GW中に各地で相次いだ飲酒運転による暴走事故、酩酊運転者の厳罰は当然、では「同乗者」の罪は?
2025.5.10(土)
GW中、酒気帯び運転による暴走事件が相次いだ。横須賀の信号無視による多重衝突の映像に恐怖を覚えた人も多いだろう。運転者が「危険運転」で厳罰に処せられるのは当然だが、飲酒運転と知りながら助手席に乗った同乗者の罪はどうなるのか? ノンフィクション作家の柳原三佳氏が、全国で初めて同乗者が「危険運転致死傷幇助(ほうじょ)罪」に問われ、実刑となった「埼玉熊谷9人死傷事件」を、遺族と共に振り返る。
横須賀中央駅前で起こった酒気帯び運転による多重事故、直後に現場を立ち去った同乗者
まずはこの映像を見てください。5月5日の朝、神奈川県横須賀市で発生した乗用車による暴走多重衝突の瞬間です。
(外部リンク)【横須賀“暴走”】逮捕の男、市内で飲酒後に運転か(日テレNEWS 2025.5.7)
白いベンツが、赤信号にもかかわらず速度を上げながら横断歩道に突っ込んでいきます。次の瞬間、対向車に衝突したかと思うと、今度は前方のバスに激突。横断歩道を渡っていた歩行者は、まさにぎりぎりのタイミングで衝突を逃れましたが、一歩遅ければ大変な事態となっていました。
結果的にこのベンツは8台の車に衝突し、8人のけが人が出たそうです。映像には、歩道を歩く複数の歩行者の姿も見えます。死者が出なかったのは、まさに奇跡と言えるでしょう。
逮捕されたのは、大阪市の野中雅仁容疑者(31)。警察の調べによると、酒気帯び運転の基準値(0.15mg/L)の約3倍のアルコールが検出されたそうです。映像からは正常なハンドル操作ができていないことが見て取れます。
一方、本件でもうひとつ注目を集めたのは、同乗者の動向です。映像には衝突直後、助手席のドアを開け、一人の男が降りてくる様子が映っています。足を引きずりながら少し歩いた男はいったん歩道にしゃがみ込みますが、その後、いつの間にか姿を消したというのです。
この男が警察に出頭してきたのは、翌日の午後10時頃。報道によれば、横浜市に住む20代の男性で、「衝突した衝撃でパニックになった」と話していたそうです。
飲酒運転、しかも、赤信号無視で複数の車に次々と衝突し、他者に傷害を負わせる……、こうした行為が「危険運転致傷罪」として厳しく罰せられるのは当然です。
では、運転者の飲酒を認識しながら、その車の助手席に乗っていた者は、いったいどのような罪になるのか? ネット上では、同乗者の罪や責任についても数多くの疑問の声が上っていました。
実は、飲酒運転で人を死傷させた場合、同乗者も「危険運転致死傷幇助」という重い罪に問われることがあります。
私がかつて取材した、9人死傷の「危険運転致死傷罪」事件を振り返りながら、同乗者の刑事責任について考えたいと思います。
被害者の車両は大破
2008年2月17日、午後7時25分頃、埼玉県熊谷市でこの事件は発生しました。制限速度40km/hの緩やかなカーブを描く道路で、加害車両がセンターラインを越え、対向してきた2台の車に正面衝突。そのうち1台の被害車両に乗っていた小沢義政さん(当時56)と妻・雅江さん(当時56)が死亡。運転していた息子の恵司さん(当時22)と双子の妹・恵生さん(当時22)が重傷を負ったのです。
加害車は、100km/h以上の速度を出していたとみられ、小沢さんの家族が乗っていた車は、原型をとどめないほど大きく破損していました。
被害者・小沢義正さん一家が乗っていた車(遺族提供)
加害者の男A(当時35)は、この日、ゴルフ仲間らとともに約6時間にわたって酒を飲み、車のハンドルを握りました。血液からは1mLあたり2.2mgという高濃度のアルコールが検出されています。
「危険運転致死傷罪」で起訴されたAは、2009年12月、懲役16年の実刑判決が確定しました。また、Aに酒を提供した店主も、「酒類提供罪」で全国初の有罪判決(懲役2年執行猶予5年)を受けています。
加害者が運転していた車(遺族提供)
一方、同乗者のB(当時48)とC(当時46)は、当初、道路交通法の「飲酒運転同乗罪」で書類送検されたものの、立件が難しいとのことで見送られていました。
しかし、本件で両親を一瞬にして失い、弟と妹が重い障害を負うことになった長男の小沢克則さんと妻の樹里さん夫妻は、運転者と酒の提供者だけが罰せられたことにどうしても納得できませんでした。
