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「遺族は、結婚してはだめなのですか?」 事故被害者へのSNS中傷と二次被害の現実

2022.2.3(木)

Yahooニュース記事はこちら

「遺族は、結婚してはだめなのですか?」 事故被害者へのSNS中傷と二次被害の現実

『遺族は、裁判が終わるまで妊娠したり、結婚してはいけないのでしょうか?』

『「遺族らしさ」を求められるのも、遺族の二次被害だと思いました……』

 Twitterでこれらのコメントを見たとき、言いようのない怒りとやるせなさがこみ上げてきました。

 このツイートの発信者名は『三島死亡事故遺族@』さん。3年前に交通事故で父の仲澤勝美さん(当時50)を亡くした、長女の杏梨さん(29)です。

 1月27日、この事故は『奇跡体験!アンビリバボー』(フジテレビ)という番組で、1時間にわたって取り上げられました(以下、番組タイトルと内容)。

 ●突然奪われた平穏な日常…真実を求めた家族の闘い

 加害者の供述を鵜呑みにした捜査によって、被害者なのに加害者扱いされた仲澤さん。残された4人の子どもたちは、ショックのあまり憔悴する母に代わって結束し、事故直後から真実究明に向けて行動を起こします。そして、結果的に警察の初動捜査を覆したのです。

 今回の特集は、その3年間におよぶ過酷な闘いが、再現ドラマと当事者へのインタビューによって構成されていました。

 放送終了後、この番組を見たという方々から、多くの反響が寄せられました。その大半は、これまで懸命に取り組んだ仲澤さん一家に対するエールや警察の初動捜査に対する批判でした。

静岡県三島市の事故現場にて(遺族提供)

静岡県三島市の事故現場にて(遺族提供)

■裁判中の結婚・妊娠・出産は不適切?

 ところが、中には目をそむけたくなるような酷い書き込みがSNSに見られました。

 真実を追求した遺族たちが結婚・妊娠・出産をして、事故後の人生を歩み始めているという内容が番組の最後で報じられると、次のようなコメントが複数書き込まれたのです。

仲澤さんの放送後に書き込まれたツイッターより(筆者撮影)

仲澤さんの放送後に書き込まれたツイッターより(筆者撮影)

 このほかにも、以下のような投稿がありました。

『裁判中に妊娠………』

『いい話だと思ってたら、娘たち次から次へと妊娠発覚で草』

『いい話だと思ってたら、娘たち次から次へと妊娠発覚で草』

 しかし、杏梨さんは、上記のような書き込みを受け止めたうえで、毅然とした態度でこうツイートしていたのです。

仲澤さんのツイッターより(筆者撮影)

仲澤さんのツイッターより(筆者撮影)

 文末にあえて「スマイルマーク」をつけ、前向きな言葉でこうした中傷を跳ね返した姿勢に、私は思わず拍手を送りたくなりました。

■かつて筆者も体験した父の死と裁判と中傷の言葉

 仲澤さんの事故については、事故後間もないころ、杏梨さんから連絡を受けたことをきっかけに取材をはじめ、その後、複数回にわたって記事を書いてきました(*下記は1回目の記事)。

●事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念(2019.6.3)

 誤った初動捜査が逆転し、真実が明らかになった今、あらためて振り返ると、私はこの事故の取材を続けながら、二十数年前の自分の姿を無意識のうちに杏梨さんたちに重ね合わせていたような気がするのです。

 実は、私たち三姉妹も、杏梨さんと同じ歳のころ、実父を突然の医療過誤(薬の過剰投与)で亡くし、保育園児や乳飲み子を抱えながら、6年間にわたって裁判を闘ったことがあります。
 その途中、あろうことか、被告側の弁護士から法廷の内外で、信じられないような中傷の言葉を受け、悔しい思いをした経験があるのです。

 詳細についてここでは触れませんが、原告として裁判をしながら、それぞれが家庭を持ち、新しい命を授かることについて、暗に「遺族らしくない」と決めつけられることに、私は強い違和感を覚えました。
 しかも、相手は弁護士だったのです。

 私はこのときに受けた振る舞いと言葉の数々を陳述書としてまとめ、すぐに裁判官に提出したことを今も鮮明に記憶しています。

幼子を抱えながら、家族の中心となって真実究明に奔走した長女の杏梨さん(筆者撮影)

幼子を抱えながら、家族の中心となって真実究明に奔走した長女の杏梨さん(筆者撮影)

■「遺族らしさ」の強要という二次被害

 不慮の事故や犯罪に巻き込まれた被害者遺族が、裁判中に結婚したり、妊娠、出産したりすることはいけないことなのでしょうか……。

 いえ、そんなことは絶対にありません。

 たとえ辛い現実の中にあっても、自身の人生の歩みを進めていかなければならないのです。

 しかし、法曹界の中にもこうした言葉で遺族の心を傷つける人がいるという現実を、私はあのとき身をもって知り、当時から大きな疑問を抱いてきました。
 それだけに、四半世紀経った今も続く同様の偏見や誹謗中傷を目の当たりにしたとき、これは絶対に許されないことだと、あらためて強く訴えたいと思ったのです。

 もちろん、今回Twitterに書き込まれた中傷に対しては、多くの批判が書き込まれ、仲澤さんの家族には下記のような応援メッセージも多数寄せられました。

 命のバトンが繋がったことがせめてもの救い。

悲しみがある人が前に進んだらいけないか?

 俯いてなきゃ納得しないか?

 前に進む権利すら与えたくないか?

 娘に子どもが産まれる。妊娠する。

 息子が結婚する。娘が美しくなる。

 亡きお父さまが生きていたら、喜ばないことは何ひとつ無い。

 いや、むしろ喜ばせることばかり。

 本当に親孝行なお子さんたち。

 こうしたコメントに、心が温かくなり、救われる思いがしました。

 長女の杏梨さんは語ります。

「今回の中傷書き込みを見たときは、本当に腹が立ちましたし、悔しかったです。裁判はすぐに始まって終わるわけではありません。私たちの場合、事故発生から刑事裁判が終わるまでに2年2か月かかりました。私は父が事故で亡くなった時、26歳でしたが、今年の3月で30歳になります。これから民事裁判が始まりますが、こちらも約2年はかかると言われています。あのような書き込みをする人たちには、こうした現実を知ってほしいと思います。そして、相手の過失で強制的に人生を終わらされた人と、その家族がいることを知ってください。加害者にも被害者にもなってはならない……。そのためには、遺族となった私たちが、交通事故の悲惨さ、理不尽さ、そして、その後にふりかかるこうした二次被害の現実を訴え続けなければいけない、そう思っています」

(遺族提供)

(遺族提供)