ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイトHP

ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルHP

母は異常な『盲目運転』で命奪われた【富山・はしご酒逆走事故】遺族が独自の積雪実験で”危険運転”を確信

2025.6.22(土)

Yahooニュースはこちら

母は異常な『盲目運転』で命奪われた【富山・はしご酒逆走事故】遺族が独自の積雪実験で”危険運転”を確信

■前がほとんど見えない車で、なぜ運転を……

 まずは下の写真をご覧ください。乗用車のフロントガラスの約半分が、雪で覆われています。

加害者と同型車を使って、遺族が事故当時の状況を再現実験した際の写真(遺族提供)

加害者と同型車を使って、遺族が事故当時の状況を再現実験した際の写真(遺族提供)

「この状態で、車の運転ができますか?」

 そう問われたら、おそらくほとんどの人が、「ノー!」と答えるでしょう。これでは前方がほとんど見えず、怖くてとても発進できないはずです。

 ところが、1年3か月前、冬の富山で信じられないことが起こっていました。

 雪で前方の視界が遮られているにもかかわらず、除雪をせずに発進。その直後に横断歩道で歩行者をはねて死亡させるという事故が発生したのです。それだけではありません、加害者は酒気帯び運転でした。

 この事故で母親の井野真寿美さん(62)を亡くした長女・広瀬すみれさん(32)は、語ります。

「母は、青信号の横断歩道を渡っていただけです。それなのに、どうしてあれほどひどく傷つけられ、腹部裂傷で命を奪われなければならなかったのか……、私は事故直後からずっと違和感を抱き続けてきました。実は、加害者はフロントガラスに雪が積もっていることを認識しながら、前がよく見えないけれど大丈夫だろうと思い、車を発進させたそうです。そして、横断歩道を歩いていた母と知人の姿だけでなく、人に衝突したこと自体、全く気づかなかったとも聞いています」

 上の写真は、事故時の加害者の視界を確認するため、すみれさんら遺族が弁護士や専門家とともにおこなった、同型車での再現実験のひとコマだったのです。

 それにしても、この状態で本当に運転などできるものでしょうか。これでは、横断歩道を渡っている歩行者の姿が見えないのも当然です。

 視界が確保できないまま車を運転することは、「安全運転義務違反」にあたり、極めて危険な行為です。いや、それ以前に、加害者はこの状態で運転することが「危険である」という判断すらできないほど酒に酔っていた、ということなのでしょうか。

横断歩道で加害車にひかれ亡くなった井野真寿美さん(左)。事故の10日後には、孫娘へのおみやげを携えて、海外に住む長女のすみれさん(右)に会いに行くことを楽しみにしていたという(遺族提供)

横断歩道で加害車にひかれ亡くなった井野真寿美さん(左)。事故の10日後には、孫娘へのおみやげを携えて、海外に住む長女のすみれさん(右)に会いに行くことを楽しみにしていたという(遺族提供)

■飲酒してハンドルを握った加害者が憎い

 本件については、事故から9か月後の昨年12月、以下の記事でレポートしました。

車の下から振り絞った母の最後の言葉… 遺族が訴える「はしご酒で逆走の飲酒死亡事故は『過失』ですか?」(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース

 事故は、2024年3月21日、午前1時20分頃、富山市総曲輪一丁目の交差点で発生しました。

 この夜、車で繁華街へ出向いた山﨑満大容疑者(当時42)は、現場交差点に隣接する駐車場に車を停めると、まず向かいのビルのスナックに入りました。その後、すぐ近くの居酒屋に場所を移して酒を飲み、酔っていることを認識しながらハンドルを握り、駐車場から一方通行を逆走するかたちで出庫します。そして、大通りを左折した直後、青信号で横断歩道を歩いていた真寿美さんをはねたのです。

コインパーキングの出口にある『左折禁止』のペイントは夜でもはっきり見える。しかし、加害者はこの表示を無視。一方通行を逆走するかたちで左折し、間もなく死亡事故を起こした(筆者撮影)

コインパーキングの出口にある『左折禁止』のペイントは夜でもはっきり見える。しかし、加害者はこの表示を無視。一方通行を逆走するかたちで左折し、間もなく死亡事故を起こした(筆者撮影)

