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交通事故で全身まひの女子大生、損保会社の対応に怒りと疑問 世界へ発信した思い

2021.12.10(金)

Yahooニュース記事はこちら

交通事故で全身まひの女子大生、損保会社の対応に怒りと疑問 世界へ発信した思い

「神谷ちさとさんの記事(被害者への保険金を抑えようとする損保会社 事故で全身まひの女子大生への冷酷対応)を読ませてもらいました。本当に大変な思いをされていると思います。うちの息子も18歳のときの事故でしたが、同じく加害者側の損保会社から『余命10年』と言われました」

 そう語るのは、大阪府の坂本清市さん(55)です。
 次男の裕貴さん(当時18)が事故に遭ったのは、2011年9月。バイクで交差点を直進中、突然右折してきた対向車に衝突され、脳挫傷で重度の後遺障害(遷延性意識障害)を負ったのです(下記の記事参照)。

車に衝突され、意識不明の息子 9年半介護続ける両親の割り切れぬ思い【親なき後を生きる】(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 すでに事故から10年以上が経過しました。

両親と兄、そして訪問介護ヘルパーの手を借りながら自宅で生活している裕貴さん(筆者撮影)

両親と兄、そして訪問介護ヘルパーの手を借りながら自宅で生活している裕貴さん(筆者撮影)

■「寝たきり者はベッドで排泄を」とトイレ設置も拒否され

 坂本さん夫妻は、12月9日夜に放送されたNHKの『クローズアップ現代+ いのちの格差“逸失利益”が問いかけるもの』にVTRで出演し、加害者側から突き付けられた逸失利益減額の実態を訴えていました。

 裕貴さんの事故が、大学の筆記試験に合格し面接を待っていたときに発生したため、大卒基準での逸失利益を求めたところ、加害者側から「大学を卒業したわけではない」という理由で高卒の平均賃金を提示されました。それだけではありません、裕貴さんが作業療法士を目指していたことから、「介護職は平均より年収が低い」として、さらに収入を引き下げて計算してきたというのです。

 しかし、減額を迫られたのは逸失利益だけではありませんでした。介護設備や各種用品など、必要なものに対してもことごとく支払いを拒否されたといいます。

「とにかく加害者側の損保会社からは、否定、否定……の連続でした。私たちは息子が退院後、自宅で介護をするため、バリアフリーの小さな住宅を建てることにしたのですが、『寝たきりの者にトイレは必要ない』とまで言われたときには、あまりの理不尽さに怒りを通り越してしまいました」(坂本さん)

天井に介護用リフトを設置したバスルーム。風呂の設置をめぐっても、裁判では数々の争いがあったという(筆者撮影)

天井に介護用リフトを設置したバスルーム。風呂の設置をめぐっても、裁判では数々の争いがあったという(筆者撮影)

 当時の裁判でのやりとりがわかる、加害者側の「準備書面」を見せていただきました。一部を抜粋してみます。

『トイレの使用は実際的には無理と思われ、ベッドでの排泄を前提とするのが、日常生活動作及び介護の観点から妥当であると言える。したがってトイレの改造費用は不要』

『居室から直接出入りすればよいので、スロープやバリアフリー、タイルの張替は一切必要ない』

『そもそも、新築家屋の購入自体、その必要性が認められない』

 坂本さん夫妻にはあまりに辛い内容で、一時は準備書面に目を通すこともできなかったそうですが、結果的に大阪地裁岸和田支部は、坂本さん側の主張を認め、介護用住宅を新築する前提で和解が成立しました。

 しかし、もし坂本さん夫妻がこのような低額提示をうのみにして示談に応じていたら、いったい、裕貴さんの将来はどうなっていたのでしょうか。

 ちなみに、筆者は坂本さんのご自宅に取材で伺いましたが、裕貴さんは意識はないものの、車椅子でトイレまで移動して便座に座れば排便できていました。

 なぜ、加害者の一方的な過失で重い障害を負わされた被害者が、加害者側の損保会社に「ベッドでの排泄が妥当」などと決めつけられなければならないのか……。大きな疑問を感じざるを得ませんでした。

デイサービスを終えて帰宅した裕貴さん(筆者撮影)

デイサービスを終えて帰宅した裕貴さん(筆者撮影)

車椅子を押しながらスロープを上って介護用に建てた住宅に入る(筆者撮影)

車椅子を押しながらスロープを上って介護用に建てた住宅に入る(筆者撮影)

■障害者にとって毎日の入浴は、社会不相応?

