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【夫婦死傷事故】10分間蛇行の末、対向車に激突。被告の供述一刀両断した判決の中身とは

2023.5.30(火)

Yahooニュース記事はこちら

【夫婦死傷事故】10分間蛇行の末、対向車に激突。被告の供述一刀両断した判決の中身とは

 4月19日、京都地裁において「京都・居眠り正面衝突死傷事故」の判決が下されました。その内容は速報として以下の記事で報じたとおりです。

<【判決速報!】父の足はちぎれ、母は脳挫傷… 居眠りで蛇行続け正面衝突の被告に禁錮2年8ヵ月の実刑- 個人 - Yahoo!ニュース>

 その後、被告側からの控訴はなく、禁錮2年8月の実刑判決は確定しました(検察側の求刑は禁錮4年)。

 被害者夫妻の長女である星野亜季さん(35)は語ります。

「すでに被告は刑務所に収監されているようですが、父の命を奪い、母に重度の脳障害を負わせ、さらに刑事裁判の法廷で『(刑事的に)過失はない……』と主張し続けた被告です。実刑とはいえ、あまりに軽い刑だと思わざるを得ません」

この事故で死亡した山本隆雄さんと重傷を負った妻の倫代さん。仕事をリタイヤし二人で旅行を楽しんでいた(遺族提供)

この事故で死亡した山本隆雄さんと重傷を負った妻の倫代さん。仕事をリタイヤし二人で旅行を楽しんでいた(遺族提供)

■刑事裁判では一転「居眠り」否定。供述を180度変えてきた被告

 本件事故の詳細については、下記の記事で報じました。

<父の足はちぎれ、母は脳挫傷… 遺族が語る「蛇行で逆走の末、正面衝突の加害者が初公判で主張したこと」- 個人 - Yahoo!ニュース>

 事故は、2022年9月21日午後1時半ごろ、京都府笠置町の国道163号で発生しました。
 大阪府交野市倉治の運転手・岩瀬徹郎被告(当時41)のトラックが、センターラインを大幅にオーバーし、亜季さんの父・山本隆雄さん(65)と、母・倫代さん(65)が乗る軽自動車に正面衝突したのです。

 以下の写真は、大破した山本さんの車です。車体の前部が原形をとどめないほど激しく損傷しているのがわかります。

逆走してきた秘匿のトラックに正面衝突され大破した山本さんの車(遺族提供)

逆走してきた秘匿のトラックに正面衝突され大破した山本さんの車(遺族提供)

 事故直後の取り調べで岩瀬被告は、「この辺から眠たくて記憶がない」「眠気を催していたことは分かっていた」「やばい運転をした」など、居眠り運転をしていた事実についてはっきり供述していました。にもかかわらず、刑事裁判が始まると、「眠気を催した記憶はない」と当時の供述を180度変えてきたのです。
 そして、弁護人は岩瀬被告の供述をもとに次のように主張し、執行猶予を求めました。

「そもそも、眠気を催した認識がなく、運転中止義務に直面していないから、中止義務違反は認められず、公訴事実記載の過失はない」

 しかし、京都地裁の増田啓祐裁判官は、こうした被告側の主張を完全に退け、実刑判決を下したのです。

 交通事故の加害者が、事故の直後、保身のためにとっさに?をつくことはよくあります。しかし、本件のように、起訴された後に「記憶にない」と供述を変え、「検察官の指摘するような過失はない」と主張するケースはそう多くはありません。裁判官はどのような事実認定を行い、被告の刑罰を判断したのでしょうか。

 判決公判から1か月余り経って、ようやく遺族のもとに判決文が届きました。主要な部分を抜粋し、その内容を見ていきたいと思います。

■裁判官は居眠りと認定。「運転を中止すべきだった」と厳しく指摘

 まず、事故の状況について、裁判官はドライブレコーダーの映像をもとに、被告のトラックが右へ左へとふらつきながら、蛇行運転を繰り返していた事実を認定しました。

 被告人車両及びその後続車両のドライブレコーダーの映像によれば、本件当日午後1時27分頃から31分頃までの間、笠置トンネル内道路までの間のおおむね片側1車線の道路を進行中の被告人車両がしばしば中央線に寄り、特に、30分頃には対向車両が進行してきているのに中央線に寄り、また、上記トンネル内では中央線に寄るだけでなくトンネル側壁がある道路左側にも寄っていることが認められ、後続車両の運転者が述べるとおり、被告人車両はふらつきながら走行していたものと認められる。

 裁判官は、こうした危険な運転をした原因は『眠気』だったとして、以下のように断じました。

 このような走行をしていた理由としては、被告人が眠気を催し、前方注視が困難な状態になりながら運転していたことが考えられ、かつ、他にそのような走行をしていた理由は現実的には考えられない。

眠気を催して上記の状態になった場合に運転中止義務が発生することは明らかであり、かつ、上記区間ないしその後本件事故現場に至るまでの間、道路が拡幅されるなどして被告人車両を停車させ得る場所は数カ所存在し、運転を中止することは可能であったと認められる。

