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父をひき死亡させた車のドラレコ映像、刑事裁判では証拠採用したのに民事訴訟用のコピーを裁判官が拒否、どうして…

2025.8.14(木)

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父をひき死亡させた車のドラレコ映像、刑事裁判では証拠採用したのに民事訴訟用のコピーを裁判官が拒否、どうして…

交通事故の瞬間を記録したドライブレコーダーの記録開示をめぐって、今、由々しき問題が起こっている。「犯罪被害者保護法」では、事件の真相を知りたい被害者遺族に対し、原則、訴訟記録を開示することになっている。しかし、横浜地裁は、なぜかドラレコ映像のみ、謄写を“不可”としたのだ。裁判所の違法ともいえる対応に苦しむ遺族と被害者支援弁護士の訴えをノンフィクション作家の柳原三佳氏がレポートする。

「えっ!」ドラレコに記録されていた衝突の瞬間に漏れた加害者の声

「横浜地裁の寺澤真由美裁判官は、なぜ事故の瞬間が記録された貴重な証拠であるドライブレコーダーの開示を拒むのでしょうか。すでに刑事裁判でも証拠として採用されているのに……。私たち遺族を支援してくださっている弁護士さんも、こんなことは初めてだと憤っておられます」

 そう語るのは、横浜市の江口枝里さん(30)です。

 枝里さんは、2023年11月10日午後6時過ぎ、横浜市青葉区で起こった交通事故で、父の江口文明さん(当時59)を亡くしました。その一部始終は、加害者の車に装備されていたドライブレコーダーに記録されていました。

「父の最後の姿が映っているその動画を、私は、母、弟とともに刑事裁判の法廷で見ました。一番見たくない、辛い映像でした……。あの日、父は母をバス停まで迎えに行くため、自宅近くの横断歩道を青信号で渡っていました。そのとき、交差点を右折してきた車が、横断歩道の手前で止まることなくそのまま父に向かっていったのです」

江口文明さんが青信号で渡っていた横断歩道(遺族提供)

江口文明さんが青信号で渡っていた横断歩道(遺族提供)

「次の瞬間、車は父に衝突しました。加害者はぶつかって初めて父の存在に気付いたようで、『えっ!』という、驚いたような声がドライブレコーダーに記録されていました。画面から姿を消した父は、おそらく路面にたたきつけられたのでしょう。頭蓋骨骨折、脳挫傷、腓骨脛骨骨折などの重傷を負い、翌日、搬送先の病院で息を引き取ったのです」

 加害車は、トヨタのランドクルーザープラド。運転していたのは、江口さんと同じ町内に家族と暮らす52歳の女性でした。歩行者用信号は青で、文明さんには何の落ち度もない事故でした。

 過失運転致死の罪で起訴された加害者は、2025年7月1日、横浜地裁において禁錮3年執行猶予4年の判決を受けました。事故発生からすでに、1年8カ月が経過していました。

事故で亡くなった江口文明さん(遺族提供)

事故で亡くなった江口文明さん(遺族提供)

映像をコピーする装置がないからコピーを拒否?

 一方、枝里さんら遺族は、加害者に対する損害賠償請求訴訟の準備も始めていました。民事裁判での立証活動には、実況見分調書、供述調書、ドライブレコーダーや防犯カメラの映像など、さまざまな証拠が不可欠です。

 そこで、刑事裁判が5月27日に結審し判決を待つのみとなったため、6月5日、被害者支援代理人の髙橋正人弁護士を通して横浜地裁に訴訟記録の謄写請求を行ったのです。

 ところが、4日後の6月9日、同裁判所の書記官から髙橋弁護士の事務所に思わぬ返答が寄せられました。

「司法協会では(DVDについては)謄写(のための装置がないため)できない。どうしたらよいか、裁判官と検討する」

 つまり、訴訟記録のうち、法廷で証拠として採用されたドライブレコーダーのDVDだけはコピーするための装置がないので開示できない、というのです。

 髙橋弁護士は、前代未聞ともいえるその対応に驚いたと言います。

電話にも出ない裁判官

「仮に、司法協会や弁護士会が、DVDをコピーする装置を持っていなかったとしても、被害者側がパソコンと記録媒体を持参し、書記官がコピーするなど、手法はいくらでもあるはずです。もちろん、私からはその提案もしました。

 ところが、横浜地裁の書記官は、『裁判官は、ドライブレコーダーのみ謄写は認めないと言っている』と述べ、その理由を尋ねても答えず、私が裁判官と直接話がしたいと依頼しても、『話す必要性はない。必要性のない理由も述べられない』の一点張りなのです」

 2日後の6月11日、髙橋弁護士と横浜地裁の書記官および主任書記官が電話でやり取りを行いました。このときの会話は、髙橋弁護士が事前に通告したうえで録音されており、筆者もその音声を確認しています。

 髙橋弁護士はドラレコ映像を不開示とした寺澤裁判官の判断について、
「冗談じゃない、こんなの初めてです! 裁判官出してください。出さない理由は何ですか。そもそも間違ってます、法の解釈として。明らかに違法行為です。重大な問題ですよ、これ」

