【6人死傷の玉突き事故】遺族慟哭、「高熱のまま大型トラックで首都高をフラフラ走行」が危険運転じゃないなんて…
2025.5.1(木)
2024年5月、首都高速の美女木ジャンクションで発生したトラックと乗用車計7台が絡む玉突き衝突事故。大型トラックに追突された複数の車が炎上し、6名が死傷。通行止めは24時間以上におよんだ。加害者のトラック運転手は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)で起訴され、裁判はこれから始まる予定だが、遺族らは、「過失」ではなく、より罪の重い「危険運転致死傷罪」で裁かれるべきだ」と訴えている。あの日から間もなく1年、ノンフィクション作家の柳原三佳氏が本件事故で夫を亡くした女性に今の思いを聞いた。
遺体は真っ黒に炭化、顔を見て最後のお別れが出来ないという現実
「事故から2週間後、DNA鑑定でようやく身元が判明した主人は、真っ黒に炭化し、目も鼻もありませんでした。警察と葬儀屋さんには何度も止められましたが、それでも、どうしても会いたくて……。私は、『辛かったね、迎えに来たよ』そう言って、主人の頬を両手で包み込みました。真っ黒になったその手で、涙を拭った私の頬もまた、真っ黒になりました」
4月9日、東京都内で開かれた記者会見の席でそう語ったのは、1年前の5月、首都高速・美女木ジャンクションで発生した追突炎上事故で、夫の杉平裕紀さん(42)を亡くした妻の智里さんです。
2025年4月9日、都内で開かれた遺族による記者会見。前列右から3人目が杉平智里さん。前列左端が杉平さんの遺族に犯罪被害者支援をおこなう高橋正人弁護士(写真は一部加工しています)
この日、長女と、亡くなった夫・裕紀さんの母親、そして妹と共に会見に出席した智里さんは、涙を拭いながら語りました。
「高3の息子と中3の娘にとって、主人は唯一無二の大切な父親でした。本当に仲の良い家族でした。亡くなった人の顔が見られない、最後の姿に会ってお別れができないというのは本当に悲惨で、私はいまだに現実を受け入れることができないのです。納骨はしましたが、私は主人のお墓に行くことができません。毎日主人のいないリビングの空間に話しかけていますが、返答はありません」
杉平さんが運転していたハイエース。運転席は跡形もなく焼け落ちていた(遺族提供)
トラックと側壁の間で押しつぶされ、炎上した杉平さんが乗っていたハイエース(遺族提供)
「うっかり」で起きた事故ではないのは明白
なぜ、何の落ち度もない人たちが、一瞬にして命を奪われなければならなかったのか。智里さんはその原因について考え、この日の会見でこう訴えました。
「私自身、素人なりにいろいろ調べました。警察や検察からはさまざまな事実を伺い、公訴事実なども読みました。そのうえで『なぜこれが『過失』なのかという疑問を抱かざるをえませんでした。
『過失』というのは、『うっかり』のことです。でも、これは絶対にうっかりで起こった事故ではないです。
刑事裁判の前ということもあり、現時点ですべてを公にすることはできないのですが、被告は正常な運転に支障を生じる恐れがあることをわかっていながらハンドルを握りました。これは故意であり、過失ではありません。どうか危険運転致死傷罪に訴因変更していただけるよう、お願いいたします」
被告が自身のFacebookにアップしていたトラックの写真
事故は2024年5月14日午前7時35分ごろ、首都高5号池袋線下りの美女木ジャンクション(JCT)付近で発生しました。ふらつきながら走行していた大型トラックが、渋滞の列にノーブレーキで追突。トラック3台と乗用車3台を巻き込む玉突き多重事故となり、乗用車に乗っていた3人が死亡したのです。
【朝日新聞/2024.5.14の動画ニュース】首都高5号池袋線の下り線で複数の死傷者 トラックと乗用車計7台が絡む事故
この事故は「過失」ではない、危険運転致死傷罪で起訴を
大型トラックを運転していたのは、札幌市に本社のある運送会社「マルハリ」に勤める降籏(ふりはた)紗京被告(当時28)でした。発生から7カ月後、過失運転致死傷罪で起訴。『公訴事実』には以下のような内容が列挙されていました。一部要約して抜粋します。
<公訴事実の内容>
●被告人は、令和6年5月14日午前4時11分頃、神奈川県厚木市にあった勤務先駐車場から埼玉県入間郡内まで、大型貨物自動車を運転しての貨物配送業務を行うため、自動車専用道路を走行しての長時間にわたる運転が予定されていた。しかし、数日前から発熱して意識が清明でないなどの体調不良があり、運転中に認知・運転操作が遅れるなどすることを認識していた
