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父の命を奪ったトラック運転手はなぜ「居眠り運転」の供述を覆したのか

蛇行運転で軽自動車に正面衝突、それでも「記憶にない」の主張に遺族も呆然

2023.2.20(月)

JBpress記事はこちら

父の命を奪ったトラック運転手はなぜ「居眠り運転」の供述を覆したのか

「事故直後、父はうめき声をあげていたそうです。しかし、車の損壊が激しく、救出には2時間近くかかりました。両足がちぎれ、骨盤が砕け、内臓が破裂し、もがき苦しみながら死に至りました。母は脳に極めて大きなダメージを負い、今も入院中です。事故にあった時の二人の絶望感をどのように表現すればよいのか、私では言葉にできません。さぞ無念であったと思います……」

 2023年1月24日、京都地裁には、口惜しさを切々と訴える一人の女性の姿がありました。

 埼玉県在住の星野亜季さん(35)。突然の交通事故で父を亡くした遺族として、そして、母が重傷を負った被害者の家族として被告人質問を行ったのです。

 この裁判で過失運転致死傷罪に問われているのは、大阪府交野市の運転手・岩瀬徹郎被告(42)です。

センターラインをオーバーしたトラックが軽自動車の正面から

 2022年9月21日午後1時半ごろ、岩瀬被告は京都府笠置町の国道163号線でトラック(準中型貨物自動車)を運転中、センターラインをオーバーして対向車線を逆走。正面から走行してきた亜季さんの父・山本隆雄さん(65)と母・倫代さん(65)が乗る軽自動車に衝突したのです。

トラックに正面衝突されて亡くなった山本隆雄さんと、脳挫傷を負い現在も入院中の倫代さん

トラックに正面衝突されて亡くなった山本隆雄さんと、脳挫傷を負い現在も入院中の倫代さん

 本件事故については、すでに以下の記事で報じた通りです。

(参考記事)父の足はちぎれ、母は脳挫傷… 遺族が語る「蛇行で逆走の末、正面衝突の加害者が初公判で主張したこと」(柳原三佳、Yahoo!ニュース個人、2023.1.20)

 以下の動画は、事故車のすぐ後ろを走っていたドライバーが撮影し、YouTubeにアップしているもので、レスキュー隊による救出がいかに困難を極めたかについて記録されています(亜季さんが動画制作者から転載許可を取られましたので、ここで紹介します。

*下記画面の「YouTubeで見る」をクリックするか、https://youtu.be/atPUEGKwEnsでご覧ください)。

事故直後の動画

法廷で流された事故の瞬間映像

 第2回公判のこの日、法廷では検察側の証拠として2つの音声入り動画が流されました。

 1本目は、被告の後続車に装着されていたドライブレコーダーの映像です。そこには、衝突前にふらふらと蛇行運転する被告人のトラックと、それを見たドライバーが危険を感じ、驚きの声を上げる様子がしっかり記録されていました。

 2本目は、被告車に装着されていたドライブレコーダーで、こちらには事故現場に至るまで、約10キロにわたってトラックが何度も蛇行し、十数回センターラインをはみ出す様子のほか、実際に対向車とぶつかりそうになる場面も映っていました。

 そして最後には、対向車線にはみ出し、前から走ってきた山本さん夫妻の軽自動車に、ノーブレーキでまっすぐに突っ込む場面も……。

事故により大破した山本さんの車(横から)

事故により大破した山本さんの車(横から)

事故により大破した山本さんの車(正面から)

事故により大破した山本さんの車(正面から)

 被害者参加人として、これらの映像を法廷で見た娘の亜季さんは語ります。

「トラックが激しい衝突音とともに、両親の車に衝突するその瞬間を見たときは、心臓が握りつぶされるような感覚になりました。今も、思い出すだけで息苦しくなります。でも、これを見て改めて、両親には全く落ち度のない事故であったことを確認できました。それだけに、裁判が始まって突然、自己保身の荒唐無稽な主張をはじめ、謝罪もまともにしない被告には失望と怒りを覚えました」

