等の法医学的な検査は必ず行い、警察と協力しつつ現場や当事者のさまざまな状況と照らしながら検討を重ねていきます。オーストラリア(メルボルン)の法医学研究所にも視察に行きましたが、自殺かどうか判断するために日本にはない死因究明裁判を行うことがあり、結論が出るまで2カ月以上かかることもあるようです。

R 2カ月ですか……。解剖だけでなく、薬毒物検査も重要なのですね。

岩瀬 もちろんです。薬毒物の影響は外から見ただけではわかりません。「縊死」といっても、たとえば、薬を飲まされてからぶら下げられたケースもないとはいえないからです。

岩瀬博太郎教授(筆者撮影)

岩瀬博太郎教授(筆者撮影)

竹内結子さんの死、刑事部長出動で素早く「自殺」と判断?

M そういえば、2020年9月に竹内結子さんが亡くなった後、こんな記事が出ました。

『竹内結子さん 警視庁本庁も動いた「最速で自殺断定」の背景』
https://www.news-postseven.com/archives/20201014_1604016.html?DETAIL

 この記事の中に、捜査関係者のコメントとして、「竹内さんは国民的な女優です。万が一経験の浅い警察官が“他殺の可能性も”などと言い出すと、大騒ぎになってしまうため、今回は所轄の渋谷署だけでなく、警視庁本庁にも連絡がいきました。捜査のトップといえる刑事部長自らが渋谷署に駆けつけ、徹底的な情報統制が敷かれた上で、素早く自殺だと断定されました。それだけ重大な事案だと判断されていたのです」とありました……。

岩瀬 「警視庁の刑事部長が渋谷署にかけつけた」ですって? 警視庁の刑事部長はいわゆるキャリア組なので、検視の経験はほとんどありません。そのような階級の高い人物が現場で指揮をしたらどうなるでしょうか。しかも、「徹底的な情報統制が敷かれたうえで、素早く自殺だと断定」というのにも不安を覚えます。逆に、重大な事案と判断されていたなら慎重に時間をかけて調べるべきでしょう。こうした記事を書いている記者もそのおかしさに気づいていないとしたら、それも大問題ですね。

R 結局、竹内さんの場合も、春馬さんのときと同じく遺書はなかったらしいのですが、解剖はされず、すぐに「自殺」と判断されました。この記事の中には、「経験のあるベテラン刑事が見れば、自殺か他殺かは判断できるという」との文が続いていますが、実際はどうなのでしょうか。

岩瀬 外表から自殺か他殺かを確実に判断できるような立派なベテラン刑事が本当におられるのなら、ぜひお話をうかがいたいくらいです。むしろ、警察官として検視の経験を積めば積むほど、誤認検視をする可能性が高くなり、解剖せずに終わることが怖くなるという話はよく聞きます。とはいえ、多くの検視官は1~2年で異動ですから、そのような怖さでつぶれる前に任期を終えられるのでしょうね。また、そもそも日本では解剖の予算が少なく、解剖率も低いので、警察も被害者なのかもしれませんが。

都内でのデモ活動の様子(Mさん提供)

都内でのデモ活動の様子(Mさん提供)

うつ病薬と自殺の因果関係も詳細に調査を

M 日本で死因究明が正しく行われていれば、残された人たちは憶測を持たなくて済みますし、苦しんで後追い自殺をするような悲しい出来事も防げるはずですよね。

岩瀬 その通りです。たとえば、精神科に通院中、自殺される方がおられますが、実際にうつ病に処方されている薬の中には、「自殺したい」という気持ちになってしまうものもあるんです。たとえ事件性がなくても、薬の影響をきちんと調べていくことで自殺の予防にもつながると思うのです。ところが、どうも今の警察や監察医務院にはそういう視点がないようです。どこの病院に通い、どんな薬が処方されていたか? また、処方された薬はきちんと飲んでいたのか? といったことは最低限調べるべきです。

R 私たちは春馬くんの死を通して、日本の死因究明制度に疑問を持ちました。春馬ファンとして、この問題を真剣に社会に問いかけ、解決することはできないかと思っていろいろ調べてきました。岩瀬教授がこれまで大変なご努力をされてきたことも、過去の資料を見てよくわかりました。やはり、まっとうな死因究明制度を運用するには、「法医学研究所」の設立が不可欠なのでしょうか。

岩瀬 「法医学研究所」は必要ですが、そうした研究機関と大学をうまく連携させることが何より大切ですね。たとえば、ドイツでは大学の付属機関として法医学研究所がありますし、オーストラリアでは大学と研究所が密接な関係を保ちながら、大学の人材を法医学研究所に就職させるなど、しっかりとした関係が構築されています。

日本の死因究明システム充実のために必要なこと

M 2020年4月に「死因究明等推進基本法」が施行されたにもかかわらず、実態は伴っていないようですね。

岩瀬 政府は死因究明を課題にしながら、法医学界に手を差し伸べず窮地に追い込んでいるという矛盾があります。実際に、法医学者の人員不足は深刻で、法医学の医師が1名しかいないという県が半分くらいあります。給料は安く、研究をしながら解剖実務をこなすのでかなり大変です。解剖を補助する人員の補充もありません。解剖実務に携わる執刀医、解剖補助、書記、検査技師などの人件費を、どの省庁が支払うのか全く不明確なためでもあります。政府はあえてその議論を避けているようですが、ポストを増やし、待遇もよければ、希望者はそれなりにいるはずなんですが。

R 本当に現場は大変な状況なのですね。そもそも、法医学会をそれほどまで窮地に追いやっている責任はどこにあるのですか? 理想的な死因究明システムを日本に根付かせるためには、今、何が大切でしょうか。

岩瀬 責任は政治にあると思います。政治が動かなければだめです。死因究明の予算も全く足りていません。

M 岩瀬教授のお話を伺い、死因究明は残された人達のためにこそ行われるべきなんだと思いました。春馬さんの件も死因をしっかり調べていれば、次なる自殺を防げたかもしれません。「こうすれば良かった」という後悔の念をなくしていきたいです。そして、この先さらに、同じ思いをされたご遺族たちともつながりを深め、私たちでできることをしていきたいと強く感じました。

岩瀬 ぜひ頑張ってください。

M・R ありがとうございました。