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「金目当て?」「全滅しろ」事故の被害者遺族にSNSで酷い中傷、遂に告訴へ

交通事故の真相究明し父の無念を晴らした遺族に、なぜこんないわれなき攻撃が

2022.6.8(水)

JBpress記事はこちら

「金目当て?」「全滅しろ」事故の被害者遺族にSNSで酷い中傷、遂に告訴へ

「先日、三島警察署に行き、告訴の相談をしてきました。事故の原因は加害者の信号無視だったにもかかわらず、被害者である父を誹謗する事実無根の書き込みは許せません。慎重に手続きを進めてまいります」

 そう語るのは、静岡県三島市の坂本杏梨さん(30)です。

目を疑うような書き込み

 杏梨さんが今回、警察に提出したツイッター等の書き込みを、ごく一部ですが以下に抜粋します。

<こんなロンゲのチャラ男野郎が、真面目なわけねーだろ 信号無視したんだよ 馬鹿娘 事実を すり替えて 新しい被害者を作るな ボゥゲ>

<被害のおっさんがキラキラした改造バイクに乗ってヤンキーの格好してて、担当した警察もヤンキーが車に迷惑かけた事件って先入観が発生したんだろうな>

<被告になってしまった人がかわいそうだ 相手が信号無視しているのに>

<相手のご家族の方に直接聞きましたけど、ほとんどが嘘の内容だって言ってましたよ。不愉快なのでやめてもらえませんか?>

ネット上に投稿された遺族への中傷コメント

ネット上に投稿された遺族への中傷コメント

 杏梨さんはきっぱりとこう言います。

「そもそも、父は信号無視などしていません。改造バイクにも乗っていません。このほかにも、私たち子どもの名前を『DQNネーム』などと書かれたこともありましたが、私たちの名前は今回の事故とは何の関係もありません。いったい、これまでにどれだけの方が一方的な書き込みで傷つき、泣き寝入りを強いられてきたのでしょうか……」

在りし日の仲澤勝美さんと家族(遺族提供)

在りし日の仲澤勝美さんと家族(遺族提供)

事故の真相究明に乗り出した子どもたち

 杏梨さんの父親・仲澤勝美さん(当時50)は、2019年1月22日午後6時過ぎ、仕事先からスクーターで帰宅する途中、伊豆縦貫道下の市道交差点で乗用車との衝突事故に遭い、死亡しました。

 事故の翌朝、新聞は三島署の発表をもとに以下のように報じました。

<二十二日午後六時ごろ、三島市萩の信号のある市道交差点で、同市徳倉一の会社員仲沢勝美さん(50)のミニバイクと、沼津市大岡の会社員〇〇〇〇さん(46)の乗用車が衝突した。仲沢さんは全身を強く打ち、搬送先の病院で死亡した。三島署によると、仲沢さんは右折しようとし、〇〇さんは直進していた>(『中日新聞』2019.1.23/*記事では乗用車の運転手は実名、また仲澤さんの姓は新聞表記では仲沢)

 しかし、遺族は当初から、「右折は絶対にありえない」ということを確信していました。仲澤さんは普段から「この大通りは危険だから」と言って、あえて裏道を通っていたことを知っていたからです。

「このままでは『死人に口なし』のまま事故が処理されてしまう」

 杏梨さんたち4人の子どもたちは、ショックのあまり動くことのできなくなった母親の代わりに、真実究明に乗り出しました。目撃情報を募るビラを作って新聞折り込みに入れたり、現場で聞き込みを行なったりと、独自の調査を行ったのです。

事故の目撃者に情報提供を訴えるチラシ。右の余白には遺族のメッセージが書かれている(遺族提供)

事故の目撃者に情報提供を訴えるチラシ。右の余白には遺族のメッセージが書かれている(遺族提供)

 数日後、こうした遺族の行動を知った静岡県警本部が防犯カメラの映像を押さえ、仲澤さんのスクーターは交差点を青信号で直進していたことを確認。赤信号を無視したのは乗用車の方だったとして、一転、運転していた女性を逮捕したのです。

事故現場に献花する遺族(遺族提供)

事故現場に献花する遺族(遺族提供)

裁判所も亡くなった仲澤さんを被害者と認定

 以下は、3年前、筆者が本件を初めて報じた記事です。

<事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念> (Yahoo!ニュース個人)
https://news.yahoo.co.jp/byline/yanagiharamika/20190603-00128353