 実は、9月7日の記事(被害者への保険金を抑えようとする損保会社 事故で全身まひの女子大生への冷酷対応)で取り上げた神谷ちさとさん(21)も、現在「症状固定」を前提に、加害者側から調停を起こされており、介護や治療にかかるさまざまな費用の支払いを拒まれているといいます。

「症状固定」とは、「これ以上症状の改善が見込めない状態である」ということです。

 ちなみに、「加害者側から起こされている」といっても、加害者本人は調停には一切出てきません。加害者の代理人弁護士が損保会社の意向を述べ、調停委員を通じて伝言するだけです。

 神谷さんは語ります。

「娘は現在治療中です。なぜ一方的に症状固定を迫るのか? また、そのための治療費や介護費用をなぜ切り捨てようとするのか? 列挙すればきりがありませんが、例えば“入浴”です。娘は日々、数回のリハビリで多くの汗をかくため、毎日入りたいと希望していても、加害者側は『社会不相応』だと反論してくるのです。福祉サービスで受けられる訪問入浴は週に2回だけです。しかも他の予定との調整ができなければキャンセルされ、代替の実施もありません。自分の決めた時間に毎日入浴することくらい、最低限認められてしかるべきではないでしょうか」

 また、ちさとさんが現在取り組んでいる「損傷した神経の再生医療」と「ロボットを使用したリハビリ」などのいわゆる先端医療についても、「判例がない」「社会一般の診療水準からして著しく高額であることが明らか」という理由で、すでに神谷さんが支払った治療費も含め、支払いを拒否されています。

<●動画 ロボットスーツ・HALでリハビリを行う、全身まひの被害者・ちさとさん 1>

 たしかに、交通事故の損害賠償でこうした高額な先端医療を認めた判例は今のところなく、損保会社としても簡単には支払えないという事情もわかります。
 しかし、欧米の他、マレーシア、インドネシア、タイ、オーストラリア、インド、サウジアラビアなどの諸外国では、すでにこうした治療は国家レベルで進められ、保険適用もできています。最近は日本でも、先端医療を支払い対象にした生命保険や損害保険の商品が登場するなど、保険業界としてもその効果を十分に認めていることは事実です。

「医療も技術も日進月歩の時代です。娘が受けている治療やリハビリは、どちらもすでに厚労省が認めているのですから、『先端』でなく、一般的な治療となるのは時間の問題です。加害者本人は刑事裁判で『被害者には十分な賠償を行いたい』と述べ、それを理由に減刑を求めています。だとしたら、少なくとも、自身の名前で申し立てている調停の内容くらいは把握すべきではないでしょうか」(神谷さん)

<●動画 ロボットスーツ・HALでリハビリを行う、全身まひの被害者・ちさとさん 2>

■国連が定めた「世界交通事故被害者の日」にメッセージを送信

 11月28日、自転車事故で頚髄を損傷し車いす生活となっていた自民党の谷垣禎一元総裁が、東京都内のイベントでトレーナーの補助を受けながら約3分間歩く姿が公表され、ニュース等で話題となりました。

自民谷垣氏、歩く姿を披露 事故で重傷、公の場で初(共同通信) - Yahoo!ニュース

 この報道に触れたちさとさんは、谷垣氏が自身と同じく、サイバーダイン社のロボットスーツを使ってリハビリに取り組んでいることを知り、こう語りました。

「同じ脊髄損傷を負う者として、3分間歩いたというのは衝撃で、同時に大変な励みになりました。努力を続けられて歩けるようになられた姿は、本当に大きな希望です。谷垣氏がコメントで強調しておられた、国や自治体のバックアップにも期待したいです」

 また、ちさとさんは、国連が定めた「世界道路交通被害者の日」(11月の第3日曜日)に合わせ、ブリュッセルの本部に向けて以下の公開質問状をしたため、英文にして発信したそうです(英文は記事の末尾に掲載)。

入院中のちさとさん。現在は在宅介護を受けている(神谷さん提供)

入院中のちさとさん。現在は在宅介護を受けている(神谷さん提供)

<交通事故加害者と損保会社の方へ>

 私は2019年10月に加害者が起こした交通事故で、重度の障害を負いました。

 症状は第5頚椎損傷で全身が麻痺して動かず、完全な治癒の見込みはありません。

 私はまだ21歳なので、これからを生きてゆくために少しでも良いから自分で立って歩きたいと考えています。完全に治らなくても良いから、自立して生活できるようになりたいのです。

 しかしながら、あなた方は、私の家族や弁護士の再三のお願いにも関わらず、先端医療には費用は支払えないと通告してきています。

 それは私や私を支えている多くの方の努力を無にして、私のかすかな希望をかき消すものです。(中略)

 あなた方はこの事故で起因した負傷者の治療と救済を行うために会社事業をしているのではないのですか? 

