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「赤信号と知りつつ時速57キロで交差点侵入」愛娘の命奪った運転手の量刑は

「葛飾・父娘死傷事件」が結審、遺族は懲役20年を要望も求刑は懲役7年6月

2022.3.16(水)

JBpress記事はこちら

「赤信号と知りつつ時速57キロで交差点侵入」愛娘の命奪った運転手の量刑は

「今日は耀子(ようこ)の命日です。2年前の3月14日から耀子に会えていません。あんなにも毎日一緒だったのに、突然の別れとなりました。目が覚めたら、毎朝耀子がいない世界を感じます。夢を見て、自分の泣き声で目覚めることもあります……」

 2022年3月14日、東京地裁422号法廷――。

 証言台には、奇しくも娘の命日に、遺族としての心情意見陳述を行う母の姿がありました。

まともな謝罪もない被告に収まらない憤り

 正面には3人の裁判官、その両側に計6名の裁判員、後席には2名の補助裁判員が座っています。

「殊更に赤信号を無視した」として自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)罪で在宅起訴された元配送業の高久浩二被告(69)は、背を丸め、終始うつむいています。

 母の陳述は、時折言葉を詰まらせながらもこう続きました。

「耀子は、私たち夫婦のたった一人の娘で、両祖父母にとってもたった一人の孫でした。最愛の宝物です。犯人は、耀子を身勝手な運転で轢き殺し、私たちの人生も心も殺しました。自発的な謝罪が無いことや、反省していると思えない公判でのやり取りを聞いて、ただただ虚しい気持ちでいっぱいです」

事故2週間前の耀子さん。遺体にはこのサロペットが着せられた(遺族提供)

事故2週間前の耀子さん。遺体にはこのサロペットが着せられた(遺族提供)

遺族の要望とは落差ある求刑

 2年前のホワイトデーに、東京都葛飾区四つ木5の国道6号で発生したこの事故については、昨年11月、以下の記事で取り上げました。

【参考】〈「青信号で横断した娘がなぜ」愛娘の遺体と撮った最後の家族写真 信号無視で罪なき愛娘の命奪った運転手、その不誠実さに遺族憤怒〉
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67712

 第4回公判のこの日は、耀子さんと共に青信号の横断歩道を横断中、被告の軽ワゴン車にはねられ、自らも重傷を負った父親の波多野暁生さん(44)も、最愛の娘を奪われた遺族としての心情と高久被告への怒りを約25分にわたって述べました。

 そして最後に、

「今後、この様な事件を再発させてはならない、という予防的な意味も込めて、過去の判例や量刑相場に捕らわれることなく、現行法上の最大限の刑罰である懲役20年に処して頂きますようにお願いいたします」

 と、くくりました。

 その後、検察官、被害者参加代理人弁護士による論告、そして被告側の弁護人による弁論が行われ、刑事裁判は結審。

 検察側の求刑は「懲役7年6月」。被告側の意見は「5年以下の刑が相当」というものでした。

事故現場(筆者撮影)

事故現場(筆者撮影)

 暁生さんは、検察が「危険運転致死傷罪の成立」(赤信号を殊更に無視)についてしっかりとした論告を行ってくれたことについては評価し、感謝しているものの、求刑については大きな不満があるといいます。「危険運転致死傷罪」の最高刑である懲役20年の半分にも及ばない、懲役7年6月というものだったからです。

厳罰化の流れの中、過去の量刑を尊重する考えも

「検察官は、『結果が極めて重大、私と耀子に全く落ち度がない、信号無視の動機が身勝手で態様も悪質』と述べてくれました。しかし、肝心の求刑については、過去の信号無視事案の量刑と比較し、相対的な情報に照らして7年6月を導きました。たとえば、懲役8年以上だった過去の事案は、ひき逃げや酒気帯びもからんでいるので、私たちの事故の場合はそれ以下が相当だということです。しかし、これではいつまでたっても新しい判断は生まれないと思うのです」

自らも事故で重傷を負わされた父・波多野暁生さん(筆者撮影)

自らも事故で重傷を負わされた父・波多野暁生さん(筆者撮影)