 そして、運転を中止しなかったことが、結果的に事故につながったとして、以下のように指摘しています。

 被告人は、判示の通り、眠気を催し、前方注視が困難な状態になっており、被告人自身もこれを認識していたこと、直ちに運転を中止すべき自動車運転上の注意義務が生じ、これに直面しながらも、直ちに運転を中止せず、上記状態のまま運転を継続して、本件事故を引き起こしたことが認められ、判示の過失が認められる。

 判決文の最後にはこう書かれていました。

 被告人は、単に本件事故に至るまでの状況について記憶がないと述べるだけでなく、前記の通りドライブレコーダーの映像等から当時被告人が眠気を催していたことは明らかであるのに、これを前提としても本件過失責任を認めないかのような供述ないし主張もしており、被告人が述べる反省の言葉や被害者側宛の手紙に記した謝罪等が真摯な内容等に基づくものか疑問があるが、その点を考慮するまでもなく被告人は上記の通り実刑を免れない。

 判決文を読み上げた後、裁判官は岩瀬被告に対してこう説諭しました。

「刑事裁判が終わり、刑に服しても、それで終わりとは思わないように。被害者には終わりがないことを忘れず反省してほしい。被害者の娘さんからの意見陳述でもあったように、自分の発言で遺族がどのような気持ちになったのか、考えるべきである」

 亜季さんは振り返ります。

「岩瀬被告は説諭を聞きながら、時折うなずいていました。閉廷後は顔を覆って泣いていましたが、私たち被害者遺族には一言の謝罪どころか、頭を下げることすらありませんでした。でも、傍聴されていた方に聞いたのですが、自分の妻には『ごめんな……』と謝っていたそうです」

 刑事裁判で被害者参加代理人を務めたベリーベスト法律事務所の伊藤雄亮弁護士は、今回の判決についてこう語ります。

「被告人は公判を通じて居眠り運転の事実を争ったものの、裁判所は全面的に居眠り運転を認定しており、当然の判決だと考えています。求刑よりも短い刑期となった点については複雑な思いもありますが、被告人による供述の不合理性について鋭く指摘されており、ご遺族の心情をしっかり汲み取っていただけたと理解しています。判決文では、被告人が眠気を催した段階で『直ちに運転を中止すべき自動車運転上の注意義務』が生じていたと、明確に認定されました。このことは、車を運転する全ての方々にぜひ覚えていただきたいと思います。今回のような悲惨な事故を起こさないよう、『運転に集中できない時は、きちんと休憩をとる』ことが、(法律上も)「当たり前」のことであると、改めて認識していただきたいと思います」

正面から激突された山本さんの車。運転席が押しつぶされている(遺族提供)

正面から激突された山本さんの車。運転席が押しつぶされている(遺族提供)

■加害者と被害者を取り違え? 遺族が絶句した損保の書面

 刑事裁判はようやく終結しました。ところがその矢先、亜季さんは、被告側が加入している任意保険会社の対応に大きなショックを受けたと言います。

「相手側の三井住友海上から送られてきた書類を見たとき、一瞬、目を疑いました。私の母である山本倫代に『加害行為をした』当事者として、『山本徹郎』という名が書かれており、この書面に同意の署名をするよう指示されていたのです。加害者の名は『岩瀬徹郎』です。なぜ名字が被害者側の『山本』になっているのか? 殺した側と、殺された側の名前を結合され、まるで父が、母に対する加害者のように扱われて……。それを見たときは、気持ちがどん底に落とされ、おぞましすぎて嘔吐してしまいました。」(亜季さん)

 死亡事故を起こした加害者と亡くなった被害者の姓を書き間違えるという、およそありえないミスをした三井住友海上・奈良保険金お支払センターの担当者は、5月28日、埼玉の亜季さんの自宅に2人して訪れ、平身低頭、謝罪したと言います。

 ところがその場でも、信じられない言葉が飛び出したというのです。

「謝罪に来た担当者は、私に『お母様を亡くされて……』と言うのです。思わず、『母は存命ですが』と返すことしかできませんでした。母はこの事故で脳挫傷を負い、一時は意識不明の重体でしたが、懸命の治療によって何とか命をつなぎ、現在に至っています。それを『亡くされて』とは……。謝罪に来るくらいなら、せめて事故の概要くらい調べないのでしょうか。そもそも、彼らはこの事故の担当者のはずです。もう、怒る気力も失せてしまいました」

 電話の向こうの亜季さんの声は、とても疲れた様子でした。

 突然の事故から8か月が過ぎました。刑事裁判の判決は確定し、加害者は服役していますが、損害賠償の手続きはこれから始まります。  保険会社にとっては無数にある交通事故案件のひとつにすぎないのかもしれません。しかし、被害者遺族にとっては、かけがえのない人を失い、人生を狂わせた一大事であるということを忘れず、1件1件、丁寧に取り組んでいただきたいと思います。