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【速報】一般道で時速157キロ、6人死傷事故  控訴断念で少年の執行猶予が確定

2022.7.30(土)

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【速報】一般道で時速157キロ、6人死傷事故  控訴断念で少年の執行猶予が確定

■一審判決は「懲役3年 執行猶予5年」

 これまで2度にわたってレポートしてきた、福島県いわき市の6人死傷事故。  7月15日、福島地裁いわき支部(三井大有裁判官)は、自動車運転過失致死傷の罪に問われていた少年(19)に対し、『被告人は、尋常ならざる高速度で自車を運転していたものである』とした上で、『同乗者らの言動が被告人の過失に影響を及ぼしたことを必ずしも否定し難い』と認定。懲役4年以上6年以下の求刑に対して、「懲役3年執行猶予5年」の判決を下しました。

 遺族と重軽傷を負った同乗者たちは、この判決に納得できず控訴を求め、最高検察庁に手紙を出すなど、さまざまな行動を起こしていました。

 しかし、7月28日午後、福島地検いわき支部は遺族らを呼び出し、

『過去の判例を見ても、実刑になっている事件は死亡者が2人以上の事故がほとんど。裁判官の判断には問題がないので、控訴はしない』

 と説明。7月29日、少年Aの判決は確定したのです。

■遺族を苦しめる「死人に口なし」の判決内容

 事故は、2021年7月24日午後10時10分頃に発生しました。当時18歳だった専門学校生のAが、自分の車に友人5人を乗せて買い物に行く途中、一般道で時速157キロを出し、橋の欄干に激突。欄干のポール2本が車に突き刺さり、後部座席に乗っていた内山裕斗さん(18)がその直撃を受けて即死、運転者を含む5人が重軽傷を負ったのです。

 死亡した裕斗さん(18)の母親・由美さん(42)は、控訴断念の結果を受け、落胆した様子でこう語ります。

「初心者のドライバーが、夜間の一般道で法定速度を100キロ近くもオーバーするような高速度で走っていても、『わき見』だと言えば、危険運転致死傷罪ではなく過失運転致死傷罪になる……、私たちはそもそもそのことに納得できていません。その上、加害者はスピードを出せとはやしたてたのも、後ろからいたずらをしてわき見の原因をつくったのも、亡くなった裕斗のせいだと思うと供述しました。これにも納得していません」

 被告の供述、同乗者の証言、そして判決の内容については、以下の記事に書いた通りです。

一般道で時速157キロ、6人死傷事故になぜ執行猶予? 息子亡くした遺族の悲憤(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース(2022.7.22)

 この事故で、ラゲッジスペースに乗車し、全治3か月の重傷を負った同乗者のB君は、加害者の少年が自動車運転過失致死傷で起訴された直後の5月中旬、「私に電話でこう訴えていました。

「僕らははやし立てたりしていませんし、裕斗君は後ろからAにイタズラもしていません。事故の原因はわき見ではなく、速度の出しすぎだと思います」

 その後、B君は自ら検察に連絡を入れ、自分の証言を刑事裁判で取り上げるよう申し入れましたが、検察はB君を証人として採用することはなく、裁判は1回で結審。結果的に「わき見運転」が事故の原因という内容の判決が下されたのです。

 28日、検察に呼ばれた由美さんは、なぜB君を刑事裁判で証人として採用しなかったのかを検事に問い詰めたと言います。

「すると、検事はこう答えました。『同乗者には被告がわき見をしていなかったように見えたとしても、被告が目だけを動かしている場合もありますからね』と……」(由美さん)

<一審の判決文より抜粋>

同所(*事故現場)は、左に湾曲している道路であったから、法定速度(60キロメートル毎時)を遵守するはもとより、前方を注視し、ハンドル・ブレーキを的確に操作し、進路を適正に保持して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、時速約157キロメートルの高速度で進行したうえ、左方を脇見して前方を注視せず、かつ、ハンドル・ブレーキを的確に操作しないで進行した過失により、自車を右前方に暴走させて道路中央分離帯の縁石及び橋の欄干に衝突させ、よって、自車運転席側後部座席に同乗していた内山裕斗(当時18歳)に重症頭部外傷の傷害を負わせ、死亡させたほか、自車に同乗していた4名にそれぞれ傷害を負わせた。>

とても可愛がっていた猫と裕斗さん。もう一匹、亡くなる10日前に傷ついた猫を保健所から引き取って大切に世話をしていたという(遺族提供)

とても可愛がっていた猫と裕斗さん。もう一匹、亡くなる10日前に傷ついた猫を保健所から引き取って大切に世話をしていたという(遺族提供)

■「危険運転致死傷罪」とは何のためにあるのか?

