ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイトHP

ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルHP

娘のいない成人式 母が開封を決意した遺品… 【郡山駅前飲酒暴走19歳受験生死亡事件】から1年なぜ「安全確認窓」を塞ぐのか…。違法改造ダンプの左折巻き込み事故で中1死亡 父が執念の調査

2026.1.19(月)

Yahooニュースはこちら

娘のいない成人式 母が開封を決意した遺品… 【郡山駅前飲酒暴走19歳受験生死亡事件】から1年なぜ「安全確認窓」を塞ぐのか…。違法改造ダンプの左折巻き込み事故で中1死亡 父が執念の調査

「本当なら、今日が娘の成人式だったんです。娘の咲空(さら)は、『来年はお母さんの振袖を着て出席したいなあ』と言ってくれていました。私も、花の刺繡があしらわれた黄金色のあの晴れ着に、あの子が袖を通す日を楽しみにしていました。今年は歯学部一年生、きっと大学生活を楽しみながら、勉強も頑張っていたはずです。本当に、どうしてこんなことになってしまったんでしょう……」

 深いため息をつきながらそう話すのは、大阪府に住む、咲空さんのお母さんです。

 2026年1月12日、この日は全国各地で成人式が開催され、テレビやネットニュースではその華々しい式典の模様が繰り返し映し出されていました。そんな中、お母さんは、あえて事件のことを考えないよう、年末から年始にかけて仕事に没頭していたのだと言います。

「娘の机の上には、今も共通テスト、歯学部受験の参考書などが置かれたままです。将来の夢を綴ったノートには、『自分が小さい頃から歯の矯正を始めていたから、歯医者になって周りにも歯の矯正をしてあげたい』と書かれていました。

 本当に明るくて、まじめな子で、浪人中は365日勉強していましたね。亡くなった後、通っていた予備校の入退室の記録を見せてもらったのですが、毎日休むことなく、夜遅くまで通っていました。すでに私立の歯科大には特待で合格していたのですが、別の大学も受験する予定だったんです。夢の実現はもうすぐそこまで来ていたのに、あの日、あの男のせいで、すべて断ち切られてしまいました」

飲酒運転で赤信号無視を繰り返した暴走車に、19歳の若さで命を奪われた咲空さん。高校の修学旅行で訪れた沖縄の海で(遺族提供)

咲空さんが通っていた予備校の、亡くなる前月の入退室記録。歯学部への進学を目指して、休むことなく勉学に励んでいた(遺族提供)

咲空さんが通っていた予備校の、亡くなる前月の入退室記録。歯学部への進学を目指して、休むことなく勉学に励んでいた(遺族提供)

■大学受験当日、すべての夢を断ち切られて

 当時予備校生だった咲空さん(19)は、昨年1月22日、大学を受験するために訪れていた福島のJR郡山駅前で、突然、命を奪われました。

 お母さんはその朝の、咲空さんとの最後のやり取りを振り返ります。

「朝6時過ぎ、郡山駅前のホテルに宿泊していた娘から、『昼はコンビニでおにぎりを買って食べるから、買い物に行くついでに、駅前の店で朝ごはんを食べてくる』と電話がありました。この日は、朝食を済ませた後、いったん部屋に戻って支度をしてから、受験会場に向かう予定だったんです。

 朝食をとったお店からホテルまでは、わずか数十メートル。便利がいいようにと、駅に一番近いホテルをとっていたのに、娘は目の前の横断歩道を渡り切れませんでした。私は今でも、あのとき1分でも2分でも長く話していれば、と悔やまれてならないんです」

 あまりに悪質なこの事件、記憶している方は多いのではないでしょうか

 お母さんは悔しそうに語ります。

「加害者の池田怜平(当時34)は、勤め始めたばかりのラーメン店の歓迎会と称し、前夜から酒を飲んで泥酔。いったんは運転代行で帰宅したものの、『新しいパソコンを買ったばかりで早くデータ移行したい』という、どうでもよい理由で急きょUSBメモリを買いたいと思い立ち、酒気帯び状態にもかかわらず軽乗用車を運転して家を出ました。そして、タクシーと衝突しそうになった後、駅前通りの4か所で信号無視を繰り返した挙句、青信号の横断歩道を渡っていた娘を含む2名を死傷させるという、身勝手で危険極まりない犯行に及んだのです」

