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【動画あり】1歳の我が子殺した加害者、自動運転を過信し走行中に靴履き替え、これが「過失運転」にしかならぬとは

2025.7.30(水)

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【動画あり】1歳の我が子殺した加害者、自動運転を過信し走行中に靴履き替え、これが「過失運転」にしかならぬとは

 2024年9月21日、高知県の高知東部自動車道下り線で中央線を突破した乗用車が、4人家族の乗る対向車に正面衝突。この事故で1歳の男の子が死亡、両親が重傷を負った。

 加害者の男(当時60)は自車の運転支援システム機能を妄信して走行中に靴を履き替えていた疑いがあり、両親は「極めて悪質な、究極の“ながら運転”だ」と訴えている。事故から10カ月が過ぎ、厳罰を求める署名活動を始めた両親が、現在の思いをノンフィクション作家の柳原三佳氏に語った。

加害者からの謝罪は未だなし

「こうちゃんがいなくなってから、10カ月が過ぎました。楽しそうに水遊びしていた姿、ベビーカーに乗る後ろ姿、音楽が流れると踊る姿……、目を閉じると、今もあのかわいい姿が浮かびます。でも、それらはもう二度と更新されません。『きっと、こんなふうに成長していたかな……』と、想像することも難しくなってきました。ただただ、こうちゃんの成長を、家族皆で見守りたかったです」

 そう語るのは、大阪府の神農彩乃(かみのあやの)さん(38)です。

 神農さんは昨年9月、自動車専用道路で起こった正面衝突事故で、1歳1カ月の長男・煌瑛(こうえい)ちゃんを亡くしました。しかし、時間はあの日から止まったままです。刑事裁判はまだ開かれておらず、2025年7月30日現在、加害者は起訴されていません。また、重傷を負って長期入院していた彩乃さん自身、退院した後も加害者本人からの謝罪は一度も受けていないといいます。

「8月2日は、こうちゃんの2歳のお誕生日なんです。私たちはその日に合わせて高知へ行き、署名活動をする予定です。この事故の理不尽さを多くの方に知っていただき、自己中心的でありえない運転をした加害者に厳罰を処すことで、この先、私たちのように苦しむ被害者遺族が一人でも減ることにつながればと思っています」

事故で幼い命を奪われた煌瑛ちゃん(遺族提供)

事故で幼い命を奪われた煌瑛ちゃん(遺族提供)

「はみ出し」ではなく「突撃」のよう

 事故は、2024年9月21日午後0時50分頃、高知東部自動車道の下り車線で発生しました。助手席でこの事故に遭遇し、自身も首や背中の骨折、内蔵損傷などの重傷を負った彩乃さんは、衝突直前の様子をこう表現します。

「“はみ出して来た”ではなく、“突撃して来た”と表現しても間違いではないほどの急ハンドルでした」

 その瞬間、いったいなにが起こったのか……。

 言葉で説明するよりも、神農さんの車に装着されていたドライブレコーダーの映像を見ていただければ一目瞭然でしょう。

事故瞬間の映像

 加害車がセンターラインをはみ出してから衝突までわずか0.8秒。まさに、避けようにも避けられない、一瞬の出来事でした。

 以下は、本件事故を報じ新聞記事です。

【高知の高速道で車正面衝突、大阪の1歳男児死亡 両親重傷】(産経新聞/024.9.22)

〈21日午後0時50分ごろ、高知県香南市の高知東部自動車道下り線で、乗用車同士が正面衝突した。県警によると、下り線の車に乗っていた大阪市淀川区東三国の神農煌瑛ちゃん(1)が死亡した。父親(33)と母親(38)もそれぞれ重傷を負い、姉(6)にはけがはなかった。

 県警は上り線からはみ出したとして、自動車運転処罰法違反(過失傷害)容疑で高知市瀬戸東町、会社員、竹崎寿洋容疑者(60)を現行犯逮捕した。容疑を同法違反(過失致死傷)に切り替えて調べる。容疑者は軽傷だった。〉

神農さん家族が乗っていたトヨタ・エスクァイアは前部が大破していた(被害者提供)

神農さん家族が乗っていたトヨタ・エスクァイアは前部が大破していた(被害者提供)

「こうちゃん、行かないで、戻って来て!」

「前日の夜、私たち家族はマイカー(トヨタ・エスクァイア)に乗って、大阪から高知に入りました。そして、21日の昼前、高知市内で昼食をとってから、高知東部自動車道の下り車線を走行し、帰宅の途についていました。6歳の娘と1歳の息子は後部座席でそれぞれジュニアシートとチャイルドシートをきちんと装着し、眠っていました。

 そのときです、突然、対向車(トヨタ・クラウンクロスオーバー、R4年式)が中央線を突破し、激突してきたのです。

 ものすごい衝撃を受けた直後、『痛い、ママー!』と泣き叫ぶ娘の声、必死で『大丈夫か!』と声をかける主人の声が聞こえました。私は身体が痛くてどうしても動くことができず、『大丈夫? こうちゃんは!』と何度も叫ぶうちに、意識が飛んでしまいました」

