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「スマホを触っていない」と言えば執行猶予に…21歳女子大生の遺族に検察官が放った"信じられない一言"

2024.4.8(月)

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2023年、スマホの「ながら運転」による死亡・重傷事故件数が122件となり、過去最多を更新した。なぜ「ながら運転」はなくならないのか。ジャーナリストの柳原三佳さんは「2019年に厳罰化されたが抑止力になっていない。交通事故の現場では警察や検察の捜査が不十分で、単なる『わき見』(前方不注意)と扱われることがあり、実際の数はもっと多いのではないか」という――。

車にはねられ脳死状態になった21歳の女子大生

「私どもは、交通事故により大切な娘を亡くした遺族です。先日、法務大臣宛てに要望書を送付しました。2019年、ながら運転は厳罰化されましたが、実際に事故が起こったとき、捜査する側の警察や検察が、必要な捜査をしていないケースが見受けられるからです」

そう語るのは、福島県いわき市の坂本勝さん(58)、喜美江さん(62)夫妻です。

滋賀大学3年生だった坂本さんの長女・瞳さん(当時21)が事故に遭ったのは、今から4年前、2020年3月8日でした。

母・喜美江さんは、その夜のことを振り返ります。

「22時頃だったでしょうか、瞳から『留学先はカナダに決めた』という報告のメールが届いたんです。前年のお盆に帰省したとき、大学を休学して語学留学したいと言っていたので、私たちは、ようやく行き先が決まったのだとうれしく思いながら床に就きました。警察署から突然の電話がかかってきたのは、その数時間後です。瞳が車にはねられ、病院に救急搬送されたという知らせでした」

しばらくして、今度は搬送先の彦根市立病院から電話がかかってきました。電話の向こうの担当医は、坂本さん夫妻にこう告げたと言います。

「お嬢さんは脳死状態です。助かる見込みは、ありません」

いったい、何が起こっているのか……。あまりに突然、絶望的な言葉を突き付けられた坂本さん夫妻は、現実を受け入れられず、一睡もできないまま、始発の常磐線特急に乗り込み福島の自宅から滋賀県の病院へと向かいました。

なぜ加害者は「ブレーキを踏んだが、間に合わなかった」と供述

本件を報じた読売新聞(2020年3月10日朝刊、車にはねられ重体=滋賀)によると、事故は8日午後11時20分ごろ、滋賀県彦根市本町の県道で発生。自宅近くの横断歩道を渡っていた瞳さんが乗用車にはねられ、頭などを強く打って意識不明の重体になりました。

彦根署は乗用車を運転していた男性会社員(43)を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで現行犯逮捕しました。この会社員は「気づいてブレーキを踏んだが、間に合わなかった」などと話していると報じられていました。

現場は、信号機のない片側1車線の直線道路です。見通しはよく、しかも、歩行者が守られるはずの横断歩道上です。なぜこんなことが……。

病院に到着した翌日、警察から事故の詳細を説明された父親の勝さんは、思わず怒りがこみ上げたと言います。

「警察によれば、加害者の車(トヨタ・エスティマ)は、瞳に衝突する直前、制限時速40キロの県道を約30キロオーバーして走行していたそうです。しかも、現場は見通しのよい直線道路。普通に前を向いていれば、渡ろうとしている歩行者がいることはわかるはずです。いったい加害者はどこを見ていたのか、どうしても納得できませんでした」

夜になるとライトアップされる彦根城を見ながら、堀端の歩道をウォーキングするのが好きだったという瞳さん。事故発生から4日後の3月12日、両親の懸命の祈りもむなしく、一度も目を開けることなく、息を引き取りました。21歳でした。

検察官の一言に遺族は耳を疑った

事故から半年後、加害者の男は「過失運転致死」の罪で起訴されました。起訴状には、以下のように記されていました。

『被告人は(中略)速度を調整せず、考え事にふけって、前方左右を注視することなく、同横断歩道を横断する歩行者の有無及びその安全確認不十分のまま漫然時速約70キロメートルで進行した過失により(中略)横断歩行中の坂本瞳を前方約23.1メートルの地点に初めて認め、急制動及び右転把の措置を講じたが間に合わず、同人に自車左前部を衝突させて路上に転倒させ、よって同人に急性硬膜下血腫の傷害を負わせ、(中略)死亡させたものである』