 その後、加害者は「自動車運転処罰法違反(過失致死)罪」に問われ、2021年3月15日、静岡地裁沼津支部で禁錮3年執行猶予5年の判決を言い渡されました。

 事故から3年という歳月がかかりましたが、実際の事故状況は、初動捜査の結果とは全く異なるものであったことが明らかとなり、仲澤さんは赤信号無視の車にはねられた被害者だと認定されたのです。

「もし、私たち遺族があのときすぐに動かなければ、父の走行ルートは取り違えられ、『加害者』のままでした。たまたま、私たちが父の通勤ルートを知っていて、防犯カメラという証拠が残っていたから、そして協力してくださる方が沢山いたから、辿り着けた真実だったのです」(杏梨さん)

亡くなった仲澤勝美さんの4人の子どもたち。裁判所前で(筆者撮影)

亡くなった仲澤勝美さんの4人の子どもたち。裁判所前で(筆者撮影)

ネットでの誹謗中傷に厳罰化の流れ

 交通事故や事件の被害者遺族が、ネット上でいわれなき誹謗中傷を受ける事案が後を絶ちません。

 東京・池袋で起こった母子死傷の暴走事故では、遺族に対してSNS上で「金や反響目当てだ」などと誹謗中傷を繰り返していた男(22)が今年3月特定され、書類送検されました。ところが、その後に飛び込んできたニュースには、愕然としました。

 なんとこの男、2021年12月に大阪市内で危険なあおり運転をし、この件で書類送検されていたというのです。それだけではありません。「事故ごっこ」などと称し、マネキン人形などを交差点に置いて他車の通行を妨害した疑いでも送検されていました。道路上でも、ネット上でも、極めて悪質な行為を繰り返していた人物だったのです。

 そんな中、政府は今年3月8日の閣議で、SNS上の誹謗中傷対策を強化するため、公然と人を侮辱した行為に適用される「侮辱罪」に懲役刑を導入。法定刑の上限を「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」に引き上げることを決めました。

 仲澤さんの死亡事故の場合、当初、事故の事実関係が取り違えられて報道されたことがきっかけとなり、遺族の行動に対してSNS上での過酷なバッシングが高まりました。実際には信号無視による被害者であったにもかかわらず、さも仲澤さんに非があったような、悪質な虚偽の書き込みは、死者への侮辱に当たるのは当然でしょう。

 冒頭で抜粋した一連の書き込みが、本件に何らかの利害がある関係者なのか、それとも全くの第三者なのか、それは今後の捜査で明らかになるはずです。

被害を受けているのにSNSでの中傷で二次被害も

 仲澤さんの死亡事故から間もなく3年半。初動捜査に誤りがあったことから、自賠責保険の支払いは刑事裁判が終わるまで止まっており、一家の大黒柱を失った遺族は経済的にも厳しい状況に置かれていました。判決確定後、遺族は民事裁判を起こし、現在、静岡地裁沼津支部で全ての損害について審理中です。

 しかし、刑事裁判で仲澤さんが完全な被害者であることが証明されてもなお、賠償問題については、いまだに以下のような卑劣な書き込みが散見されます。

<拡散希望はお金目当てなの? そうだよねお金儲かるもんねー 仲良し家族で一致団結してね>

 また、家族が団結して真実追求してきたことについても、

<不幸話で同情しろみたいなウザ お前ら仲良し家族なんてしらね~よ もうみんな全滅すればいいよ みんなであの世にGO!>

<いつまでもいつまでもパパパパ言ってんなー いつまでもいつまでも泣いとけ 負の連鎖が始まるわ お前みたいなしつこい奴キモイし嫌いなんだわー>

 といった身勝手な書き込みが相次ぎ、大変傷つけられているといいます。

 そもそも、この事故で初動捜査に当たった警察が、加害者の供述を鵜呑みにせず、もっと早く防犯カメラや事故車などの物的証拠、目撃証言などを丹念に調べていれば、ここまでのトラブルには発展しなかったはずです。

 杏梨さんは、民事裁判にも一連のネットによる誹謗中傷の書き込みを証拠として提出したと言います。

「今年になって、やっとSNS上の誹謗中傷が厳罰化されました。ネット中傷、侮辱罪の厳罰化で、いったいどのような書き込みが『侮辱』とされるのかわかりませんが、死人に口なしの事故を少しでも減らすため、民事裁判では私たちが父の事故で受けた二次被害、三次被害の現実も訴えていきたいと思います」