泥酔してひき逃げしたラウンジ嬢が法廷で「反省なき態度」、顔を傷だらけにされた24歳被害女性が悔しさで震わせた声
2025.9.26(金)
今年6月、大阪府堺市で24歳の女性が大けがを負うひき逃げ事件が発生した。2日後、逮捕されたのは27歳の女。勤務先のラウンジで酒を飲み、泥酔状態で運転していたとして「危険運転致傷」で起訴されるも、ひき逃げについては「気づかなかった」と供述したためか起訴されていない。身体と心に大きな傷を負い、やり場のない怒りと疑問を抱きながら初公判を迎えた被害女性と家族の思いを、ノンフィクション作家の柳原三佳氏が聞いた。
被害者と目も合わせず、謝罪の言葉も口にせず
9月17日午後2時20分、大阪地裁堺支部で始まった初公判。黒いスーツに身を包み、うつむき加減で法廷に現れたのは、今年6月、飲酒運転で自転車の女性をはねて大けがを負わせたとして、危険運転致傷罪に問われている木村穂乃香被告(27)です。
初公判が開かれた大阪地裁堺支部(筆者撮影)
化粧っ気のない顔に地味な眼鏡、黒い髪を後ろでひとつに束ねているその姿は、SNS(*現在は削除)に自らアップしていたあの華やかなメイク姿の写真とは全く別人で、冒頭から『人はここまでイメージを変えられるものなのか……』と驚かされました。
裁判官の言葉に促されて法廷の中央にある証言台の前に歩み出た木村被告は、まず真正面の裁判官に向かって一礼。すぐ右側には、車いすに乗り、顔面をガーゼで覆われた被害者の高橋琴さん(24・仮名)が、検察官、被害者参加弁護人の横に並んでいます。
しかし、被告は目の前にいる琴さんに目を向けようともせず、結局、謝罪の言葉をひと言も発することはありませんでした。
勤務先のラウンジで飲酒し、そのまま運転
被告が、裁判官から質問された氏名や生年月日、職業などを答え終わると、検察官による起訴状の読み上げが始まりました。
以下、起訴内容から一部抜粋します。
●被告人は、令和7年6月7日午前2時47分頃、堺市中区深井沢町3138番地西側駐車場において、運転開始前に飲んだ酒の影響により、前方注視及び運転操作が困難な状態で普通乗用自動車を発進させて運転を開始。
●アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させたことにより、同日午前2時51分頃、時速約30キロメートルで進行中、道路左側の自転車レーンを自車と同一方向に走行中の被害者(当時24歳)運転の自転車後部に自車前部で衝突
●被害者を自転車もろとも路上に転倒させて、左前輪付近で轢過し、同人に加療約2カ月間を要する顔面擦過傷/挫傷、左耳介軟骨損傷、左臀部皮膚剥脱創、外傷性歯牙脱臼等の傷害を負わせた
<危険運転致傷、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号>
木村被告は、勤務していたラウンジで酒を飲んだにもかかわらず、近くの駐車場に止めてあった車を運転。車道左に設けられた自転車通行帯を走行していた琴さんを後ろからはね、左前輪で琴さんの身体に乗り上げた上、自車の下に巻き込み、大けがを負わせたのです。
事故現場の写真。琴さんは自転車通行帯を走行中、加害者に追突された(筆者撮影)
大阪府堺市中区の現場。琴さんは×の印あたりで加害車に追突され、○印のあたりまで引きずられて倒れていた。乗っていた自転車は右前方に停止していたという(家族提供)
病院のベッドの上で流した涙にも赤い血が
本件事故の経緯と直後の被害者の受傷状況については、すでに以下の記事でレポートしました。
〈飲酒ひき逃げで瀕死の娘は、心身に大きな傷を… 危険運転で起訴の27歳女は「気づかなかった」と否認〉(Yahoo!ニュース エキスパート 2025.9.9)
事故発生から3カ月以上が過ぎ、琴さんは初公判の前日に何とか退院し、初公判に被害者参加することができました。しかし、事故直後の状況は過酷でした。母親の高橋美智代さん(45・仮名)は、病院に駆けつけたときのことをこう語っています。
「娘は緊急手術を受け、意識がない状態でした。ICUで対面したとき、顔面がすべてガーゼで覆われ、血が滲み、かろうじて見えた目のあたりは赤黒く大きく腫れ上がって、目を開けようとしているのにほとんど開かない状態でした。鼻と口にはチューブが挿入され、言葉を発することはできません。でも、私を認識してくれたのか、涙を流しました。その涙にも、赤い血が混ざっていました……」
入院中の琴さん(家族提供)*写真は一部加工しています
琴さんの顔には全体に擦過傷、挫創があり、頬、唇、口の中、耳など、数十針を縫ったそうです。また、頬には多数の石がめり込んでいたため、それを摘出する必要もありました。歯は脱臼し、耳からは軟骨が飛び出し、全身にはいたるところに無数の擦過傷があったといいます。
特に酷かったのは、左腰から背中にかけての皮膚剥脱創でした。広さ30センチ×10センチにわたって皮膚組織が深く大きくえぐられ、すでに剥脱した皮膚が壊死していたため、全身麻酔で緊急の切除手術となったのです。感染症などの合併症があれば、命の危険もあったそうです。
入院先の病院で痛みと闘う琴さん(家族提供)*写真は一部加工してあります
こうした状況の中、琴さんは何度も皮膚の移植手術を受け、この3カ月間、ほぼ寝たきりのまま、痛みと精神的な苦痛に苦しんできたのです。