 今回の事故の記事には、多くの反響が寄せられました。その多くは、

「一般道で157キロという速度はどう考えても危険運転。法定速度は何のためにあるのか」

「時速157キロで、本当にわき見なんてできるのか?」

「これが危険運転致死傷罪ではなく過失運転致死傷罪として起訴されていることに驚きを感じる」

といった意見でした。

 では、『危険運転致死傷罪』とは、どのような行為が対象になるのか。
 ここで改めて、危険運転の6つの構成要件について見ていきましょう。

1)『酩酊危険運転』

アルコールや薬物の影響で正常な運転が困難な状態で車を走行させる行為

2)『高速度危険運転』

運転の制御ができないほどの速度で車を走行させる行為

3)『技能欠如危険運転』

無免許など、技術がない状態で車を走行させる行為

4)『通行妨害目的危険運転』

人や車の通行を妨害する目的で、幅寄せや割り込みなどを行い、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で車を運転する行為

5)『信号無視危険運転』

赤信号などを、ことさら無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で車を運転する行為

6)『通行禁止道路危険運転』

通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で車を運転する行為

 以上のような危険な運転行為をして人を負傷させた場合は、その運転者に対して、15年以下の懲役。人を死亡させた場合は、1年以上の有期懲役(20年以下)が科せられるというものです。

 今回の事故ではまず、Aの行為が、2)の「高速度危険運転」にあたるかどうかが問題となりましたが、検察は事故の原因を「わき見」と判断し、「過失運転致死傷罪」で起訴したのです。

 はたして、一般道での時速157キロは、「制御できないほどの速度」とは言えないのか? 現実に、この速度で重大事故が発生しているだけに、今も被害者や遺族の中に、その疑問は残ったままです。

新しく法律はできても、解釈はさまざまだ(写真:アフロ)

新しく法律はできても、解釈はさまざまだ(写真:アフロ)

■事故から1年、今も右腕麻痺の同乗者の思い

 一瞬の事故は人の命を奪い、それぞれの当事者の人生を大きく変えてしまいます。

 亡くなった裕斗さんの隣(後部座席中央)に乗っていたC君(事故当時18)は、この事故で、右腕神経叢損傷、顔面・胸部・両上腕部挫傷、全身打撲の重傷を負いました。
 昨年の秋、山口県の専門病院で手術を受け、現在もリハビリのため、福島の自宅から遠く離れた山口で一人暮らしをしながら病院に通っていますが、右腕は麻痺したままで、事故から1年たった今も以前のように動かすことができないと言います。

 C君は、陳述書でその悔しさをこう綴っています。

Aは、このことが終われば、普通の人間として生活していけるだろう。

でも、俺は違う。この右手は一生、絶対に戻ることはない。一生、右手で字を書くことはできない。

もし、これから結婚ができて、子どもが生まれても、両手で抱くことさえできない。これから一生、身体障害者として生きなければならない。

でも、俺は生きているからそんなこと何とでもなるが、内山のことはどうにもならない。そのことを、Aは何もわかっていないように思う。

Aには、内山の命を奪ってしまったという、本当に大変なことをしたという反省がない。俺はAのその態度が許せない。

 由美さんは語ります。

「C君はこの事故で大変な後遺障害を負いました。そして、助手席に乗っていたD君は、息子を助けられなかったことを思い悩み、心の病を発症してしまったそうです。刑罰は亡くなった人の数で決めるのですか? 一般道で時速157キロ出し、人を死傷させても、こんな軽い罪で終わるのだという前例をつくったら、免許取り立ての未成年による暴走事故は増える一方ではないでしょうか。未来ある子の命や将来を奪う交通事故。こんな思いをする人たちがなくなるよう、この理不尽な現実を知っていただきたいと思います」