 私が負った頸椎損傷は、再生医療やロボットを使ったリハビリで効果があることが実証されているのに、なぜその救済と支援を拒むのですか? 

 これから社会に出てゆく私には理解できません。

 私が歩くことができるように助けてください。

 私がこれから社会に出て行く中で、あなた方が行っている このような不条理を訴え続けて行かなければならないのですか? 

 明確な回答をお願いします。 

神谷ちさと

 そもそも、「社会一般の診療水準」とは何を指すのでしょうか。
 被害者が回復を目指して受けている治療を、本人に面談もせずに「認めない」と判断しているのは、誰なのでしょうか?

 そこで、ちさとさんの加害者が加入している三井住友海上の広報部に、以下の質問をしたところ、このような回答が返ってきました。

<三井住友海上への質問と回答>

●質問1

この書面(上記・神谷ちさとさんの公開質問状)について、御社はご存じでしたか。

(三井住友海上の回答)

神谷様が作成されました本書面については、存じません。

●質問2

神谷さんの事故の加害車両は三井住友海上で任意保険を契約していたとのことですが、それは事実ですか。

(三井住友海上の回答)

お客さまにかかわる個別のご契約につきましては、守秘義務がございます。従いまして、調査・回答は差し控えさせていただきます。

●質問3

加害者の代理人は、サイバーダイン社のHALというロボット治療および再生治療等について、「社会一般の診療水準からして著しく高額であることが明らか」だとして、損害賠償の対象にならないと支払いを拒否され、調停を起こされています。これは三井住友海上としての考え方が反映されたものですか。それとも、契約者である加害者の主張によるものでしょうか。

(三井住友海上の回答)

弊社は調停の当事者ではございませんので、回答は差し控えさせていただきます。

●質問4

御社としての「社会一般の診療水準」というものがあるならば、それは何を基準に判断されているのでしょうか。

(三井住友海上の回答)

係争事案は、個別の事情に応じて裁判所によって判断されるものでございますので、法廷での判断を尊重する立場から、一般論での回答は差し控えさせていただきます。

 損害賠償制度とは本来、不法行為で被害を被った被害者に対して、『不法行為が起こる前の状態に回復させること』が目的のはずです。損保会社には、自社の損害を少なくするために「支払えない理由」を探すのではなく、被害者の置かれている現実に目を向け、それが過剰な請求か否かを誠実に判断していただきたいと思います。

 そして、時代とともに新たに生み出されていく有効な治療やリハビリ、また介護をサポートする最新の設備等が交通事故被害者への賠償として認められるよう、まずは裁判所から、現実に即した意識改革をすべきではないでしょうか。

<公開質問状の英語版>

To all of the perpetrators and Mitsui Sumitomo Insurance Company, Limited

In October 2019, I was involved in a car accident and broke my neck along with suffering an incurable injury to my spinal cord at the 5th/6th cervical vertebrates.

This resulted in quadriplegia, and the doctor told me that I would never be able to live without medical care for the rest of my life, much less stand or walk on my own.

But as a 21 year old, I set my goal on achieving independence, and most importantly, I wish to walk once again.

However, we have been notified that you are unable to make payment regardless of the repeated pleas from my family and attorneys.

This action is crushing our efforts and wiping out my slightest hope.

Isn’t it your job to provide aid and relief to injured victims of this accident?

It has been proven that spinal cord injuries can be at least partly cured with rehabilitation using robots and clinical trials, and yet you refuse to throw a lifeline?

As a student who will join the society in the near future, I have no idea why you can’t or won’t give me a helping hand.

Could you please help me stand, literally stand up, once more?

Do I really need to continue insisting on this absurdity?

I expect a clear response.

I grew up strong in proud US land. I was wanted all along, I was taught to fight, taught to win, I never thought I could fail.

How dare you, what Mitsui Sumitomo Insurance Company, Limited, do as stealing my hope and future!

C.kamiya