「冗談じゃない、こんなの初めてです! 裁判官出してください。出さない理由は何ですか。そもそも間違ってます、法の解釈として。明らかに違法行為です。重大な問題ですよ、これ」

「裁判官は電話に出る必要はない」

 というもので、話は平行線をたどるばかりです。

 たしかに、書記官は裁判官の言葉を取り次いでいるにすぎず、杓子定規に答えるしかない立場であることはわかります。しかし、最後に電話に出た主任書記官の対応には、疑問を感じざるを得ませんでした。

 今回の寺澤裁判官の判断がなぜ違法といえるのか、その根拠について、髙橋弁護士が犯罪被害者保護法の立法趣旨や改正までの経緯、改正法の解説書等について説明しようとしているにもかかわらず、主任書記官はその言葉をさえぎり、電話を一方的に切ったのです。

「どのようにされるかは先生にお任せします」

 以下は、そのときの音声をそのまま文字にしたものです。

主任書記官 (髙橋弁護士の説明をさえぎって……)そういったご意見は、今、私の方にお話いただいても、特に判断が変わるわけではないので、この後、どのようにされるかは(髙橋)先生にお任せいたしますので。では、すいませんが、ちょっとお電話を切らせていただいてよろしいでしょうか。

髙橋弁護士 そうすると、このいきさつも知らないで、それにも答えないということでよろしいですね。

主任書記官 特に答える必要はないと思っています。失礼します。(電話を切る)

*****

 交通事故において最も客観的で重要な証拠であるドライブレコーダーの映像、しかも、その開示については、検察官も被告側の弁護人も「しかるべく」、つまり、「いいようにしてください」と承諾しているにもかかわらず、なぜ横浜地裁の寺澤裁判官は、開示を拒否するのか……。

 実は、髙橋弁護士は平成30年6月に解散した「全国犯罪被害者の会(旧・あすの会)」の副代表幹事として、代表幹事であった故・岡村勲弁護士とともに被害者参加制度の創設に深く関わってきた主要メンバーの一人です。被害者にとって大変重要な、公判記録の閲覧謄写制度や要件について精通しているからこそ、今回の裁判官の判断に対しても、根拠を示し、具体的に異議を唱えているのです。

 たとえ、裁判官に職権の独立があろうとも、裁判官との直接のやり取りを認めない以上、せめて書記官は被害者側の弁護士としての説明を、裁判官に正確に伝える必要があるのではないでしょうか……。

江口さん一家の家族写真。幸せそうな一枚だ(遺族提供)*写真は一部加工してあります

江口さん一家の家族写真。幸せそうな一枚だ(遺族提供)*写真は一部加工してあります

公判記録は被害者側へは原則開示と法改正されたのに

 公判記録の閲覧謄写は、事故の当事者にとっては大変重要な手続きで、裁判所によって対応が異なるとなれば看過できない問題です。そこで、髙橋正人弁護士にあらためて、公判記録の閲覧謄写についての法的根拠や、「被害者保護法」改正の経緯などを伺いました。

 以下は髙橋弁護士のコメントです。

<現在の「被害者保護法」は、被害者参加制度の一貫として、「旧・被害者保護法」を改正したものです。最も重要な改正箇所は、公判記録の閲覧謄写の要件の変更です。「旧・被害者保護法」では「損害賠償手続きの準備のため」と目的が限定され、原則非開示、例外として開示という扱いでした。

 平成17年4月1日から施行された「犯罪被害者等基本法」に基づいて、同年4月28日から12月27日まで(第一次)犯罪被害者等基本計画検討会が内閣府主導で実施され、さらに、同検討会に基づいて平成18年10月3日から翌年2月7日の答申まで法制審議会刑事法(犯罪被害者関係)部会が実施され、これらの検討会や審議会において、被害者が求めているのは、損害賠償はもとより、

① 適正な刑罰を課して欲しい
② 事件の真相を知りたい
③ 被害者の名誉を守りたい

 という3点にあることが議論されました。

 そして、改正された現在の被害者保護法第3条では、「損害賠償請求訴訟の準備のため」という目的の限定が外され、「広く事件の真相を知りたい」という趣旨に変更され、原則開示とする法改正が行われたのです。

 ドライブレコーダーの映像は、事故の状況を最も正確かつ直截的に、証明したり、知ったりするための客観証拠です。被告人の前科やプライバシーに関わりはなく、また、爆発物の製造方法が書かれているなど、法制審議会で議論されたその他の制限されるべき例外の扱いに該当しないことも明白です。

 なお、謄写を認めない理由として、「刑事確定訴訟記録法で謄写することが可能である」という指摘がありうるかもしれませんが、同法で謄写できるのであれば、「被害者保護法」を作る必要はありません。そもそも刑事確定訴訟記録法は、「被害者保護法」とは立法趣旨が異なり、一般の第三者も閲覧謄写できるため、黒塗りやモザイクが多く、真相の正確な解明が阻害されるケースがあるのです。したがって、「刑事確定訴訟記録法があるから謄写を認めない」というのも理由にはなりえないのです。