 防犯カメラに捉えられた暴走映像は、事件発生直後のニュース報道でも公開され、大きな衝撃を与えました。

咲空さんが幼稚園の七夕祭りでうちわに書いた願いごとは、『かぞくがしにませんように』だった(遺族提供)

咲空さんが幼稚園の七夕祭りでうちわに書いた願いごとは、『かぞくがしにませんように』だった(遺族提供)

■「行ってきます」と元気に出発した娘が、棺で帰宅するということ

 警察から事故の知らせが入ったのは、咲空さんとの電話からわずか1時間半後のことでした。

「まさか、少し前に話したばかりなのに……。私はとっさに理解することができず、すぐに咲空の携帯に電話をかけました。でも、応答はありません。大阪から郡山までの道のりは約800キロ、どれだけ急いでも最低5時間はかかります。すぐに準備をして、新大阪から新幹線に飛び乗り、東北新幹線に乗り継ぎました。そして、郡山駅からは警察の車に乗せていただき、病院に向かったのです。

 到着したのは午後2時過ぎだったと思います。対面した娘は生命維持装置につながれ、長い黒髪は剃られていました。血栓ができないよう処置したとのことでしたが、緊急手術の甲斐なく、私たちの到着を待っていたかのように死亡の宣告をされたのです」

 翌日、咲空さんの遺体は、仙台空港から伊丹空港に搬送され、大阪の自宅に帰り着きました。

 2025年9月10日、お母さんはこのときの遺族としての思いを、刑事裁判の法廷で次のように訴えました。

『大阪から遠く離れた福島へ受験に行き、元気に、『行ってきます』と言っていた娘が、数日後、棺で家に帰ってくる……、それがどんな気持ちか分かるでしょうか。池田被告は、ぶつかる直前に娘の姿を見てどう思ったのでしょう。娘がどんなに驚き、怖かったか。どんなに痛かったか。どんなに悲しかったか。どんなに無念だったか。

 今回の事故は、『事故』ではありません。私は池田被告に娘を殺されたと思っています。子供でも、お酒を飲んでスピードを出し、信号を無視し続けるような危険な運転をしたらどうなるか分かることです。身勝手な運転で人を死なせた人が、今後社会に出て免許を取得し、日常生活を送るなんて許せません』

■懲役12年でも到底納得できないけれど…

「酒気帯び運転で、複数の赤信号を殊更(ことさら)に無視して横断歩道に進入した」として、自動車運転死傷処罰法違反(危険運転致死傷)などの罪に問われた、郡山市在住の池田怜平被告(現在は受刑者)。弁護側は、「被告は飲酒や眠気の影響で注意力散漫になり、赤信号を見落としており、故意性はない」と、あくまでも「過失」による事故だと主張していました。

 しかし、福島地裁郡山支部(下山洋司裁判長)は、2025年9月17日、『本件は「赤信号を殊更に無視」という危険運転致死傷罪の要件に該当する』と判断し、池田被告に懲役12年(求刑・懲役16年)の実刑判決を下したのです。

 判決文では、被告が現場交差点に至るまでに、通過した複数の交差点でも信号無視を繰り返しており、その間、一切減速することなく、むしろ一貫して加速していたと認定。その上で、

『あえて無謀運転を継続した意思決定は、厳しい非難に値する』

『(被告は)終始不合理な弁解をし、真摯に事故と向き合っているとはいえない』

 さらに、被害者の無念さや遺族の精神的苦痛について、

『筆舌に尽くしがたいものであった』

 との言葉も明記されていまし

 しかし、量刑については、

『同種事案の量刑傾向を踏まえ、死亡被害者が1人である点などを鑑みると、最も重い部類の事案とまではいえない』

 と判断されたのです。

 お母さんは語ります。

「検察は懲役16年を求刑していたというのに、どうして4年も減らされなければならないのか、私はどうしても納得できなくて、検察に、『絶対に控訴してほしい』とお願いしました。でも、結局それは認められず、12年の刑が確定してしまいました。咲空の命が軽視されたようで、悔しくて、悔しくて、こんな酷い判決をした裁判官を訴えたいと思ったほどでした。

 でも、悪質運転で大切な人を亡くされた他のご遺族と交流を重ね、柳原さんともいろいろ話をする中で、懲役12年という今回の判決は、過去の危険運転事案を振り返っても相当重いということを知りました。それだけではありません、飲酒や赤信号無視などの危険な事案でも、危険運転致死傷罪で起訴されないケースが数多くあることを……。