これを見た坂本さん夫妻は、ある疑問を抱いたといいます。

「事故直後の加害者の供述調書には、『決して居眠り運転はしておらず、左手は肘掛けに掛け、ハンドルは右手で片手で持ちながら運転をしていました』と書かれていました。つまり、自ら片手運転を認めているのです。起訴状には『考え事にふけって』と書かれていますが、ひょっとすると、『ながら運転』の可能性もあるのではないか? そう思ったのです」

そこで、坂本さん夫妻は念のため、大津地検彦根支部に「加害者は、ながらスマホなどではなかったのですか?」と質問しました。

すると、検察官は、

「加害者本人が、スマホは操作していないと言ったので、操作履歴等の捜査や確認はしていません」

そう答えたというのです。

「思わず耳を疑いました。たしかに加害者の調書には、『スマホはコンソールボックスの上に置いており、触ったり、操作等は絶対にしていません』という供述が記載されていました。しかし、前方不注視で被害者死亡という重大事故を起こしているのです。加害者本人が、触っていないと言えば、なんの裏付け捜査もせずにそれを鵜呑みにしていいのでしょうか」(勝さん)

私と娘のスマホは中身を見られたのに…

喜美江さんも憤りを隠せません。

「実は事故から2カ月後、私は警察で、私と娘のスマホの中身を見られたんです。事故当日の夜、娘からメールが届いたという話をしたら、確認したいと言われて。死亡した被害者のスマホは調べておきながら、加害者のスマホの履歴は調べもしないなんて、いったいどういうことでしょうか」

坂本さんが依頼していた被害者支援代理人の弁護士も、検察に対して「スマホの操作履歴を捜査すべき」と申し入れました。しかし、「スマホの使用履歴は半年で消えるので、もう無理だ」という答えが返ってきたそうです。

そして2021年3月、加害者に下された判決は、禁錮3年執行猶予5年。検察の求刑は禁錮3年6月でした。

何のための厳罰化なのか

「ながらスマホ」か否かで刑の重さは大きく変わります。例えば、名古屋地裁は先月、スマートフォンのゲームをしながら乗用車を運転し、自転車の男性をはねて死亡させたとして、自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪に問われた元県立高校教諭に、禁錮2年4月(求刑禁錮3年6月)の判決を言い渡しました。

また、2018年、関越自動車道でワゴン車が前方のバイクに追突し、バイクの女性が死亡した事故では、加害者の男性が自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪で懲役3年の実刑判決を受けています。この加害者は時速100キロで走行中、スマホのLINEアプリで漫画を読んでいる様子が自車のドライブレコーダーに映り込んでいました。

筆者はこれまで、運転手の「ながらスマホ」が引き起こした交通事故の被害者・遺族を数多く取材してきました。裁判では「悪質さ」があると認定され、実刑判決が出されるケースが多く見られます。その一方で、警察が事故の性質や量刑に関わる重要なポイントである「スマホの中身」を調べなかったケースが全国各地で起きていることも取材する中で実感しています。

あのような見通しのいい直線道路で、しかも横断歩道を渡っている瞳さんに、加害者は気づけなかったのか。なぜ警察と検察は、加害者のスマホの中身を調べることもせず、加害者の言い分をそのまま採用したのか――。納得できなかった坂本さん夫妻は、2023年夏、警察庁、検察庁に宛てて、なぜ、スマホの履歴を確認しなかったのかなど、初動捜査に関する質問状を送りました。

しかし、検察からは形式的な電話での返答があったのみ。警察庁からは「捜査担当は滋賀県警である」と、たらいまわしでした。喜美江さんは言います。

「2023年12月、彦根警察の担当者に質問したところ、ながら運転の捜査に関しては明確な捜査規定がないので捜査していない、証拠保全も規定なしと言われました。では、実際に交通事故が発生した際、ながら運転についてはいったいどのように立件していくのでしょうか。ながら運転厳罰化と言いながら、加害者の供述だけを鵜呑みするのは言語道断です。あらゆる方向から捜査することが基本であり、捜査の鉄則ではないのでしょうか。私たちはそのことを法務省に要望したのです」