事故直後「眠たくて記憶がない」と述べていたのに……

 実は、岩瀬被告は事故直後の取り調べで、事故現場から約10km手前の道の駅を通過してから眠気を催していたことを認め、『この辺から眠たくて記憶がないです』と、詳細に供述していました。

 また、調書には『居眠り』に関連し、事故の9カ月前にも蛇行運転をし、一般の目撃者から会社にクレームが入っていたこと、その後も「何度か運転中に眠気を催すことがあった」といった記載もあったのです。

「それなのに被告は、ドライブレコーダーの映像を見た後に行われた検察官や裁判官の尋問に対し、『車線をはみ出した記憶はない』『居眠りはしていない』『事故の理由はわからない』『警察で言っていないことを調書に書かれた』などと、居眠り運転を全面的に否定してきました。こんな理不尽が通るのでしょうか」(亜季さん)

 本件で被害者参加弁護人を務めるベリーベスト法律事務所の伊藤雄亮弁護士もこう語ります。

「被告のトラックが蛇行を繰り返し、センターラインをオーバーして衝突したことはドライブレコーダーにもしっかり記録されており、争いのない事実です。被告本人もそれについては認めています。ところが、事故後、あれほど具体的に『居眠り運転』をしていたと供述していたのに、公判で突然、『記憶がないので分かりません』と主張してきました。たしかに、『居眠り』と『わき見』では罪の重さが異なってくる可能性がありますが、私自身弁護士の一人として、被告のこの争い方は理解できませんでした。これはあくまでも推測ですが、立証責任は検察側にあるので、被告はそこを狙っているのかもしれません」

 被告側の弁護士に、『記憶がない』と証言を変えた理由について質問しましたが、

「守秘義務の観点から、個別の質問にはお答えしかねます」

 という回答が返ってきました。

居眠り運転とわき見運転の違いとは?

 伊藤弁護士のコメントにもあるように、『居眠り』と『わき見』では、罪の重さが異なります。

 まず「居眠り」は「過労運転」とみなされ、法律上は、飲酒や薬物使用時の運転と同じく、大変危険な行為として位置付けられています(違反点数25点)。交通法66条には、「過労運転等の禁止」としてこう書かれています。

<何人も、前条第一項に規定する場合(酒気帯び運転)のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両を運転してはならない>

 一方、『わき見運転』は、安全運転義務の違反行為のひとつである「前方不注意」(違反点数は2点)です。

 道路交通法70条にはこう書かれています。

<車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない>

 しかし、今回のようなセンターラインオーバー事故の場合、その原因が、『居眠り』によるものか、それとも『わき見』だったのかを判定することは、非常に難しいのが現実です。

 この問題について、24年間追及を続けている医師の緒方節男さんは言います。

「たとえばアメリカでは、死亡事故のうち『不眠・疲労』が原因となって起こった事故が57%に上るという報告があります。一方、日本の場合、死亡事故における過労運転(居眠り含む)の割合は1%にも満たないのが現状です。この極端な差は、いったいどう考えればよいのでしょう。『過労運転』を判定する明確な基準はなく、立証も非常に難しいことから、日本では、『居眠り』が疑われる多くの事故が、結果的に『わき見』(安全運転義務違反)として軽く処理されているのではないかと思うのです」

約150m逆走。5台のバイクをなぎ倒して……

 実は緒方さんも、センターラインオーバーの車に我が子の命を奪われた遺族です。

 1999年7月31日、長野県木曽町の国道19号線をバイクでツーリング中だった息子の禎三さん(当時31)は、対向車線を越えて逆走してきたワンボックスカーに正面衝突され、木曽川に転落、首の骨を折って死亡しました。一緒に走っていた仲間3人も重傷を負いました。

