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【続報】一般道で時速194キロは過失? 2度目の国会質問と異例の再現検証

2022.11.19(土)

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【続報】一般道で時速194キロは過失? 2度目の国会質問と異例の再現検証

 11月16日、衆議院内閣委員会で、大分市で起こった時速194キロ死亡事故に関連する質疑が行われました。

 質問に立ったのは、10月28日の衆議院内閣委員会で、この事故が「危険運転致死罪」で起訴されなかったことに対しての疑問を投げかけた緒方林太郎議員です。

 このときの答弁については、以下の記事でレポートした通りです。

【速報】一般道で時速194kmは過失? 国会質疑で法務副大臣は何と答えたか(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 緒方議員は今回、12分弱という限られた時間の中、最後の質問としてこう切り出しました。

11月16日の内閣委員会で質問を行う緒方議員(国会中継より筆者撮影)

11月16日の内閣委員会で質問を行う緒方議員(国会中継より筆者撮影)

●<緒方議員>

「(10月28日の)所信の質疑で、大分県で起こった194キロ出して交通事故で人が亡くなったという事例の話をさせていただきました。危険運転致死傷罪に該当するのではないかという議論を、門山副大臣(*法務副大臣/門山宏哲氏)、保坂審議官(*法務省官房審議官/保坂和人氏)とさせていただいたわけですが、あの中でひとつ聞けなかったこととして、危険運転致死傷罪が導入されたときの2001年の法制審議会では、そもそも一般道で194キロを出すような車を想定していなかったのではないかと思うわけですが、審議官いかがですか?」

 21年前に開かれた法制審議会の議事内容に関するこの質問に対して、法務省はどう答えたのでしょうか……。

 以下、官房審議官の答弁は今回も難解でしたが、そのままお伝えしたいと思います。

●<保坂官房審議官>

「想定していたのか、いなかったのかには、なかなかお答えが一概に難しいのですが、その部会におきまして、この要件でございます『進行を制御することが困難な高速度』という要件について、どういう意味なのか、ということで、まずは事務当局から、『速度が速すぎるために道路状況等に応じて自車の進行を制御することが困難となるような速度』を意味するという説明がございました。それを前提として、議論がされております」

衝突の衝撃でエアバッグが展開した小柳さんの車(遺族提供)

衝突の衝撃でエアバッグが展開した小柳さんの車(遺族提供)

■「速度」ではなく道路状況や車の性能などの「事情」を考慮?

 では、危険運転致死傷罪に当たる『制御が困難な高速度』とは、具体的にどのような状況をさすのか。法務省はこう続けます。

●<保坂官房審議官>

「その中で『進行を制御困難な高速度』に該当するかどうかにつきましては、実際の速度が制限速度より何キロ超過していれば当たる、というものでもなく、逆に、制限速度以下であれば当たらない、というものでもなく、具体的には状況のもとで判断されるカーブや道幅といった道路状況ですとか、車の性能、などといった具体的事情を考慮するのだ、というご議論がなされたところでございます」

 つまり、速度超過だけをもって危険運転で起訴することは難しく、道路の状況や車の性能が考慮される、ということなのでしょうか。

答弁を行う法務省の保坂官房審議官(国会中継より筆者撮影)

答弁を行う法務省の保坂官房審議官(国会中継より筆者撮影)

 法務省の答弁は、さらに次のように続きました。

●<保坂官房審議官>

「その上で、問題はこの道路の状況というものにどういうものを組み入れるのか、つまり道路の客観的な形状のみを意味するのか、あるいは、個々の通行車両や歩行者なども考慮に入れるのかどうか、ということが問題になりました。つまり、他の通行車両や歩行者がいて、『スピードを出しすぎてたので、発見したけど止まれなかった、ぶつかりました』という場合まで、この『進行制御困難な高速度』というのかどうか、という点につきましては、ちょっとあの、議論の見方、いろいろあるのかもしれませんが、基本的にはそれは該当しない、当たらないのだという議論が行われたという風に承知しております」

加害者の少年が運転していたBMW(遺族提供)

加害者の少年が運転していたBMW(遺族提供)

■国会答弁が行われた日の夜、事故現場では再現検証が……

 緒方議員のこの質問が行われた11月16日の夜、大分市内の事故現場では新たな動きがありました。

 大分地検は、自動車運転処罰法の「危険運転致死傷罪」のうち、「妨害運転」(*以下の条文参照)を視野に「訴因変更」を検討。同日午後10時50分頃、実際の事故発生時刻に合わせて現場の通行を規制し、大分県警と合同で再検証を行ったのです。

 現場には加害者の少年が乗っていたものと同型の車が用意され、ヘッドライトがどの地点まで届いていたか、また、どの地点で被害者の小柳さんの車に気づいていたか、などが調べられました。

 ちなみに、『自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律』の第二条では、次の行為が「危険運転致死傷」にあたるとされています。

(危険運転致死傷)

第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。

1) アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為

2) その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

3) その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為

4) 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

5) 車の通行を妨害する目的で、走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為

6) 高速自動車国道又は自動車専用道路において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止又は徐行をさせる行為

7) 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

8) 通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

 本件では、交差点を右折しようとしていた被害者の進行を、重大な交通の危険を生じさせる速度で「妨害」、つまり上記の(4)の行為に当たる可能性があるというのです。

事故現場の状況(井上郁美氏作成)

事故現場の状況(井上郁美氏作成)

■専門家の間でも割れる「危険運転」の起訴基準

 小柳さんの遺族は、この事故が「過失」として起訴されたことに納得できず、「一般道で時速194キロの死亡事故は過失ですか?」と、危険運転への訴因変更を懸命に訴え、署名活動も行なってきました。その声は多くのメディアだけでなく、国会でも取り上げられ、事故から1年9か月たった今、ようやく異例の再捜査へとつながりました。

 しかし、今回の再検証だけでは十分とは言えません。車検をクリアしている車なら、夜間であってもヘッドライトを点けていれば前方が視認できるのは当然です。重要なのは、停止している状態での照射実験ではなく、時速194キロという高速度で走行しているときに運転者からどう見えるのか? という事実ではないでしょうか。一般道では難しいかもしれませんが、クローズドコースなどでの実証実験が実現することを期待したいと思います。

 危険運転致死傷罪の適用については、法律の専門家の間でも解釈が大きく分かれており、本件の判断は今後の危険運転での起訴における指針になる可能性があります。

 大分地検はどのような捜査を重ね、結論を出すのか……。判断を待ちたいと思います。

この事故で死亡した小柳憲さん(遺族提供)

この事故で死亡した小柳憲さん(遺族提供)