事故に遭う前の琴さん(左)、仲のよい妹と。年明けには海外への語学留学も決まり、勉強とアルバイトに精を出していたという(家族提供)*写真は一部加工してあります
「弁護士に任せていますので」
しかし、検察による起訴状の読み上げが終わっても、被告は琴さんに謝罪する様子は全くありません。
「今、検察官が読み上げた起訴状に間違いはありますか」
裁判官は被告にたずねました。
すると、被告はこう答えました。
「弁護士に任せていますので、弁護士と同じ意見です」
その瞬間、ほぼ満席となっていた傍聴席からは、あっけにとられたような小さなどよめきが起こりました。
そして、裁判官から意見を求められた被告側の弁護士は、被告の言葉を受けるかたちでこう述べたのです。
「認否を留保します」
再び、傍聴席からざわめきの声が起こりました。
『認否の留保』とは、刑事裁判の初公判で検察側が読み上げた起訴状の内容に対し、被告本人や弁護人が否認もせず、認めもせず、回答を保留することです。
本件の場合、被告は事故後に現場から走り去って2日後に逮捕されているため、現行犯逮捕はされていません。しかし、被告が酒を飲んで運転し、この事故を起こしたことは警察の捜査で明らかになっているはずです。それなのに、なぜ……。
「私の人生をめちゃめちゃにして…」
結局、被告側が留保したことによって、さらなる論点整理が必要ということになり、普通なら初公判で行われるはずの冒頭陳述はなし。次回の公判期日も決まることなく、この日の裁判は10分もかからずに終了となりました。傍聴席からは、反省の態度をまったく見せなかった被告に対する怒号も聞かれました。
初公判の直後、琴さんは茫然とした表情で、声を震わせながらこう話しました。
「私の人生めちゃくちゃにした人を目の前にして、苛立ちしかありませんでした。あの日から毎日傷と向き合うたびに、事故のことを思い出し、悲しさと虚しさが込み上げ、毎日しんどいです。加害者には私をひいたことを認めて、実刑になってもらいたい、それしかないです。飲酒運転がどれだけ被害者を苦しめているかをわかってもらいたいです……」
車いすに乗ってメディアのカコミ取材を受ける琴さん(筆者撮影)*写真は一部加工してあります
裁判前に届いた謝罪の手紙は単なるパフォーマンスだったのか
家族は、事故が起こった直後から、全力で琴さんを支えてきました。被害者参加制度を使って、琴さん自身が刑事裁判の法廷に出ること自体、とても悩んだといいます。
母親の美智代さんは語ります。
「今回、娘が被害者参加をした理由は、被害者である娘本人から、自分が受けた苦しみの全てを加害者に伝えたかったからです。精神科の医師も、被害者参加をすることをとても心配されました。娘はメンタルの浮き沈みがあり、今も毎日泣いています。
でも、娘自身が、『私は生き抜いた。被害者である私が裁判に参加しないと、本当の大けがの痛み、精神的苦痛、未来への絶望感を伝えられない』と言うため、参加を決断しました。そうした中での、加害者のあの態度には非常に憤慨しました。加害者側の弁護士も、私には笑っているように見えました。もう言葉もありませんでした……。
実は、裁判が始まる前、加害者から謝罪の手紙が届きました。そこには、『できる限りの誠意をもって』などと書かれていましたが、初公判でのあの態度を見ると、結局、手紙は減刑のためのパフォーマンスだったのだということを痛感しました。『今後は、運転しない。お酒は飲まない。お酒に関わる仕事はしない』とも書かれていましたが、未来永劫、飲酒しない、運転もしないという保証はありません。
あの文字を書いた手で事故車のハンドルを握っていたのだと思うと、怒りなんて言葉では到底足りない感情が込み上げます」
そもそも、本件は明らかに「ひき逃げ」であるにもかかわらず、被告が逮捕直後から「気づかなかった」と供述しているためか、「ひき逃げ(救護義務違反)」では起訴されていません。つまり、ひき逃げを思いとどまるかどうかの規範にすら直面しておらず、被害者は被告から救護を受けられる可能性が皆無だったことになります。
そして、このような被告が起こした事故に巻き込まれた被害者は、重傷を負ったまま路上に放置され、後続車に轢過されたり、けがの回復が見込めないまま死に至ったりする危険に身をさらすことを余儀なくされてしまうのです。こうした被告の行為は、まさに「究極の危険運転」と言えるでしょう。
琴さんが乗っていた自転車。後輪の泥除けが激しくひしゃげていた(家族提供)
実際に本件でも、加害者は血まみれの琴さんを放置し、現場から走り去っており、家族は今もその行為に強い怒りを抱いています。
美智代さんは訴えます。
「事故後、道路の真ん中に投げ出され、しゃがみ込んでいた娘は、幸い目撃者の方に救助されました。でも、ひとつ間違えば、後続車にはねられていたかもしれません。助かる命を見殺しにするひき逃げは極めて卑劣で悪質な行為です。加害者は、娘をひいたことに本当に気づいていなかったのか、真実はわかりませんが、それが飲酒によるものであれば、なおさら危険運転として厳しく罰せられるべきではないでしょうか」
初公判で起訴事実を留保したことで、本件裁判は長期化が予想されます。この先、どのような証拠が出されるのか、そして、被告は何を認め、何を否認するのか。ひき逃げの認識すら持てず、通常の救護義務違反よりもさらに危険な結果を生じさせる行為について、裁判所はどのように評価するのか。引き続き注目していきたいと思います。