母を轢き殺した男は雪で前面が覆われた車で一通逆走、信号無視、飲酒運転…これを「過失致死」で済ませられるか
2025.6.27(金)
フロントガラスが雪で覆われたまま発進
「今回のキーワードは、『盲目運転』です」
6月23日、富山市内で行われた交通事故遺族による記者会見は、この一言から始まりました。被害者支援代理人をつとめる高橋正人弁護士がそのとき示したのは、以下の写真でした。
事故当時の車の状況を遺族が同型車で再現実験した際の写真。加害者はこのような状況で除雪しないまま発進した(遺族提供)
車内から見た前方視界の状況(遺族提供)
「これは昨年12月、検察官からの説明に基づいて、加害者がどういう状況で運転したかを実験したものです。ちょうど我々が富山の事故現場を訪れたとき雪が降っていたので、フロントガラスに雪を積もらせ、事故当時の状況を再現しました。実際はもうちょっと薄い感じだったようですが、下半分は雪で覆われていました。加害者はまさにこうした状態で運転を始めたのです」
車を運転する人なら、前方の視界が確保できない車を動かすことの恐ろしさをご存じでしょう。実験時の写真とはいえ、その様子を見ると、今回、あえて「盲目運転」という言葉が使われた理由がよくわかります。
スナックと居酒屋で飲酒した後にハンドルを
事故は、2024年3月21日、午前1時20分頃、富山市総曲輪一丁目の交差点で発生しました。
この夜、山﨑満大容疑者(当時42)は、現場近くのスナックと居酒屋をはしごし、基準値以上のアルコールを摂取していました。にもかかわらず、自らハンドルを握り、フロントガラスの雪を払おうともせず、車で発進。そして、コインパーキングから出庫する際、一方通行を無視して左折、続けざまに目の前の交差点を左折しようとしたところ、青信号で横断歩道を渡っていたピアノ講師の井野真寿美さん(62)をはねたのです。
下の写真を見てもわかる通り、パーキングの出口には逆走への注意を促すため、大きな文字で『左折禁止』とペイントされていました。
加害者が車を停めていたコインパーキングの出口。目の前の道は一方通行のため「左折禁止」と大書されているが、加害者は左折・逆走して事故を起こした(筆者撮影)
事故現場となった富山市内の横断歩道。夜でも明るく、見通しもよい(筆者撮影)
そして、1年3カ月経った今年6月23日、遺族は弁護士と共に富山地検へ出向いて検察官と面談し、『本件は過失などではなく、より罪の重い危険運転致死罪で起訴すべきだ』という趣旨の意見書と、遺族らの嘆願書、これまでに集めた署名(5万2074筆)を提出したのです。
なぜ母が…
亡くなった井野さんの長女・広瀬すみれさん(32)は、記者会見で声を震わせながら訴えました。
「救急搬送された後、私はLINE電話越しに母の痛ましい姿を見ております。母の顔はすごく腫れていて、目はテープで閉じられており、全身がいろいろなチューブにつながれていました。もちろん喋れません。そのときのことは、1年3カ月経った今も、鮮明に覚えています。本当に見るに耐えない姿でした」
真寿美さんは複数の内臓が破裂し、肝臓には亀裂が入っていました。腎臓と脾臓については緊急の摘出手術を受けましたが、あらゆる臓器から出血が止まらず12時間後に息を引き取りました。死因は多発性外傷でした。
「どうしてあんなひどい状態になったんだろう……、私はあのときから、ずっと疑問を抱き続けていたのですが、事故の全容が明らかになるにつれ、加害者がいかに悪質で危険な運転をしていたかを知ることになり、ショックを受けました。母は、危険な行為の積み重ねに巻き込まれ亡くなったのです」
すみれさんの兄で、長男の中田康介さん(36)も、会見場に集まった記者たちにこう訴えました。
「私たちは、最愛の母をアルコールの影響による危険な運転で奪われました。たくさんの生徒さんや仲間の皆さんに愛され、可愛く、エネルギッシュだった母が、なぜこれほど無残な死に方をしなければならないのか、まったく理解ができません。今回の件は、到底、『過失』ですまされるはずはないと思っています」
本件事故で亡くなったピアノ講師の井野真寿美さん。多くの生徒たちに慕われていた(遺族提供)
過失運転致死傷罪か危険運転致死傷罪か、量刑に大きな差
飲酒運転や赤信号無視などの危険な行為によって大切な人を奪われた被害者、遺族らの訴えによって、2001年に新設された「危険運転致死傷罪」。その後もたびたび検討が重ねられ、何度も法律が改定されてきた歴史があります。
2007年には、過失による事故でも妥当な刑罰を科することができるよう、刑法を一部改正し、「自動車運転過失致死傷罪」が追加。
2014年には、以下のような危険な運転に見合った処罰ができるよう「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(自動車運転死傷処罰法)が新しく施行されました。
①アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
②その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
③その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
④人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
⑤赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
⑥通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
さらに2020年7月には、近年問題になっている「あおり運転」にも対応できるよう「危険運転致死傷罪」で処罰される以下の行為が2つ付け加えられました。
①車の通行を妨害する目的で、走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為
②高速自動車国道又は自動車専用道路において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止又は徐行をさせる行為
現在「過失運転致死傷罪」は最長で懲役7年、「危険運転致死傷罪」は最長で懲役20年となり、その量刑には大きな差がついています。
しかし、実際には上記のような危険行為が認められても、「危険運転致死傷罪」での起訴が見送られる、もしくは、なかなか起訴に至らないというケースが多く、被害者遺族は落胆し、苦しめられています。最近では、被害者遺族が声を上げ、検察や世論に訴えることで、再捜査を捜査機関に要請し、補充捜査を踏まえて過失運転致死罪から危険運転致死罪に訴因変更されるケースも注目されているのが現状です。
そこで、2025年3月からは、どの程度の飲酒や速度が危険運転にあたるか、適用条件を明確にするため、法務大臣の諮問機関である法制審議会で、アルコール濃度や速度の数値基準を設けるか否かを含めた検討が進められています。
加害者の運転がいかに悪質かを示す意見書を遺族が検察に提出
こうした動きの中、今回、遺族が富山地検に提出した全38ページの意見書では、飲酒の影響や逆走の事実の他、積雪による盲目運転や赤信号無視の危険性についても指摘し、
『「正常な状態にある運転者では通常考え難い異常な状態で自車を走行させていた」と言え、「道路交通状況等に応じ運転操作を行うことが困難な心身の状態」であり、「アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態」であった』
として、危険運転致死罪の適用要件に当てはまると結論づけています。遺族がおこなった積雪実験と視界等に関する鑑定結果は、7月にも追加で提出の予定だということです。
会見の最後に、長男の中田康介さんは、集まった記者たちにこう訴えました。
「この1年3カ月、私たちは母の無念を晴らすために闘ってきました。母は、どれだけ生きたかったことでしょう。今後こういったことが起こらないよう、そして、皆さんが安心して暮らせるよう、富山地検には意見書の内容を精査し、私たちの思いを汲みとって前向きに検討していただき、危険運転致死罪で起訴されることを期待するばかりです」
飲酒、逆走、盲目運転、赤信号無視の末に起こった死亡事故は、「過失」なのか、それとも「危険運転」なのか……、富山地検の判断に注目したいと思います。