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飲酒.逆走.信号無視.異常な高速度…悪質事故の被害者遺族を苦しめる「危険運転致死傷罪」の壁

2023.1.16(月)

Yahooニュース記事はこちら

飲酒.逆走.信号無視.異常な高速度…悪質事故の被害者遺族を苦しめる「危険運転致死傷罪」の壁

 まず最初に、以下の動画をご覧ください。 

 2015年、大阪・アメリカ村で起こった飲酒・逆走死亡事故。
 娘の恵果さん(当時24)が犠牲となった事故現場でお話をしてくださったのは、母親の河本友紀さんです。 

 加害者は当時25歳の女でした。多量の酒を飲んでハンドルを握り、一方通行を逆走、自転車に乗っていた恵果さんをはねたのです。

 この事故の裁判は、複雑な経過を辿りました。
 当初「過失運転致死罪」で起訴されたことに納得できなかった母親の友紀さんは、「危険運転致死罪」への訴因変更を求めました。それを認めた裁判所は補充捜査も指示。しかし、下された判決は「危険運転」はなく「過失」で、懲役3年6月(360日の未決勾留を含む)でした。

 河本さんは事故から8年経つ今も、この事故が「危険運転」ではなく「過失」として裁かれたことによって、その後の裁判に悪い影響を与えているのではないかと、苦しい思いを抱き続けていると言います。

 私が「Yahoo!ニュース個人」のオーサーとして執筆を始めて6年、2023年最初のこの原稿が、240本目の発信となります。
 これまで執筆してきた記事の多くは交通事故に関するものでしたが、ここ1~2年を振り返ると、特に顕著な傾向がみられるように思います。

 それは、被害者や遺族が、「危険運転致死傷罪」という法の壁、つまり司法との闘いを強いられている現実です。

河本恵果さんが死亡した事故直後の現場。駐車中のスクーターもなぎ倒されていた(遺族提供)

河本恵果さんが死亡した事故直後の現場。駐車中のスクーターもなぎ倒されていた(遺族提供)

■今も定まらぬ「危険運転致死傷罪」の適用判断

 では、「危険運転致死傷罪」に関して、この1年どのような事案を取り上げてきたか、ここで振り返ってみたいと思います。

 まず2022年1月、危険運転致死罪で懲役4年の実刑判決が確定したのがこの事件でした。

【「危険運転」で懲役4年確定 大津・飲酒逆走事故で9歳男児亡くした父の思い(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース】

 飲酒運転で対向車線をオーバーしてきた車が、被害者家族の乗った乗用車に衝突し、9歳の男の子が亡くなりました。

 被告は、飲酒運転をしたことは認めながらも、「酒(アルコール)が事故の原因ではない」と主張。しかし、裁判官は「危険運転致死罪」を適用して判決を下したのです。

飲酒、無免許の車にはねられて亡くなった大学生が乗っていた自転車(遺族提供)

飲酒、無免許の車にはねられて亡くなった大学生が乗っていた自転車(遺族提供)

 同じく1月に発信した以下の記事では、飲酒・ひき逃げ・逆走・無免許・無車検・無保険の外国人によって引き起こされた死亡事故の「今」を取り上げました。

息子死なせた加害者、全財産は7000円 謝罪も賠償もないまま母国へ…(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 名古屋市内で発生したこのケースは、誰もが「危険運転致死罪」で起訴されるものだと思っていました。

 ところが、名古屋地検の検察官は、

「たとえ飲酒していたことが事実でも、逮捕後、片足でまっすぐに立てたので飲酒運転とはいえない」

「逆走は危険運転には当たらない」

「無免許でも、長い間乗っていれば技術がある」

 などと遺族に説明。結果的に「自動車運転過失致死罪」と「道路交通法違反」で起訴され、「過失」としては最も重い、懲役7年の実刑判決が下されました。

 刑務所に収監中、加害者は「一生かけて償う」と遺族に言ったそうです。しかし出所後、賠償金を1円も支払わないまま帰国し、現在も行方不明のままです。

■「危険運転は無罪」と主張する被告も

 2月には、広島高裁で以下の判決が確定しました。

【時速104キロでカーブ曲がれず大事故 「危険運転」で起訴された元大学生の言い訳と判決の中身(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース】

 この事故は、乗用車を猛スピードで暴走させ、カーブを曲がり切れずに縁石とガードパイプに衝突。車が転覆し、同乗者2名に重傷(うち一人は四肢麻痺)を負わせたとして、元大学生(事故当時18)が危険運転致傷罪に問われていた事案です。

 一審の広島地裁は2021年8月、「懲役2年8か月(求刑懲役4年)」の実刑判決を下しました。
「危険運転」について無罪を主張していた被告は、判決を不服として控訴していましたが、2022年2月、広島高裁は控訴を棄却、実刑判決が確定しました。

 翌3月には、故意で信号無視をしたとして「危険運転致死傷罪」に問われていた被告に、懲役6年半の実刑判決が下されました。

【葛飾父娘死傷事件】赤信号無視の被告に懲役6年半の実刑確定 娘亡くした父の思い(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 本件は、青信号の横断歩道を渡っていた父娘に信号無視の車が衝突し、11歳の娘さんが死亡、お父さんが重傷を負うというものでした。

