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「前例ないほど犯情が悪い」裁判長に叱責された美女木多重事故の被告に法定刑の上限超える実刑判決、なぜ下せたのか

2025.11.8(土)

JBpress記事はこちら

「前例ないほど犯情が悪い」裁判長に叱責された美女木多重事故の被告に法定刑の上限超える実刑判決、なぜ下せたのか

 昨年5月、首都高速の美女木ジャンクションで発生した大型トラックによる追突多重衝突事故。複数の車が炎上し、6名が死傷するという大惨事となった。事故から約1年半後の11月4日、東京地裁の裁判官は「前例にあまりないほど犯情が悪い」として、被告に懲役7年6カ月の判決を下した。裁判中に児童ポルノ所持法違反でも追起訴されていたとはいえ、なぜ、「過失運転致死傷罪」の法定刑である“7年”を超える判決となったのか。ノンフィクション作家の柳原三佳氏が、異例ともいえる本判決に込められた意味をレポートする。

「通り一遍の謝罪は、誰の心にも響きませんでした」

 11月4日、東京地裁の大川隆男裁判長は、「過失運転致死傷罪」に問われていたトラック運転手・降籏紗京被告(29)に対して、「危険性を全く顧みないまま、まさに無謀な運転を漫然と続けた」「交通法規を遵守する意識が低く、前例にあまりないほど犯情が悪い」などとして、懲役7年6カ月の判決を下しました。

 そして、判決文を読み終えると、証言台の前に立つ被告に向かって、

「あなたは自分の犯した重大な罪を認識していないと感じました」

「通り一遍の謝罪は、誰の心にも響きませんでした。取り返しのつかない重大な結果に真摯に向き合うべきです」

「遺族や被害者の言葉を何度も思い出し、あらためて向き合い、真の反省とは何か、あなたの生涯をかけて、逃げることなく、自分のすべき贖罪について考え続けてください。それがあなたにできるせめてものことです」

 と、厳しい言葉を連ねて説諭を行いました。

 筆者はこれまで、多数の交通事故判決を傍聴してきましたが、被告の悪質性や反省のなさについて、ここまで踏み込んで糾弾する内容は初めてでした。

危険運転致死傷罪では起訴できなかったが…

 被告の行状の悪質性については、すでに以下の記事でレポートしました。

(参考)美女木多重事故、被告は「気の毒ドライバー」ではなかった、不倫相手とのLINE履歴が暴いた同情の余地なき行為の数々(JBpress 2025.7.23)

 裁判の中では、大型車を操るプロドライバーとしてはにわかに信じがたい、以下のような事実が明らかになっていました。

●(被告は)事故の3日前から発熱し、当日は38度の発熱で頭がくらくらする状態だったが、1年前に起こした事故の罰金70万円を勤務先の会社から借り入れていたため、迷惑をかけたくない、早く返済したいという理由で運転した。

●追突事故を起こす直前、ふらつきながら運転し、車線を逸脱すると音が出る車線を20回以上踏んでいたが、停止することなく、時速75キロから80キロで衝突した。

●事故当日の朝、運転中に片手でハンドル操作をしながら、片手でスマホを持ち、女性(*妻ではない人物)に数百通にも上る多数のLINEを送っていた。

●事故後は救助活動に参加しなかった。

 さらに、本件捜査の中では、被告のスマホの中に児童のわいせつ画像がダウンロードされていたことも発覚。被告は第2回公判で、児童ポルノ所持法違反でも追起訴されていたのです。

 この事故で夫の杉平裕紀さん(42)を亡くした妻の智里さんは、判決終了後におこなわれた記者会見でこう述べました。

「今日、懲役7年6カ月という判決が出ましたが、私たちが強く求めていた『危険運転致死傷罪(最高懲役20年)』では起訴できないと決まったときから心が折れ、正直、何を闘って、何を求めて、どんなことがあれば自分の中で満足できるのかが全く見えませんでした。結局、遺族としては終わりがなく、死刑が執行されないかぎり気持ち的に落ち着く場所はないのかもしれません……」

被告のトラックの追突に巻き込まれ炎上した杉平さんのハイエース(遺族提供)

被告のトラックの追突に巻き込まれ炎上した杉平さんのハイエース(遺族提供)

 しかし、そうした苦しみの中、智里さんが唯一納得できたのは、裁判長の説諭だったといいます。

「この1年半、高校生の娘、大学生の息子、家族は皆、とても辛かったです。でも、辛い気持ちを言葉に出して心情を陳述してきました。それは他のご遺族も同じだと思います。

 そして今日、裁判官は私たちの気持ちと同じ言葉を被告に発してくださり、心を打たれました。私たちの努力が伝わったんだな、と思いました。

 主人が帰ってこないという現実の中、この苦しみは死ぬまで続きます。でも、懲役7年半というこの判決が、法改正に向けての第一歩になればという気持ちもあります。これから先、同じような方々が苦しい思いをされないよう、今回の判決によって少しでも変えていけたらいいなと思っております」

炎上した杉平さんの車から発見された遺品(遺族提供)

炎上した杉平さんの車から発見された遺品(遺族提供)

杉平智里さんの胸には、ネックレスとなった亡き夫の形見の結婚指輪が(筆者撮影)

杉平智里さんの胸には、ネックレスとなった亡き夫の形見の結婚指輪が(筆者撮影)