 結局、自分の家族が被害者になるまでは他人事だったんですね。これだけ悪質で悲惨な事故が連日のように起こっているというのに、私自身、交通事故・事件がこんなに軽く扱われてきたという現実を、まったく知らなかったんです

■白いダウンコートに、黒いタイヤ痕が…

 2026年1月12日の成人式当日、私はお母さんと電話で何度かやりとりをしていました。そして、その日の夕方、突然LINEで送られてきた写真に驚きました。

 そこには、1年前のあの朝、咲空さんが身につけていた白いダウンコート、黒いスウェットスーツ、手袋、靴などが、広げられた状態で写されていたのです。

警察官が大阪の自宅まで届けてくれた咲空さんの遺品。衝突時に身につけていた白いダウンコートのほか、お守りも3つ見つかった。お母さんは成人式の当日、初めてそれを開封した(遺族提供)

警察官が大阪の自宅まで届けてくれた咲空さんの遺品。衝突時に身につけていた白いダウンコートのほか、お守りも3つ見つかった。お母さんは成人式の当日、初めてそれを開封した(遺族提供)

 実は、これらの遺品は、福島県警郡山署が血痕などを洗い流し、綺麗に折りたたんだ状態で、大阪の咲空さんの自宅まで届けてくれたたものでした。当初、お母さんはこれらが箱に収められたままの写真を私に送信し、

「見るのが怖くて、まだ、どうしても開封することができないんです」

 そうおっしゃっていました。

 それなのに、成人式当日に、なぜ……。

 晴れ着姿の新成人がテレビで映し出される中、彼女がどんな思いでこれらの遺品を取り出し、広げ、写真を撮って私に送ってこられたのか。それを思うと胸が詰まりました。

 私は、すぐにお母さんに電話をしました。

「遺品の箱、どなたと開封されたのですか」

「ひとりで開けました」

「おひとりで……」

「実は今日、咲空ととても仲のよかったお友達のご両親がお昼ご飯を届けてくださったんです。いろいろな思い出話をする中で、そのご家族が年末、大阪から遠く離れた福島の現場までわざわざ足を運んでくださっていたことを知り、本当にありがたいと思うと同時に、私も現実から目を背けてはいけないと、背中を押された気がして……。それで、今日は娘の成人式ですし、ひとつの区切りだと思って、お二人が帰られた後、遺品を開けようと決心したんです」

「そうでしたか」

「ダウンコートは一見綺麗に見えるんですけど、かなり切られていて、肩の部分には黒いタイヤ痕も残っていました。見てください、お守り、3つも持っていたんですよね……。

 でも、なんかね、娘の成人式の日に、こんな話をしていること自体が、もう、悲しいですよね」

■悪質な交通事犯が適正に裁かれるために

 刑務所に収監中の加害者は、知っているでしょうか。本来なら華やかな振袖に身を包み、成人として新しい門出となるはずだったこの日、切り刻まれ、タイヤ痕のついた娘の遺品と向き合わなければならなかった遺族の思いを……。

 お母さんは遺品の説明を終えると、毅然とした口調で、こう語ってくださいました。

「今、国では危険運転致死傷罪の基準値について議論されています。飲酒に関しては、呼気アルコール濃度が1リットル中0.5ミリリットル以上という案が出ているようです。しかし、娘の加害者は逮捕時、0.28ミリリットルでした。0.5未満であっても、酒気帯び運転というものがいかに危険な行為につながるか、ぜひ現実を直視していただきたいと、遺族の一人として強く思います。

 また、懲役12年という刑は、過去の判例から見れば確かに重いほうなのかもしれません。でも、私たち遺族は決してこの判決に納得しているわけではありません。

 加害者本人からも、親族からも、謝罪は未だに何ひとつありません。今後、娘の死を無駄にしないためにも、少しでも悪質な交通事件が減り、そして適正に裁かれるよう、できる範囲で声を上げていきたいと思っています」

 1月22日であの日から1年。福島県警は悪質な事故を食い止めるため、朝から現場付近で検問を行う予定だといいます。

 そして、お母さんは、家族とともに大阪から郡山駅前の事件現場を訪れ、初めての命日に花を手向けることにしています。

発生直後、献花が絶えなかったという現場。警察から遺品と一緒に送られてきた写真は、丁寧にラミネート加工が施されていたという(遺族提供)

発生直後、献花が絶えなかったという現場。警察から遺品と一緒に送られてきた写真は、丁寧にラミネート加工が施されていたという(遺族提供)