 しばらくして、彩乃さんは、夫の諭哉(ゆうさい)さん(34)の大きな叫び声で目が覚めたそうです。

「主人は、『こうえいが息をしていない! こうえい、戻ってこい! 戻ってこい!』と何度も叫んでいました。そのとき誰かが、『あぁ、もう青くなってきている』と言っている声が聞こえたので、私も必死で、『こうちゃん、行かないで、戻って来て!』と何度も叫びました。でも、その間に、また意識が薄れていきました」

 次に気づいたときには、大破した車の助手席から運び出されて、救急車に乗るところでした。諭哉さんと子どもたちは、先にドクターヘリで病院に搬送されていました。

 緊急手術を受けて一命をとりとめた彩乃さんは、夫と子どもたちとは別の病院で一人夜を明かしました。そして翌日、3人が入院する高知医療センターへ転院。そこで諭哉さんから煌瑛ちゃんの死を告げられたのです。

「主人は、『自分のせいで、本当に申し訳ない……』そう言って泣いていました。私は主人が泣いているのをこれまで見たことがありませんでした。衝突の瞬間が何度もフラッシュバックしていた私は、『あれは誰も避けられない。誰も悪くない……』主人にそう言うことしかできませんでした」

 煌瑛ちゃんの葬儀は、事故から9日後、高知市内で営まれました。それは、手術を受けた彩乃さんが車椅子で参列できるぎりぎりの日程だったといいます。

煌瑛ちゃんの葬儀は、大阪の自宅から遠く離れた高知で営まれた(遺族提供)

煌瑛ちゃんの葬儀は、大阪の自宅から遠く離れた高知で営まれた(遺族提供)

運転支援システムを盲信

 それにしてもなぜ、対向車は白昼、あのように突然センターラインを越え、対向車線に突っ込んできたのか----。

 神農さん夫妻が署名用紙にしたためた説明文には、警察の調べで明らかになった加害者の行為と、厳罰を望む被害者遺族としての気持ちが次のように記されていました。

【(加害者は)ゴルフ場の行き帰りの道で自動車専用道路を走行中、運転支援システム(半自動運転)を盲信し、シートベルトを外して、日常的に着替えをしたりする無謀運転を繰り返していました。

 今回も、シートベルトを外し、助手席の足元にあるサンダルを取ろうと身を傾けた際にセンターラインを越え、私達の車と正面衝突したのです。一歩間違うと凶器になる自動車での極めて自己中心的であり、決して許されない行為です。】

 下の図を見てください。国土交通省は現在、いわゆる「自動運転」をレベル1から5に区分しています。

国交省「自動運転のレベル分けについて」

国交省「自動運転のレベル分けについて」より

 このうち、日本で一般向けに販売されている車は、「レベル1」と「レベル2」のみで、あくまでも「ドライバーの監視」が必要なのです。つまり、「自動運転」といっても、ハンドルから手を離したり、本件のように走行中に靴の履き替えを行ったりすることは前提としていないのです。

厳罰を求め署名活動

 神農さん夫妻は無念さをにじませながら、署名活動への思いを語ります。

「対向車とすれ違うという行為は、お互いの信頼があってこそ成り立つものです。運転中に靴をわざわざ履き替える必要なんてどこにもありません。でも、このような“究極のながら運転”で死傷事故を起こしても、現行法では、『危険運転致死傷罪』では処罰できず、単なる不注意、うっかりミスの『過失運転致死傷罪』で裁くことしかできないのだそうです。納得できませんが、それが今の日本の限界なら、過失運転致死傷罪の中でも、できる限りの厳罰が下されるべきだと思っています。

本当に可愛い盛りだった煌瑛ちゃん(遺族提供)

本当に可愛い盛りだった煌瑛ちゃん(遺族提供)

 息子は、本当に本当に、可愛い盛りでした。私たちはあの日、家族の未来をすべて断ち切られました。どれだけ悔やんでも、戻ってはきません。けれどこのままでは、また別の家族に同じ悲しみが襲いかねません。だからこそ、こうした運転は『許される行為ではない』ということを、社会がはっきりと示す必要があります。ながら運転での事故は、今後増えると思います。お子さんのいる方、大切な人がいる全ての人のお力をお貸しいただきたいと思います」

 神農さん夫妻は、8月2日(土)、3日(日)の2日間、高知市内の「帯屋町パラソーレ」付近で、10時から15時まで、支援者と共に署名活動を行う予定です。ぜひ、夫妻の訴えに耳を傾けていただければと思います。

*署名に関する問い合わせ先/20230802kou@gmail.com

*署名用紙はこちらhttps://drive.google.com/file/d/1XFiHUyFapWhkSTPyrxjbcSkEIfEkwiO2/view?usp=drivesdk