被告は児童ポルノ所持法違反でも起訴

 今回、降籏被告には懲役7年6カ月という刑が言い渡されました。「過失運転致死傷罪」の法定刑は当時、7年以下の懲役または禁錮、もしくは100万円以下の罰金刑だったので、その上限を超えています。

 ちなみに、被告は児童ポルノ所持法違反でも起訴されていましたが、こちらの法定刑は1年以下の懲役、または100万円以下の罰金です。初犯の場合、児童ポルノ所持法違反で懲役刑が下されることはまずありません。中には、本件が「危険運転致死傷罪」(最高懲役20年)で起訴されたのだと思っている人も多いようです。

 なぜ、東京地裁は懲役7年6カ月という判決を下すことができたのでしょうか。

 そこで、杉平さんの被害者参加弁護人をつとめた高橋正人弁護士に、今回、東京地裁が「懲役7年+罰金刑」ではなく、あえて「懲役7年6カ月」とした理由とその奥に込められた意義について伺いました。

***<高橋弁護士による解説>***

 本件のように「過失運転致死傷罪」(最高懲役7年)と「児童ポルノ所持法違反」(最高懲役1年)を併合して有期の懲役または禁錮刑を下す場合、刑法47条では、重い罪の上限の1.5倍以下とし、両罪の上限の合算を超えてはならないと規定されています。

判決後、記者会見を行う高橋正人弁護士

判決後、記者会見を行う高橋正人弁護士

 2025年6月1日から、懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されましたが、本件事故が発生した当時は改正前の、以下の条文でした。

<有期の懲役及び禁錮の加重>

●刑法第47条

併合罪のうちの二個以上の罪について有期の懲役または禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを長期とする。ただし、それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。

児童ポルノ所持法違反に関しては不起訴かせいぜいが罰金刑

「過失運転致死罪」の最高刑は懲役7年、その1.5倍は10年6カ月になるわけですが、同条但し書きの制限があるため、裁判所は両罪の合算である懲役8年(懲役7年+懲役1年=懲役8年)の範囲内で量刑を言い渡さなければなりません。

 その場合の解釈には、二通りあります。

 第一は、起訴された罪ごとに個別的な量刑判断をし、その結果を単純に合算するという解釈。第二は、各罪の上限を先に合算し、その範囲内で全体的な量刑判断をして差し支えないとする解釈です。

 第一は、まず「過失運転致死傷罪」についての判断です。本件事故は、3人死亡、3人重軽傷という非常に重い結果を生んでいます。また、判決文で指摘されているとおり、注意義務違反(過失)の程度も、前例を見ないほどに著しく重いもので、本来なら法定刑の上限7年を超えるに等しい悪質運転であったと言えます。しかし、法定刑の上限が7年である以上、「過失運転致死傷罪」については、7年を言い渡さざるを得ないわけです。

 また、「児童ポルノ所持法違反」については、単に画像をダウンロードしていたにすぎず、同罪での前科もないことを考えると不起訴処分、もしくは、起訴したとしてもせいぜい罰金刑です。つまり、併合罪加重をしても、各罪の個別的な判断を合算し、懲役7年と数十万円の罰金刑となるのが一般的です。

過失運転致死傷罪の「最大でも懲役7年」は軽すぎる

 一方、第二の解釈の場合、まず各罪の上限を合算するため、懲役8年以下となります。その後、「過失運転致死傷罪」で検討しただけでも懲役7年では軽すぎると判断した検察官は、最高刑の懲役8年を求刑しました。そして、結果的に裁判官はこの第二の解釈を採用し、懲役7年6月を言い渡した、ということになるのです。

 今回のような判決手法を用いることに対しては、罪刑法定主義(=いかなる行為が犯罪となり、それに対していかなる刑罰が科せられるかについて、あらかじめ民主的に定める成文の法律をもって規定しておかなければならないという近代憲法の原則)の見地から批判が多いことも事実です。

 ただ、最高裁は平成15年7月10日、犯行期間が約9年2カ月という長期にわたっていた新潟の少女監禁事件において、第二の解釈を採用することで論争に決着をつけました。美女木の交通事故判決も、この最高裁判例に従っただけのことであって、なんら批判される筋合いはありません。なぜなら、我が国は法治国家である以上、法解釈の最終的な判断権者である最高裁の見解に下級審は従わなければならないからです。

 今回、東京地裁が降籏被告に対して、あえて第二の解釈を採用し、懲役7年6月の判決を下したこと、これは、裏を返して言えば、現在の「過失運転致死傷罪」の法定刑(上限7年)が軽すぎるということです。国民の一般常識から乖離している「過失運転致死傷罪」の法定刑の上限は早急に改正すべきであるということを、裁判所なりに暗に指し示した判決だったといえるでしょう。その意味で、私はこの判決を評価すべきだと思っています。

***解説ここまで***

 記者会見の内容については、下記『高橋正人法律事務所のブログ』にも詳しく綴られています。

(参考)美女木事件の懲役7年6月が意味する立法上の意義 | 高橋正人法律事務所のブログ(2025.11.6)

「危険運転致死傷罪」に匹敵する悪質な行為で事故を起こしながら、同罪で起訴されない重大事案が他にも多数あります。今回の東京地裁判決が全国各地で進行している裁判にどのような影響を及ぼすのか、また、「過失運転致死傷罪」の法定刑の改正につながるのか、注目したいと思います。