 すみれさんは、今もそのときの真寿美さんの苦しみを思うと、辛くてたまらないといいます。

「加害者の車は母にぶつかったあと、前輪で身体をひいてそのままをひきずり、さらに後輪でも乗り上げています。通常であれば、何かにぶつかればブレーキを踏むのではないでしょうか。私は実際の事故は見ていません。しかし、1年3カ月たった今も、その瞬間を目の当たりにしたかのように、フラッシュバックに苦しんでいます。加害者は数々の悪質な行為を重ねています。これが、『過失=不注意』で処理されることがあってよいのでしょうか。とにかく、飲酒してハンドルを握った加害者が憎い。それだけです」

■まさに『盲目運転』、バック走行より危険で異常

 事故発生から1年3カ月、加害者はまだ起訴されていません。すみれさんと兄の中田康介さん(36)は、6月23日(月)、富山地検にあらためて意見書と署名簿を提出し、より罪の重い「危険運転致死罪」での起訴を求める予定です。

 被害者支援代理人である高橋正人弁護士は、この日のために38ページにも及ぶ意見書を作成し、本件が「危険運転致死罪」にあたる理由について、過去の判例を挙げながら、その法解釈について詳細にまとめたといいます。

 高橋弁護士は語ります。

「本件で特に重視すべきは、フロントガラスの半分から下が雪で覆われた状態で被害者に衝突したという事実です。これは雪国に多く見られる現象で、降雪が止むとフロントガラスに積もっていた雪が次第に下がり、下半分だけが残存してしまうというものです。実際に同型車を使って実験したところ、横断歩道の直前まで接近しても、横断者を視認することは極めて困難でした」

 そして、書面ではこの危険な行為を、あえて『盲目運転』と表記し、危険運転致死罪で起訴するよう意見したそうです。前方に対する視界が欠けた状態での運転は、バックで運転するよりも危険で、正常な状態の運転者がする走行ではない『異常な運転』だと言えるからです。

同型車での検証時に車内から撮影した写真。フロントガラスに積もった雪で前方の視界が遮られている様子がわかる(遺族提供)

同型車での検証時に車内から撮影した写真。フロントガラスに積もった雪で前方の視界が遮られている様子がわかる(遺族提供)

■「危険運転致死罪」での起訴求め、地検に意見書提出

 さらに、高橋弁護士はもう一点、見逃してはならないことがあるといいます。それは、「加害者は左折した後、対面の信号が赤であることを認識していた」という事実です。フロントガラスの下部は雪に覆われていましたが、上部の視界は確保されていたので、赤信号は見えていたはずです。

 意見書では、これら『盲目運転』の危険性を強調し、危険運転致死罪が成立することは明らかであると結論づけたのです。

 亡くなった真寿美さんの長男・康介さんは今の思いをこう語ります。

「私たちはこれまで、延べ5万筆の署名を集め、検察庁に提出してきました。これは、国民の皆様が『危険運転致死罪』の適用に賛同してくださっている結果だと思っています。検察には私たち遺族の想い、そして共感して下さる皆様の声を真摯に汲み取り、厳格な調査、適正なご判断をいただきたいと切に望みます。それが今後、富山県、ひいては全国民が安心して暮らせる礎になると考えております」

 飲酒、逆走、前方視界が確保できない盲目運転、そして、赤信号無視の末に引き起こされた痛ましい死亡事故……。なぜ、苦しみの中にいる遺族が、真冬の事故現場で再現実験まで行い、真実究明に取り組まなければならないのか、疑問を感じざるを得ませんが、検察庁は今回の申し入れにどう応えるのでしょうか。

 6月23日は、富山地検への申し入れを行った後、富山県民会館で記者会見が開かれる予定です。

真寿美さんが孫娘のために手作りしたぬいぐるみやおもちゃ(遺族提供)

真寿美さんが孫娘のために手作りしたぬいぐるみやおもちゃ(遺族提供)

<関連記事>

【富山・はしご酒逆走死亡事故】最愛の母奪われた兄妹の訴えに全国から賛同の声 週末は富山で街頭署名も(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース