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血だらけの制服を何度も洗いながら母が決意したこと 違法改造ダンプに我が子の命奪われ…【交通死亡事故】

2026.1.6(火)

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血だらけの制服を何度も洗いながら母が決意したこと 違法改造ダンプに我が子の命奪われ…【交通死亡事故】

「これが、晴琉(はる)の乗っていた自転車です……」

 そう言いながら、お父さんは自宅マンションの駐輪場に置かれていた1台の自転車から、グレーのカバーをそっとはずしました。

 目の前に現われたのは、原形をとどめないほどに前カゴをつぶされ、ハンドルが大きくひしゃげた真新しい自転車です。

三重県津市の自宅マンションで保管されている晴琉くんの自転車を筆者に見せてくださるお父さん。前カゴが酷く押しつぶされ、ブレーキレバーも破損している(筆者撮影)

三重県津市の自宅マンションで保管されている晴琉くんの自転車を筆者に見せてくださるお父さん。前カゴが酷く押しつぶされ、ブレーキレバーも破損している(筆者撮影)

 晴琉くんのお母さんは少し離れた場所からその自転車をいとおしそうに見つめ、涙を拭いながら振り返ります。

「この自転車は事故の2か月前、中学校入学時に新調しました。晴琉はこのモデルがどうしても欲しかったようで、まるでプレゼンするかのようにこの自転車のよさを説明しはじめ、その様子がおかしくて可愛かったのを覚えています。

 その後、家族3人で自転車を見に行くと、晴琉は真っ先にこの自転車を試乗し、『乗り心地も最高!』と上機嫌でしたが、私がつい、『バリュー(安いの)でも良くない?』と言ってしまうと、ちょっと寂しそうに、『分かった……』と一言だけ言いました。

 私と夫はそのときの晴琉の表情が忘れられず、結局、希望の自転車を買ってあげることにしました。そんな経緯もあって、晴琉はこの自転車をとても大切にしていたのです」

■親子で自転車通学の予行練習までしていたのに…

 とはいえ、初めての自転車通学には心配もありました。お母さんは事前に、晴琉くんの運転の様子を確かめるため、後方から自転車で追いながら一緒に通学ルートの確認をしていたといいます。

「信号のない交差点や横断歩道を渡るとき、晴琉の注意はとてもよく行き届いていました。車がいれば停車するまで待ち、止まってくれた車には会釈をして横断していました。私は一緒に練習をして本当によかったと安心し、我が子の成長を嬉しく思っていたんです。なのに、まさか青信号の横断歩道で……」

 お父さんも悔しさをにじませながら、こう続けます。

「晴琉は、私たち夫婦にとってたったひとりの子どもです。12年間、大切に育ててきました。中学生になって2か月が経ち、学校生活や自転車通学にも慣れ、陸上部にも入って、これからもっと楽しい学校生活になるはずでした。それなのに、あの日、違法改造ダンプの身勝手な運転によって、突然命を奪われたのです」

食卓には、祖母にプレゼントされたお気に入りのクマのぬいぐるみが、今も晴琉くんの帽子をかぶって座っている。「お母ちゃん、今日のごはん何?」と腹ペコで帰宅する元気な声はもう聞けないけれど、食事はいつも3人一緒だ(筆者撮影)

食卓には、祖母にプレゼントされたお気に入りのクマのぬいぐるみが、今も晴琉くんの帽子をかぶって座っている。「お母ちゃん、今日のごはん何?」と腹ペコで帰宅する元気な声はもう聞けないけれど、食事はいつも3人一緒だ(筆者撮影)

■スクールゾーンで下校途中、青信号の横断歩道で

 事故は2022年6月、晴琉くんが通う中学校のすぐそばのスクールゾーンで、下校途中に発生しました。

 事故の知らせを受け救急病院へ駆けつけたときのことを、お母さんは時折声を詰まらせながら、昨日のことのように振り返ります。

「夫が病院に到着して間もなく、私たちは担当医に呼ばれたのですが、なぜかその医師は泣いていました。そして、このような説明をされた記憶があります。『搬送時から心肺停止の状態で、自発呼吸もありませんでした。身体や内臓に大きな損傷はありません、ただ頭が……。頭を轢かれたのだと思います。懸命に治療を行いましたが、残念です。このまま亡くなると思います』

 しばらくして対面した晴琉は、壮絶な事故に巻き込まれたとは思えぬほど安らかな、普段のままの寝顔で眠っていました。でも、頬に触れるとすでに冷たく、唇は青ざめていました。

 それでもあきらめきれなかった私は、『先生、奇跡は起こりませんか!』と、おもわずそうたずねました。でも、返ってきた答えは、『はい、残念ですが……』というものでした。その言葉を聞いたとき、私は一気に絶望の淵に立たされ、精神は崩壊寸前でした。その場にいた看護師さんたちも泣いておられました」

 警察によると、晴琉くんは青信号の横断歩道を横断中、背後からダンプの左前部に衝突され、そのまま車底部に巻き込まれており、全く落ち度はないとのことでした。

 一方、現行犯逮捕された加害者は、左折時の確認を怠っていただけでなく、後の調査で、左側の安全窓に視認性の低いスモークフィルムを貼付するという違法改造をし、さらに安全窓の前には工具箱を置いて完全に視界が遮られていたことも明らかになっています。

事故現場で手を合わせる平田さん夫妻。晴琉くんはスクールゾーンであるこの横断歩道を青信号で横断中、左折ダンプに巻き込まれ、数メートル引きずられた(筆者撮影)

事故現場で手を合わせる平田さん夫妻。晴琉くんはスクールゾーンであるこの横断歩道を青信号で横断中、左折ダンプに巻き込まれ、数メートル引きずられた(筆者撮影)

 以下は、本件事故を報じた翌日の新聞記事です。

【自転車の中1 はねられ死亡 津、ダンプ運転手逮捕】

 7日午後3時5分頃、津市桜橋2の市道交差点で、横断歩道を自転車で渡っていた津市栗真町屋町、中学1年平田晴琉(はる)君(12)が、交差点を左折しようとしたダンプカーにはねられた。平田君は頭を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認された。

 三重県警津署は、ダンプカーを運転していた津市高洲町、会社員辻谷隆容疑者(50)を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで現行犯逮捕した。容疑を同致死に切り替えて調べる。現場は信号のある交差点。(『読売新聞』2022.06.8)

■加害者が正当に裁かれる日まで死ねない

 事故から10日余り経ち、お父さんとお母さんは晴琉くんの遺品を返却されました。警察の配慮で、血液は洗い流されていましたが、あの日着ていた真っ白なポロシャツは、事故の衝撃と救護措置のためにボロボロになっており、まだ血痕も残っていて見るも無惨な状態だったと言います。

時間をかけて綺麗に洗われ、復元された晴琉くんの遺品は、桐箱に収められていた。事故時にかぶっていたヘルメットは激しく損傷している(筆者撮影)

時間をかけて綺麗に洗われ、復元された晴琉くんの遺品は、桐箱に収められていた。事故時にかぶっていたヘルメットは激しく損傷している(筆者撮影)

「加害者はバックミラーに自転車が映っていることを確認せずに左折し、衝突したことにも気づかず、自転車ごと晴琉をダンプの下に巻き込み、数メートルもひきずりました。自転車ごと倒されたときの恐怖、そのまま巻き込まれ、頭をつぶされた時の耐え難い痛みと絶望……。12歳になったばかりの晴琉が最期に見たのは、身勝手な運転をする違法改造のダンプだったのです。私はこの苦しみから逃れるために、晴琉を追いかけてこのまま死んでしまいたい衝動に駆られました。

 でも、せめて晴琉が大好きだった中学校の制服を元通りにしてあげようと思いました。血だらけで、獣のような悪臭を放っていた晴琉の制服を、何日も、何日も、何度も洗い、試行錯誤を重ねて、なんとか復元することができました。そして、これをやり切ると、今度は晴琉のためにも、『加害者が正当に裁かれる日まで死ねない』と思うようになったのです」

 しかし、刑事裁判の判決は、その思いを裏切るものでした。

フクロウが大好きだったという晴琉くん。将来は生物学者になる夢を抱いていたという(遺族提供)

フクロウが大好きだったという晴琉くん。将来は生物学者になる夢を抱いていたという(遺族提供)

■執行猶予の理由は、「殊更に悪質なものではない」

 事故発生から1年3カ月後の2023年9月27日、津地方裁判所(深見翼裁判官)は、過失運転致死の罪で起訴されていた辻谷被告に、禁固2年6か月執行猶予5年の判決を言い渡しました(検察官の求刑 禁固2年6か月)。

 判決文に記されていた「量刑の理由」、内容は以下の通りです。

『被告人は、本件当時、職業運転手であり、その業務として大型貨物自動車を運転し、信号機のある交差点を左折する際に、十分な安全確認をしなかったために、左方から横断歩道を渡ろうとしていた被害者運転の自転車に気付かなかったのであって、運転者として基本的な注意義務を怠ったといわざるを得ず、その過失は大きい。

 当時12歳であった被害者は、信号に従って横断歩道を自転車で横断していたものであり、特段の過失がないにもかかわらずその生命を奪われたものであって、本件における被害結果は重大である。被害者の父母がそれぞれ当公判廷で述べるように処罰感情が極めて強いことは十分に理解できる。

 加えて、被告人は、運転していた大型貨物自動車を改造していたところ、その一部は違法なものであったというのであり、交通安全に対する意識が十分であったか疑問がある。

 もっとも、被告人の過失は多きものではあるが、自動車の運転者であれば誰しも犯してしまう危険性を有している内容のものであって、例えば携帯電話等の運転に関係ない物を注視していた場合のような殊更に悪質なものではない。そうすると、本件は、被害者1名の過失運転致死の事案の中で特に刑事責任が大きいものとはいい難く、実刑に処するほかない事案とまではいえない。

 そして、被告人の勤務先が加入していた任意保険により賠償がされると見込まれること、被害者遺族の感情を和らげるには到底及んでいないものの、被告人が、職業運転手をやめた上、二度と自動車の運転をしないと述べるなどの諸事情を考慮すると、本件においては、検察官の求める刑に処した上で、その刑の執行を猶予するのが相当である』

■「二度と運転しない」そう言ったはずなのに

 この判決を読んだお父さんとお母さんは、怒りを抑えることができなかったと言います。

 そもそも本件は、青信号の横断歩道で起こった、被害者には何の落ち度もない一方的で不可抗力の蹂躙(じゅうりん)事故です。裁判官は加害者のダンプが違法改造車だったことも認めています。このような悪質な事案に対して、『被害者1名の過失運転致死の事案の中で特に刑事責任が大きいものとは言い難く……』などという評価を下してよいものなのでしょうか。

 それだけではありません。お父さんは判決後の加害者のある行為を、どうしても許すことができないと訴えます。

「執行猶予を付けた理由として、『被告人が二度と自動車の運転をしないと述べるなどの諸事情を考慮……』とあります。しかし、これは口先だけ。実は、加害者は何食わぬ顔で免許を再取得し、車の運転をしていることがわかっています。こんなことが許されていいのでしょうか。私はこれから始まる民事裁判の中で、この件についてもしっかりと訴えていくつもりです」

 民事裁判の第一回期日は、津地方裁判所で、明日、1月7日に予定されています。

 加害者が運転していたダンプの違法改造がいかに危険なものであったか、また、刑事裁判で述べられるうわべだけの「反省の弁」は、どこまで量刑に反映されるべきなのか、続く記事ではお父さんの訴えを取り上げたいと思います。

晴琉くんが小学6年のときに書いた作品。「晴琉はお友達や周りの人達に優しく接し、昆虫や爬虫類などの命も大切にしていました」お父さんは『生命』という文字を見ながらそう振り返る(遺族提供)

晴琉くんが小学6年のときに書いた作品。「晴琉はお友達や周りの人達に優しく接し、昆虫や爬虫類などの命も大切にしていました」お父さんは『生命』という文字を見ながらそう振り返る(遺族提供)