21歳になったばかりの愛娘を下敷きにした横転トレーラーは雨の中、摩耗しきったタイヤで速度超過の悪質運転だった
2025.5.19(月)
「娘の有里紗は、その年の4月に、目標だった栄養士としての仕事をスタートさせ、毎日生き生きとしていました。亡くなる8日前には21歳の誕生日を迎えたばかりで、まさにこれから、というときでした。それなのになぜ、この場所で突然命を奪われなければならなかったのか、私たちは今もこの現実を受け入れることができません……」
星伸一さん(57)、ひろみさん(58)夫妻は、茨城県常総市の国道294号線山田北交差点の脇に佇み、事故現場の交差点を見つめます。
事故現場そばの歩道に花を供える星伸一さん、ひろみさん夫妻(筆者撮影)
手つかずのままになったバースデーケーキ
事故は今から2年前、2023年5月19日午後4時55分に発生しました。この日は、アスファルトに水たまりができるほどの土砂降りでした。
「ちょうど、あの矢印のペイントのあたりでした。下妻方面に走行中の大型トレーラーが、センターラインオーバーをして対向車に衝突し、その衝撃で進行方向とは逆に180度向きを変えて左側に横転。積み荷のコンテナがたまたまそこを走っていた娘の軽乗用車を押しつぶしたのです。
愛娘・有里紗さんが亡くなった現場で手を合わせる星伸一さん、ひろみさん夫妻(筆者撮影)
警察から連絡を受けてすぐに病院に駆け付けたのですが、私たち家族が到着したとき、有里紗はすでに冷たくなっていました」
事故直後の現場に臨場した撮影者がXに投稿した写真
以下の写真は、有里紗さんが運転していた車です。
有里紗さんが乗っていた車。事故の衝撃の大きさを思い知らされる
横転したトレーラーに押しつぶされた有里紗さんの車
その瞬間、いったいどれほどの衝撃を受けたのでしょうか。原形をとどめないほど大きく破損した車体を見ると、大型車両の破壊力の大きさを改めて痛感させられます。
自車線を直進していただけの有里紗さんには何の落ち度もない、そして、避けようにも避けられない、一瞬の悲劇でした。
伸一さんは語ります。
「事故の前日は妻の誕生日だったので、ケーキを買っていたのですが、たまたま有里紗は用があったので、19日の夜に一緒に食べようと思っていました。それなのに、有里紗は家にたどり着くことができなかったのです……」
事故前日、母ひろみさんの誕生祝いのために買ったバースデーケーキ。本当なら事故のあった日に家族で一緒に食べるはずだった
成人式からわずか4カ月後に亡くなった有里紗さん
危険な「ジャックナイフ現象」を起こした大型トレーラー
以下は、本件事故を報じる『読売新聞』(2023年5月21日)の記事です。
●3衝突 2人死傷=茨城
19日午後4時55分頃、常総市水海道山田町の国道294号で、対向車線にはみ出した大型トレーラーが、前から来た乗用車と軽乗用車に次々と衝突し、横転した。この事故で、軽乗用車を運転していた同市豊岡町乙、栄養士星有里紗さん(21)が搬送先の病院で死亡。乗用車のつくばみらい市の男性会社員(61)もすねの骨を折るなどの重傷を負った。
常総署は、大型トレーラーを運転していた小美玉市川戸のトラック運転手、田名見良太容疑者(34)を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷)容疑で現行犯逮捕。容疑を過失運転致死傷に切り替えて調べている。
発生から約4カ月後、警察はトレーラーを運転していた男を自動車運転死傷行為処罰法違反(危険運転致死傷)容疑などで書類送検しました。また、トレーラーの管理者で運送会社役員の男(59)も、適切な整備を怠ったなどとして、業務上過失致死傷などの容疑で書類送検されています。
それにしても、これだけ大きな車体の大型トレーラーが、いったいどうやって進行方向を180度変え、横転したのでしょうか。
その理由は、トレーラーという車両の独特の構造にあります。
トレーラーとは、「トラクター(トレーラーヘッドともいう)」と呼ばれる運転席のある牽引車部分と、「トレーラー」という被牽引車(荷台)の部分を連結し、一体化させた車両の名称です。車軸の数にもよりますが、最大積載量は20トン前後で、コンテナを積んでいるときにはトレーラー部分の重量がとても重くなるため、運転には極めて高い技術と慎重さが求められます。
トレーラーの走行で、もっとも危険なのが「ジャックナイフ現象」です。ジャックナイフとはご存じのとおり、折り畳みのできる小型ナイフのことです。
