「居眠り運転」の車に正面衝突され、全身麻痺となった妻。初孫を二度と抱けぬまま逝った哀しみと苦悩…
2024.5.6(月)
4月27日から始まったゴールデンウィーク。平日をはさんで連続10日間となった大型連休もついに最終日を迎えました。今日から明日の未明にかけて、帰省先や旅行先から、車で帰宅するという予定の方も多いのではないでしょうか。
この時期は、普段あまり運転しない、いわゆる「サンデードライバー」が増加します。また、免許取り立ての若者たちが初めてハンドルを握り、慣れない場所まで遠出をするケースも多いようです。さらにレジャーなどを楽しんだ後の、長距離、長時間運転は、自分でも気づかぬうちに「過労運転」につながりますので、十分な注意が必要です。
■特に注意したい「居眠り運転」
先週、以下の記事を発信しました。
<大型連休、悲惨な交通事故で家族を悲しませないために… チェックしておきたい「ご当地サイト」 - エキスパート - Yahoo!ニュース>
この中でも紹介したのですが、大阪府警は『ゴールデンウィーク中の交通事故防止』と題して、「居眠り運転」の危険について以下のように呼びかけています。
<旅行などで、慣れない道路を運転することは、想像以上に疲れます>
●眠くなる前に仮眠をとるようにしましょう
●疲れているときや体調が悪いときは、運転を控えたり、体調を整えてから運転しましょう
「居眠り運転」は意識を喪失しているのと同じ状態で、これほど危険な運転はありません。そのリスクが高まる連休最終日は、特に気をつける必要があるでしょう。
大阪府警のサイトより
■居眠り運転が引き起こした重大事故
つい数日前出版された、一冊の本を紹介したいと思います。タイトルは『巻子 妻と過ごした最期の2920日』(若葉文庫)。著者は、現在87歳、アメリカ在住の松尾幸郎さんです。
松尾さんの妻・巻子さんは62歳のとき、富山市内でセンターラインをオーバーして対向車線に突っ込んできた居眠り運転の車に正面衝突され、脳挫傷、外傷性くも膜下出血、上位頚髄損傷、下位脳幹損傷、環軸椎亜脱臼、両下腿多発骨折、下顎骨骨折の重傷を負いました。
なんとか一命をとりとめたものの、全身まひの重度後遺障害を負い、以降、話すことも食べることも、寝返りを打つこともできなくなってしまったのです。
事故発生直後の状況(松尾氏提供)
事故が起こったのは、2006年7月1日、午後8時10分頃のことでした。
居眠り運転をした加害者は、当時19歳。わずか1カ月半前に普通免許を取得したばかりの少年でした。
巻子さんが乗っていた赤い車は、フロントフェンダーとボンネットが運転席側に大きくめり込むかたちで変形し、フロントガラスも粉々に。少年が乗っていた車も同じく、フロント周りが大破していました。
駆け付けた救急隊によれば、巻子さんは内側にめり込んだダッシュボードとシートの間に身体を挟まれた上、ドアが変形して開かなかったため、救出にはかなりの時間がかかったそうです。
居眠り運転の車に正面衝突され、大破した巻子さんの車(松尾氏提供)
■僕が居眠りさえしなければ……
少年は事故後、警察の調べに対してこう供述していたそうです。
今回の事故は、僕が居眠り運転をしたことが原因で起こりました。
僕が居眠りさえしなければ、僕の車は対向車線にはみ出すこともなく、今回のような事故は起こらなかったのです。
居眠り運転によるセンターラインオーバー……。自車線を、ただまっすぐに走っていただけの巻子さんにとっては、まさに不可抗力の事故でした。
その年の夏、松尾さん夫妻には待望の初孫が誕生したばかりでした。
冒頭にも写真を載せましたが、これは生まれたばかりの赤ちゃんを膝にのせ、優しく微笑む巻子さんの姿を写したものです。
2006年6月、待ちに待った初孫誕生の知らせを受け、長女夫婦の住むアメリカのミズーリ州へ駆けつけた松尾さん夫妻(松尾氏提供)
松尾さんは語ります。
「私たち夫婦はこのとき、まさに幸せの絶頂におりました。生まれたばかりの孫を抱いて、あんなに嬉しそうな顔をしていた巻子……。それがわずか2週間後、一瞬の事故によってすべて崩されてしまったのです」
巻子さんはその後、一度も自らの手で孫を抱くことができませんでした。
気管切開をしていたため言葉を発することも、食事をすることもできないままの闘病生活が続いた。松尾さんは 妻の傍らに8年間寄り添った(撮影/横浜大輔)
それから約8年間、巻子さんは一度も外出することができず、病院のベッドの上でねたきりのまま、壮絶な闘病生活を続けました。
そして、2014年5月22日午前7時24分、富山県内の病院にて永眠されたのです。
享年70でした。
過労による居眠り運転は、被害者にとっては不可抗力の悲惨な事故につながります。一瞬の気の緩みによる事故が、どれほど過酷な被害をもたらすか。そして、何の過失もない人々の人生を狂わせるのか……。
ハンドルを握る方々には、ぜひこの事故のこと、そして、松尾さんご夫妻が体験した過酷な日々の現実を知っていただき、過労運転は決してしないでいただきたいと思います。
元気なころの松尾巻子さん。アメリカでの暮らしが長かったが、和服を愛し、俳句をたしなんだ(松尾氏提供)