 当初は「過失運転致死罪」で起訴される可能性が濃厚でしたが、ご両親が検察に懸命に訴え、事件発生から1年以上経ってようやく危険運転での起訴、そして判決にこぎつけたのです。

葛飾区の現場。父娘はこの横断歩道を右から左へ横断中だった(筆者撮影)

葛飾区の現場。父娘はこの横断歩道を右から左へ横断中だった(筆者撮影)

■時速157キロの暴走死亡事故は「過失」に

 一方、福島県で起こった時速157キロでの暴走死傷事故は、遺族の訴えもむなしく「危険運転」では起訴されませんでした。

【6人死傷】一般道で時速157キロは「過失」ですか? 同乗中に即死、息子失った両親の訴え(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 2022年7月、福島地裁いわき支部は、自動車運転過失致死傷の罪に問われていた少年(19)に対し、『被告人は、尋常ならざる高速度で自車を運転していたものである』とした上で、『同乗者らの言動が被告人の過失に影響を及ぼしたことを必ずしも否定し難い』と認定。懲役4年以上6年以下の求刑に対して、「懲役3年執行猶予5年」の判決を下しました。

 この判決に納得できなかった遺族と同乗の被害者たちは控訴を求め、最高検察庁に手紙を出すなど、さまざまな行動を起こしました。

 しかし、検察は、

「過去の判例を見ても、実刑になっている事件は死亡者が2人以上の事故がほとんど。裁判官の判断には問題がないので、控訴はしない」

 と説明し、判決は確定しました。

【速報】一般道で時速157キロ、6人死傷事故 控訴断念で少年の執行猶予が確定(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

■時速194キロ死亡事故は遺族の訴え受け「訴因変更」に

 大分市で発生した「一般道で時速194キロ死亡事故」が、「過失運転致死罪」から「危険運転致死罪」に訴因変更されたケースは、多数のメディアで報じられたこともあり、記憶に新しいのではないでしょうか。

時速194キロで走行の対向車に衝突され大破した被害者の車(遺族提供)

時速194キロで走行の対向車に衝突され大破した被害者の車(遺族提供)

 この事故については、2022年の夏、ご遺族から連絡をいただき、その後、経緯を追いながら繰り返し報じてきました。最初の記事が以下です。

一般道で時速194kmの死亡事故が「過失」ですか? 大分地検の判断に遺族のやり切れぬ思い(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 衝突時、加害者が時速194キロ出していたことを知った遺族は、

「法定速度60キロの一般道で、時速130キロ以上オーバーして死亡事故が起こっているのに、なぜ、『過失運転致死罪』なのか? 『危険運転致死罪』にはあたらないのですか?」

 と疑問をぶつけると、大分地検の検事はこう答えたそうです。

「被告は直線道路をまっすぐに走行しており、危険運転致死罪と認定し得る証拠がなかった。また、時速194キロで危険運転という判決にならなかったら、それが前例になるので最初から闘わない」

 この回答に納得できなかった遺族は、支援者の協力を得て「危険運転致死罪」への訴因変更を求める活動を開始。全国各地から集まった署名を大分地検に提出しました。
 そして昨年末、この申し立てが認められ、年明けからは裁判員裁判で公判が開かれることになりました。

【194キロ死亡事故】異例の訴因変更 弟亡くした姉が筆者に語ったこと(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 しかし、訴因が「危険運転致死罪」に変更されたからと言って、必ずしもその罪名で判決が下されるとは限りません。

 冒頭の動画で紹介した、大阪・アメリカ村の飲酒・逆走死亡事故のように、過去には「危険運転致死罪」に訴因変更されながら、結果的に「過失運転致死罪」で判決が下されたケースもあるのです。

 飲酒運転や逆走、信号無視、異常な高速度など、極めて危険な運転によって引き起こされる数々の事故。多くの被害者・遺族は、過去の判例を気にして及び腰になる検察官に失望しながらも、懸命に声を上げてきました。そして、本来は被害者の味方であるはずの検察と闘っている理不尽さに気づくのです。
 実際には、闘うことすらできずに終わっている被害者遺族が大半かもしれません。

「危険運転致死傷罪」の新設から20年以上経過した現在も、こうして個々の事件を見ていくと、この罪で起訴するか否かの判断が大きく揺れていることがわかります。そして、悪質な運転によって人生を変えられた多くの被害者・遺族が苦しんでいます。

 娘が亡くなった事故現場から、「危険運転致死傷罪の適切な運用を」と訴えるお母さんの切実なメッセージが多くの司法関係者に届くことを願いたいと思います。

<関連記事>

【速報】一般道で時速194kmは過失? 国会質疑で法務副大臣は何と答えたか(2022.10.31)

<危険運転の6つの構成要件>

*いずれもドライバーの意識次第で防げる行為です。絶対にやめましょう。

1)『酩酊危険運転』

 アルコールや薬物の影響で正常な運転が困難な状態で車を走行させる行為

2)『高速度危険運転』

 運転の制御ができないほどの速度で車を走行させる行為

3)『技能欠如危険運転』

 無免許など、技術がない状態で車を走行させる行為

4)『通行妨害目的危険運転』

 人や車の通行を妨害する目的で、幅寄せや割り込みなどを行い、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で車を運転する行為

5)『信号無視危険運転』

 赤信号などを、ことさら無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で車を運転する行為

6)『通行禁止道路危険運転』

 通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で車を運転する行為