スマホ「ながら運転」死亡、重傷事故は過去最多に

最近、横断歩道上で歩行者が犠牲になるという、あってはならない事故の報道が目立ちます。警視庁資料「歩行者の交通人身事故発生状況(令和5年中)」によると、歩行者の事故は3年連続で増加し、横断歩道の横断中の事故は1758件(前年比191件増)となっています。

本来ならドライバーが最も緊張し、歩行者が守られるべき場所で、なぜこのような悲惨な出来事が相次いでいるのか。その理由のひとつとして、「ながら運転」が影響している恐れがあるのではないでしょうか。

警察庁のWebサイトによると、令和5年中(2023年1月~12月)の携帯電話・スマートフォンの使用による死亡事故は25件、全死亡事故の1.24%となっています。重傷事故件数は97件で、いずれも令和3年(2021年)以降、増加傾向にあり、携帯電話・スマホ使用なしと比較すると死亡事故率が3.8倍に増加しています。

スマホなどの「ながら運転」はどれほど危険なのでしょうか。それはブレーキを踏むわずかな遅れが、重大な事故を起こしてしまう危険性があるからです。

また、同サイトによると、運転者は2秒以上視線をそらすと、危険を感じるそうです。時速60キロで走行した場合、車は2秒間で約33.3メートル進みます。その間に、歩行者が道路を横断しようとしていたり、前の車が急に停止したりしたら、前方の危険に気づかず、大事故を起こしてしまう危険性があるのです。

厳罰化しても捜査をしなければ意味がない

国は「ながら運転」の危険性を重く見て、2019年12月から、道路交通法を改正してまで厳罰化を行いました。携帯電話での通話だけでなく、カーナビやテレビの操作、携帯でのゲーム、SNS、漫画を読むといった行為も罰則の対象です。

運転中に携帯電話やスマホで通話や画面を注視する違反「携帯電話使用等(保持)」は「6カ月以下の懲役又は10万円以下の罰金」に。携帯電話の使用により事故を起こすなど交通の危険を生じさせる違反「携帯電話使用等(交通の危険)」は、「1年以下の懲役又は30万円以下の罰金」が課されることになりました。

警察庁資料によると、昨年は448万件の取り締まりが行われています。日々の取り締まりはもちろん重要ですが、「ながら運転」を厳罰化したのであれば、重大事故が起こったときこそ、その視点に立った捜査が不可欠ではないでしょうか。

先述した検察官の対応は、何のための厳罰化なのかと考えざるを得ません。被害者や遺族の声に寄り添わず、加害者の一方的な供述を鵜呑みにした不十分かつ不誠実な捜査を肯定する検察の姿勢は極めて問題だと言わざるを得ません。

「瞳の死が、尊い命を守るために少しでも役立ってほしい」

法務省は2024年2月、「自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会」をスタートさせました。この検討会では、「ながら運転」を含め、危険運転のあり方について議論が予定されているとのこと。

しかし、捜査の現場では捜査すら十分にされていない現状があります。仮に危険運転になっても、現場が今まで通りでは更なる厳罰化の意味はなくなってしまいます。

坂本さん夫妻は、今回、法務大臣に送付した「要望書」が議論のたたき台になり、前方不注視の事故発生時、携帯電話やスマホの押収、通信履歴等の捜査が確実に実施されるよう願っているといいます。

「21歳と10カ月……、この先、叶えたい夢がまだまだたくさんあったはずなのに、これまでの努力、希望、未来、すべてが奪われてしまいました。でも、瞳は、人一倍責任感の強い人間でした。今、考えると、自らの死をもって、交通事故捜査の原点を考える機会を作ったのかもしれません。瞳の死が、これからの交通事故抑止につながり、尊い命を守るために少しでも役立ってほしいと願っています」