というのも、Aの刑事裁判で、以下のようなことが明らかになっていたからです。
キャバクラに入店断られるほどの泥酔のままドライブ、運転手に高速運転促した同乗者
この日、3人は一緒に飲酒した後、Aの親分的存在である同僚の飲食店手伝いBと、無職Cとともに、キャバクラを訪れました。しかし、彼らが泥酔していたため、「他の客に迷惑がかかる」という理由で入店を拒否され、彼らは仕方なく、2軒目のキャバクラが開くまでの時間をつぶすためドライブをすることになったのです。
BとCはこのとき、Aが酒に酔い、千鳥足でろれつが回らないような状況であるのを認識しながら運転することを要求し、「この車、どのくらいスピード出るの?」などと言って、高速度での走行を煽り続けていました。小沢さんの家族が正面衝突に巻き込まれたのは、そのわずか30分後でした。
『本件はAだけが引き起こしたのではなく、同乗者のBもCと同罪としか考えられない』
飲酒運転、そして暴走に至るまでの経緯を知った小沢さん夫妻は、その悪質さに憤りを覚え、自らアクションを起こすことを決めます。
まず、協力弁護士をさがして「危険運転致死傷罪の共同正犯」で告訴、告発しました。それを受けた検察は、「前例がない」と言いつつ、1年以上検討を重ね、結果的に「危険運転致死傷幇助」の罪名でBとCの起訴を決めたのです。
そして、2011年2月14日、さいたま地裁で判決が下されました。田村真裁判長は、「B、Cの両被告は、Aが多量の飲酒で正常な運転が困難だと認識しながら乗用車に同乗。飲酒運転を了解し、黙認した。飲酒運転を制止する義務がありながら黙認したことで、この犯行が容易になった」と指摘し、両被告に懲役2年の実刑判決を言い渡しました。
この判決を不服とした被告らは、控訴、上告を重ねますが、2013年4月15日、最高裁第3小法廷(寺田逸郎裁判長)は、両被告の上告を棄却。全国初となる「危険運転致死傷幇助罪」を認め、同乗者に対しての実刑判決が確定したのです。
このとき、事件発生からすでに5年以上の歳月が経過していました。
同乗者にも重い責任がある
小沢さん夫妻は2012年7月、交通事故遺族らと共に「一般社団法人 関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」を立ち上げ、交通犯罪遺族という立場から、交通安全と命の大切さを伝える活動を続けてきました。
同会の代表理事を務める妻の樹里さんは、交通犯罪遺族の立場で綴る自身のブログ〈家族の光の中へ〉で、今回、横須賀で起こった飲酒運転による多重衝突に触れ、同乗者の責任についてこう記しています。
〈5月6日、NHKで報じられたひき逃げ事件のニュースを見て、2008年に私たち家族が被害に遭った交通事故の記憶がよみがえりました。このようなケースでは、運転手には危険運転致傷罪と救護義務違反(いわゆる“ひき逃げ”)が問われる可能性がありますが、私が注目したのは「同乗者の責任」です。
実は、日本では「危険運転致死傷罪」の成立そのものが難しいとされており、さらにその“幇助犯”(手助けをした者)がしっかりと裁かれる例は、今でも少ないのが現実です。2008年、私の家族が被害に遭った事故でも、同乗者がいたにもかかわらず「危険運転幇助」としての責任追及には高いハードルがありました。
止められたはずの事故を止めなかった同乗者、酒を出した側、周囲の環境すべてが一体となって、社会は加害者・被害者のどちらにもなりえます。
今回の事件で、もし同乗者が運転を止めなかったのであれば、その行為は見逃されてはいけないと思います。法律にのっとり、同乗者にも「危険運転幇助罪」が適用されることを強く願います。同時に、こうした実例が積み重なっていくことで、私たちの社会が本当の意味で飲酒運転を許さない空気になっていくことも期待しています。
命を守るのは、運転手だけではありません。飲酒運転をなくすためにも、このような交通事件がしっかりと実例として残ることを願っています〉
飲酒運転の罰則等(警視庁HPより)
ハンドルを握らないのだから同乗者に責任はない、そう思っているのなら大きな間違いです。もし、運転者が酒を飲んでいることを認識したなら、全力で運転行為を阻止し、絶対にその車には乗らないでください。
そして万一、飲酒運転の被害に遭い、その車に同乗者がいた場合は、小沢さん夫妻のように、同乗者の刑事責任をしっかりと追及することが重要です。