●自動車の運転を差し控えたり、仮に運転を開始するのであれば、正常な運転に支障が生じるおそれを感じた際には直ちに運転を中止したりするなどの注意義務があるのに、被告はこれを怠って、事故を起こすことはないと安易に考え、運転を開始した
●被告は同日午前7時6分頃から24分頃までの間、東京都品川区内から板橋区に至るまでの首都高速を進行中、自車をふらつかせ、その際、特殊加工された車道外側線を左側の車輪で何度も踏みながら走行。その際、車線逸脱を知らせる警告音や喚起振動を認識し、正常な運転に支障が生じるおそれがあることを認識していたにもかかわらず、すぐに運転を中止せず、漫然と運転を継続した
●7時36分頃、被告は美女木ジャンクション方面に向かって時速約75~80キロメートルで進行中、前方で渋滞のため停止中のF(当時54)運転の普通乗用車に自車を激突させ、その衝撃によってF車をその前方に押し出ながら進行し、さらにその前方で停止中のK(当時58)運転の普通乗用車及び杉平裕紀(当時42)運転の普通貨物自動車に順次衝突させ、3台の車両を炎上させた
妻の智里さんのもとに返還された亡き夫の所持品。プラチナのエンゲージリングは握られた左手の中から見つかったという
事故後、こうした事実を知った智里さんは、会見時に語り切れなかった思いをこう語ります。
「被告は2日前から38度の発熱があったそうです。数百メートル手前から眠気を感じて意識障害を起こしていたようで、何度も左側の車輪で外側線を踏んでいました。公訴事実にもあるように、あの白線の上を通るとタイヤが振動し、結構大きな警告音が鳴るのですが、それを繰り返し聞いていながら運転を続けたのです。
そもそも、28歳にもなる大人が、ましてや大きなトラックを操るプロドライバーが、自分の自己管理もできず運転をしたことが問題ですが、途中で正常な運転に支障を生じるおそれがあると気づけば、路肩に停めるなり、パーキングで少し休憩するなりすべきだったのではないでしょうか」
料理好きだった杉平さんが、事故当日、家族のために作り置きしていた夕食用のハンバーグ。智里さんと子どもたちは、事故の映像が映し出されるテレビのニュースを見ながら、最後になるかもしれない父の料理を泣きながら飲み込んだ(遺族提供)
「感情論だけで『犯人に重罰を』と訴えているわけじゃない」
ちなみに、「危険運転致死傷」の条文、第三条の2項には、
〈2 自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。〉
とあります。智里さんは、『被告の行為は、検察官も指摘するように、この条文に極めて近く、本件事故は起こるべくして起こったのではないか』そう考えているといいます。
「大型車を操るプロドライバーさんの大半は、安全対策をきちんとしてくださっている優良な方々だと思っています。それだけに、今回事故を起こした被告はもちろん、雇用していた運送会社のあまりにもずさんな管理体制は許されません。危険運転で起訴できないかどうか、検察による十分な検討が足りないように私には感じます。もう少し、色々な角度から検討すれば、危険運転致死傷罪で起訴することも可能だったのではないでしょうか。
私は決して、感情論だけで、主人を殺した犯人が憎い、重罰を、と訴えているわけではありません。こうした悲惨な事故をなくし、加害者にも被害者にもならない世の中にしていくためにも、今、流れを変えなければいけない。軽い罪の前例を残したくはありません。ここで危険運転致死傷罪になるからこそ、運送会社へのこれからの法改正にもつなげていけると思うのです。
この1年間、私たち遺族がどれだけつらい思いをしてきたか……。裁判はこれから始まりますが、私は今後も国民の理解が得られる裁判になるよう声を上げ続けていきますので、どうぞ見守ってください。 よろしくお願いいたします」
会見が行われた4月9日、警視庁交通捜査課は、出発前の点呼も行わず体調不良の運転手を業務に就かせとして、運送会社「マルハリ」の元社長(48)を業務上過失致死傷容疑で書類送検しました。
すでに起訴されている降籏被告の初公判は、5月中に開かれる予定ですが、「危険運転致死傷罪」への訴因変更を求める遺族らの訴えは届くのか、注目したいと思います。
子どもたちが撮影した夫婦の写真。裕紀さんのお気に入りで携帯電話の待ち受け画面に使われていたという(遺族提供)