 しかし、「被害者保護法」には不服申立ての手段がありません。そのため、当職は6月20日、再考を促すFAXを寺島裁判官に出しましたが、これについても8月13日現在、応答すらありません。

 民事訴訟になれば、被告人の代理人弁護士や保険会社の顧問弁護士が因果関係を争ってくることが容易に想定されます。この場合、ドライブレコーダーの映像は事故態様だけでなく、被告人はどんな運転をしていたのか、被害者の最後の様子はどうであったかなど、被害者遺族が事件の真相を知る上でもっとも重要で、損害賠償額にも大きく反映される資料となるため、訴訟の準備には必要不可欠なのです。

 横浜地裁第4刑事部のこのたびの対応は、民事訴訟における真実究明を阻害させるだけでなく、「事件の真相を知りたい」「事件から回復したい」という被害者の心情や立ち直りを著しく侵害し、二次被害を与えるものです。

 いずれにせよ、被害者保護法第3条で謄写が許可されない事由に該当しないことは明白です>

 髙橋弁護士は、7月1日付で、最高裁判所事務総局刑事局長、東京高裁裁判所長官、横浜地方裁判所長の三者に宛てて、今回の横浜地裁の裁判官の判断に対する質問状を送付済みです。『ご教授のお願い』と題された書面には、以下のように記されています。

<横浜地方裁判所・東京高等裁判所・最高裁判所刑事局において、所属裁判官・管轄内の地裁・全国の地裁に対し、本件のような事情があっても謄写を許可しない横浜地方裁判所第4刑事部(寺澤真由美裁判官)のような運用を許す余地のある指導をされているのかどうか、ご教授頂きたく本書面を提出させていただいた次第です>

遺族がドラレコ映像を絵に

 被害者は、加害者が起訴されてから刑事の判決が確定するまでは、ドライブレコーダーを含む刑事記録の閲覧謄写を検察官から直接受けることができます。しかし、検察官から開示されたものは、被害者参加の刑事裁判でしか使えず、民事裁判では使えない規則になっているため、判決が確定したら全てシュレッダーにかけるなどして破棄しなければなりません。

 そうした中、美大で絵画を専攻していた枝里さんは、刑事裁判の判決が確定する前に検察官から開示されたドライブレコーダーの映像を記憶に焼きつけ、残しておこうと考えました。次の2点が、まさに衝突直前の場面を枝里さん自身の筆で描いた水彩画です。

美大で絵画を専攻していた枝里さんが、ドライブレコーダーに記録された衝突直前の映像を記憶に基づき精巧に再現した水彩画。① 右折する前の加害車の位置からも、横断歩道を渡ろうとしている文明さんの姿ははっきりと確認できた(遺族提供)

美大で絵画を専攻していた枝里さんが、ドライブレコーダーに記録された衝突直前の映像を記憶に基づき精巧に再現した水彩画。① 右折する前の加害車の位置からも、横断歩道を渡ろうとしている文明さんの姿ははっきりと確認できた(遺族提供)

② 衝突直前、横断歩道を歩く文明さんの姿。対向車はライトを消していたという(遺族提供)

② 衝突直前、横断歩道を歩く文明さんの姿。対向車はライトを消していたという(遺族提供)

「父がさしていたビニール傘は、このようなかんじで白く光り、日は暮れていたもののはっきりと浮かび上がっていました。また、父が履いていたズボンにはリフレクター(反射材)もついていました。なのに、どうして加害者は、目の前を歩く父の姿が目に入らなかったのでしょう、右折中、いったいどこを見ていたのか……。この絵を描きながら、私は心の中で何度も、『お願いだから、ここで止まって!』と叫んでいました。とてもつらい作業でした」

 それでも枝里さんは、『自分にできることはこれしかない』そんな思いで、この絵を仕上げたのだと言います。

 なぜ、遺族がここまでしなければならないのでしょうか……。

 筆者は最高裁に対し、今回の横浜地裁の裁判官の対応に対して質問を投げかけていましたが、8月7日、「お答えできることはありません」という答えが返ってきました。

 一方、それから6日後の8月13日、髙橋弁護士が1カ月半前に出していた『ご教授のお願い』(7月1日付)に対する回答書が、横浜地裁から届きました。そこには以下のように記されていました。

<被害者等からの閲覧謄写の申し出に対する措置は、受訴裁判所が判断することになるため、標記の書面に記載されているような指導は行っていない>

 枝里さんは語ります。

「私たちは、理不尽な事故で突然父の命を奪われました。その上、裁判官にまで理解不能な対応で追い込まれ、心身ともに疲労困憊し、深く絶望しています。この事実を多くの人に知っていただき、こんなことがまかり通ってよいのか、ぜひ一緒に考えていただきたいと思います」

 瞬時に起こる交通事故、ドライブレコーダーの映像は、真実究明のための、最強、最重要ともいえる客観証拠です。裁判所による理不尽な対応が繰り返されぬよう、我々市民としてもしっかりと監視する必要があるでしょう。

長女の枝里さんが8歳のときに書いた文明さんの似顔絵(遺族提供)

長女の枝里さんが8歳のときに書いた文明さんの似顔絵(遺族提供)