1999年7月、事故で命を奪われた緒方禎三さんが乗っていたオートバイ

1999年7月、事故で命を奪われた緒方禎三さんが乗っていたオートバイ

 搬送先の病院に駆け付けたときの状況を、節男さんは振り返ります。

「レントゲン写真を確認すると、頸髄損傷のほかに、頭蓋底骨折と脳挫傷が認められ、一目見て即死の状態であったことがわかりました。遺体の状態もくまなく調べましたが、頭部のほか両手両足にも開放骨折を負っており、全身に大きなダメージを受けていることが分かりました」

 下記の図は、外科医である節男さんが、禎三さんの遺体の損傷をメモしたものです。

医師である緒方節男さんが描いた息子・禎三さんの遺体の損傷図

医師である緒方節男さんが描いた息子・禎三さんの遺体の損傷図

 禎三さんはこの年の3月に医学部を卒業し、5月には医師国家試験にも合格。麻酔科医として就職先の病院も決まっていたといいます。

 事故直後に撮影された現場の状況はあまりに凄惨でした。原形をとどめないほど大きく破損し、なぎ倒された5台のバイク。フロント部分を大破させ、対向車線上に停止しているワンボックスカー。唖然とした表情で路面に座り込む禎三さんの仲間たちも写っています。

緒方禎三さんが亡くなった事故の現場写真

緒方禎三さんが亡くなった事故の現場写真

緒方禎三さんが亡くなった事故の現場写真

緒方禎三さんが亡くなった事故の現場写真

「現場はほぼ直線に見通しの良い道路です。この道で、昼間に複数のバイクと車が連なって走っていれば、遠方からでもかなり目立つはずなのに、なぜそれに気づかず、150mも対向車線を走り続けたのか、不思議でなりませんでした」(節男さん)

 加害者の男(当時61)が徹夜でドライブをしていたという事実を節男さんが知ったのは、事故から数カ月後、裁判が始まってからのことでした。

「加害者は事故前日の朝5時に起床して終日仕事をし、その夜、レンタカーを借りて家族ら7名で出発。徹夜で車を走らせて乗鞍岳へ向かい、日の出を見て戻る途中、今回の事故を起こしていました。約32時間、まともな睡眠を取らずに行動していたのです。それを知ったとき、私は居眠り運転が原因ではないかと思いました」

 しかし、裁判官は「居眠り」を認めず事故の原因を「わき見」とし、禁固2年執行猶予5年の判決を下しました。

「わき見」と「居眠り」の危険性の違い

 判決文にはこう記されていました。

『被告人の一方的過失による事案とはいえ、その過失内容はわき見という前方不注意であり、酒気帯びや高速度走行等の反規範的な態様によるものではないこと(中略)これら諸事情を総合すると、本件においては被告人を実刑に処すべきであるとまで断ずることはできない』(名古屋地方裁判所岡崎支部・岩井隆義裁判官)

 節男さんは語ります。

「量刑にももちろん不満はありますが、事故原因を『わき見運転』のみに限定されたことに対しては疑問を感じざるを得ませんでした。仮にわき見だとして、対向してくる6台ものバイクと1台の車を見落とし、150mも対向車線を走行し続けられるでしょうか……。居眠りは一時的に意識を失っているのと同じです。過労運転は、飲酒運転と同様、いや、それ以上に、非常に危険な状況を生む可能性があります。その危険性を、国はもっと国民に正しく伝え、再発防止策につなげていくことが重要ではないでしょうか」

『居眠り』か、それとも『わき見』か……。

 筆者のもとには、今も同様の疑問を抱く交通事故の被害者遺族から、多数の事案が寄せられています。いずれも、逆走や追突など被害者にとっては不可避の事故で、その上ノーブレーキで衝突されるため、重大な結果となるケースが大半です。

 岩瀬被告の第3回公判(結審)は3月8日午後4時から京都地裁で開かれ、情状証人が法廷に立つ予定です。

 事故直後の供述の変遷がどこまで認められるのか、注目したいと思います。