「危険運転致死傷罪」は、平成13年に新設された歴史の浅い法律です。法定刑の上限が15年から20年に引き上げられたのは、さらに3年後の平成16年です。

 その後も、「ながら運転」や「あおり運転」の罰則が強化されるなど、悪質な交通事犯については現在進行形で厳罰化の流れが強まっています。

「被害者参加代理人の高橋正人弁護士は、法廷でこう述べてくださいました。『裁判員裁判は、国民感覚を裁判に反映するためにできた制度です。(中略)ぜひ、皆様の国民としての一般的な当たり前の感覚で、この事件を考え、量刑を決めていただきたい』 そして、『過去の事件に機械的にあてはめて量刑を決めるようなことは絶対にしないでください』と。まさに、過去事例との比較で求刑年数を導いていたら、時代と国民感覚に即した犯罪抑止の効果は期待出来なくなってしまいます」(暁生さん)

 また、もう一人の被害者参加代理人・上谷さくら弁護士は、論告の最後に、裁判員に向かってこう訴えました。

「被害者は、判決に書かれた一言一言の意味を深く考えます。判決に書かれた一言で、その後の人生が救われることもあれば、一生を台無しにする程のダメージを受けることもあります。過去に『判決文が二次被害だ』と言った人もいました。私がこれまでに述べた事情については、特に慎重に考えて言葉を選んでいただきたいと思います。

 耀子さんの名前には〈光〉という字が入っています。その名の通り、これからもっと光り輝く人生が待っていたでしょう。(中略)ご遺族は、そんな耀子さんの成長を見守ることができなくなりました。今日は耀子さんの三回忌です。ご命日に、ご両親は裁判に出席し、意見陳述を行いました。皆様、どのようなお気持ちで聴かれたでしょうか。耀子さんは、どんな気持ちで、天国からこの法廷を見ているでしょうか」

裁判員と裁判官の判断に託す遺族の願い

 暁生さんはこの論告を聞いたとき、改めて涙がにじんだと言います。

「裁判員裁判においては、稀に求刑より重い判決が下されることもあると聞きます。今回の事件の悪質性と、その後の高久被告の非常識極まりない対応に鑑みて、裁判員と裁判官が新しい判断を下してくれることを祈るばかりです」

父・暁生さんに肩車してもらい、弾けるような笑顔を見せる生前の耀子さん(遺族提供)

父・暁生さんに肩車してもらい、弾けるような笑顔を見せる生前の耀子さん(遺族提供)

 本件の刑事裁判が集中的に開かれていたこの1週間、ウクライナでは砲撃が激しさを増し、多くの市民が突然、理不尽に命を奪われるニュースが繰り返し報じられていました。

 幼い我が子の命を奪われ、「守ってやれなかった……」と嘆き悲しむ親たちの涙をとらえた映像はあまりにも辛く、「これが今、現実に地球上で起きているのだということが信じられない」といったコメントもたびたび耳にしました。

 しかし私は、今回の裁判を傍聴しながら、安全であるはずの日本で暮らしていても、ごく身近な道路上で、まさに「戦争」と同じことが起こり続けているのだということを痛感しました。

「赤信号の殊更無視」が引き起こした死傷事故に対する判断は

 11歳の耀子さんは、ルールを守って青信号で横断歩道を渡っていました。それなのに、前方の駐車車両を避けるため、「信号の変わり目を利用して車線変更をしてしまいたい」との身勝手な動機から、赤信号と知りながら時速57キロで交差点に進入してきた被告の車に衝突されたのです。

 フロントガラスはめちゃくちゃに壊れていました。耀子さんの致命傷は首の骨折だったそうです。

自身の名前の刺繍が入ったお祭り用の半纏を身にまとった耀子さん(遺族提供)

自身の名前の刺繍が入ったお祭り用の半纏を身にまとった耀子さん(遺族提供)

 青信号の横断歩道は、歩行者にとって安全地帯であるはずです。そこへ突然突っ込んでくる鉄の塊は、まさに無差別の爆撃を受けるのと同じです。

 本件の「殊更赤信号無視」は、果たして「危険運転致死傷罪」に当たるのか、否か。そして、量刑は……。

 判決は3月22日15時に、東京地裁で下されます。