トレーラーとトラクターは鋼鉄製の1本のピンだけで繋がっているため、トラクターは、時計の針のようにピンを中心に左右に90度以上曲がるよう設計されています。つまり、高速で走行中、カーブで急ブレーキや急ハンドルを切ると、そのまま直進しようとする後ろのトレーラー(荷台)部分がトラクター部分をくの字に曲げながら押し出してしまう、まさにジャックナイフのような現象が起きやすく、一瞬で操縦不能に陥ってしまうのです。
今回の大事故は、まさにこの「ジャックナイフ現象」によるものでした。
ラーメン好きの伸一さんにいつも同行し、一緒に食べ歩きを楽しんでいたという有里紗さん。お父さんと大の仲良しだった
駆動輪は4本とも摩耗タイヤ、偽装工作で車検すり抜け
実は、事故を起こした大型トレーラーのトラクター部分は、駆動のかかるタイヤ4本が、4本とも全く山がないほどすり減っていたといいます。
父親の伸一さんは怒りを込めてこう語ります。
「この運送会社は、車検時には山のある別のタイヤに履き替え、合格した後は再び元のタイヤに履き替えるという悪質な偽装工作をおこなっていたことがわかっています。
それだけではありません、制限速度60キロの道で緩やかな上り勾配のカーブにもかかわらず、アクセルを踏み、20キロオーバーの時速80キロで走行し、車線を逸脱していたのです。
事故当日はかなり強い雨が降っていました。そんな中、つるつるに摩耗したタイヤで大型トレーラーを速度超過で運転すれば、駆動輪がスリップし、大事故につながる危険性があることは誰にでも分かるはずです。本件は、単なる事故ではありません、起こるべくして起こり、その結果、娘の命は奪われたのだと私たちは思っています」
トレーラー業界の関係者に話を聞いたところ、確かに大型車のタイヤは高価で、本数も多く、維持費を圧迫するようです。実際に、コンテナを積載していないときは必要のないタイヤをリフトアップする「リフトアクスル」という機能を使って、タイヤの摩耗や高速料金を抑えるために工夫しているといいます。
しかし、車検時のみ山のあるタイヤに付け替えるといった行為は論外で、安全運行に対する意識があまりに低すぎるとのこと。本件では、すでに管理者が業務上過失致死傷などの容疑で書類送検されていますが、会社の責任こそ厳しく追及されるべきだという怒りの声が多く聞かれました。
押しつぶされた車から見つかった「金麦」の秘密
2025年5月19日、あの日から2年の歳月が流れました。
母親のひろみさんは、ずっと大切にしているという青いビール缶を見せてくださいました。
「実は、有里紗が乗っていた事故車の中から、この『金麦』のビール缶が6本見つかったんです。事故のとき車と一緒に押しつぶされ、中身が流れ出てしまっているものもありました。
どうしてこんなものが載ってるんだろう? そう思っていたら、車内からレシートが見つかり、事故が起きる20分ほど前に有里紗が近くの店で6本入りを買っていたことが分かったんです。それを見た主人が、こう言いました。『1日遅れだけど、きっと、ママの誕生日に、ママが好きな金麦をプレゼントしようと思ってたんだね』って」
ひろみさんは涙を浮かべながら、こう続けます。
「これさえ買わなければ、有里紗は事故に巻き込まれなかったかもしれない。私へのプレゼントなんてよかったのに、無事に帰ってきてくれさえすれば、それでよかったのに……」
今もひろみさんが大切に保管している、中身の抜けた金麦の缶。有里紗さんがひろみさんのために買ったものだったという(筆者撮影)
加害者は危険運転致死傷罪で送検されているものの、2年経った今もまだ、同罪で起訴されていません。水戸地検は、一般論と前置きしたうえで「危険運転致死傷から過失運転致死傷になる場合はある」とコメントしており、遺族はいいようのない不安の中にいます。
父親の伸一さんは訴えます。
「今年3月末には、法制審議会の部会で危険運転致死罪の見直し議論が始まるのを前に、『高速暴走・危険運転被害者の会』の方々と共に法務省に要望書を提出してきました。
検察には本件の悪質性をしっかりと見極めた上、何としても、『過失』ではなく、より罪の重い危険運転致死傷罪で起訴していただきたい。そして、我々家族があの日からどんな思いで過ごしているのかを知っていただき、同じような苦しみを味わう被害者、遺族をこれ以上生み出さないようにしてほしいと思います」
末っ子の有里紗さんは、いつも家族の中心的存在。姉、兄とは年が離れていたため、とても可愛がられていたという(筆者撮影)