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【妊婦死亡事故】忘れ形見の赤ちゃんは、意識不明のまま8か月に「胎児も〝人″と認めて…」家族の思い

2026.1.26(月)

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【妊婦死亡事故】忘れ形見の赤ちゃんは、意識不明のまま8か月に「胎児も〝人″と認めて…」家族の思い

 2025年5月、愛知県一宮市の市道で、妊娠9カ月だった研谷沙也香さん(31)が、後方から来た軽乗用車にはねられ、2日後、死亡しました。

 事故直後、緊急の帝王切開で取り出された赤ちゃん・日七未(ひなみ)ちゃんは、「低酸素性虚血性脳症」と診断され、生まれた日から泣き声を上げたことも、目を開いたこともありません。小さな喉には人工呼吸器の管が通され、生後8カ月となった今は24時間の在宅介護を受け、意識不明のまま日々成長しています。

 あの事故から8か月。本日、1月26日午後1時30分から、名古屋地裁一宮支部で、加害者の児野尚子被告(50)に対する第2回公判が開かれます。

 裁判を前に、亡くなった沙也香さんの父親で、日七未ちゃんの祖父でもある水川淳史さんにお話を伺いました。

●参考記事(事故の概要)

我が子を抱くこともできず、妻は逝った… 出産目前の交通事故 帝王切開で生まれた子は今も意識不明(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース

事故の4日前、夫の研谷友太さんが撮影した沙也香さんの姿。健康に気を配り、赤ちゃんの誕生を心待ちにしていたという(家族提供)

事故の4日前、夫の研谷友太さんが撮影した沙也香さんの姿。健康に気を配り、赤ちゃんの誕生を心待ちにしていたという(家族提供)

事故当日、緊急の帝王切開によって取り出され、NICU(新生児集中治療室)を備えた別の病院へ救急搬送される際の日七未ちゃん。母親の沙也加さんは、2日後、我が子を抱くことも叶わず亡くなった(家族提供)

事故当日、緊急の帝王切開によって取り出され、NICU(新生児集中治療室)を備えた別の病院へ救急搬送される際の日七未ちゃん。母親の沙也加さんは、2日後、我が子を抱くことも叶わず亡くなった(家族提供)

<以下、日七未ちゃんの祖父・水川淳史さんへのインタビュー>

■2か月ぶりに会った孫・日七未ちゃんの現在

 1月9日、2か月ぶりに孫の日七未に会いました。

 日七未は現在、父親である研谷友太君の関東の実家で、ご両親にもお手伝いいただきながら24時間の在宅介護を受けています。

 ちょうど私が訪ねたとき、日七未が発熱していて調子が悪く、夜には訪問してくださった医師に点滴を入れてもらっており、とても心配しました。NICU(新生児集中治療室)にいるときは、いわゆる無菌状態だったわけですが、外へ出てくるといろいろな菌があって、今はそれらと闘いながら抵抗力つけているところなのでしょう。

 そういうことを何回も何回も繰り返して、一生懸命成長しているんだなということを感じました。

 24時間の在宅介護は本当に緊張の連続で大変です。父親の友太君は現在、育児休暇を取得中ですが、在宅介護に切り替えてからはほとんど外出していないと言っていました。日七未は人工呼吸器をつけていますが、たとえば、酸素濃度の調節は訪問介護士さんではできないんです。扱えるのは、医療資格のある者か親だけなので、夜中に異常を知らせるアラームが鳴ったら、結局、友太君が対応することになるわけです。

 本当に1分1秒たりとも気を許せない、ピリピリした時間が流れているというかんじです。

 友太君の育児休暇は基本的に今年5月までになりますが、日七未は保育園に入ることは出来ないですし、医療的ケア児を受け入れてくれる施設への入所も決まっていないため、今後どうなっていくのか心配しているところです。

愛知県一宮市の事故現場を見つめる研谷友太さん。沙也加さんはこの道を散歩中、後方から逆走状態で突っ込んできた軽自動車にはねられた(筆者撮影)

愛知県一宮市の事故現場を見つめる研谷友太さん。沙也加さんはこの道を散歩中、後方から逆走状態で突っ込んできた軽自動車にはねられた(筆者撮影)

■初公判から5か月、被害者家族としてのアクション

 初公判からもうすぐ5ヶ月が経ちますが、父親の友太君はこの間、日七未にかかりきりでしたので、亡くなった沙也香の父親であり、重い障害を負って生まれてきた日七未の祖父である私なりに、できる限りのことを続けてまいりました。

 以下に、これまでの取り組みや心境の変化をまとめさせていただきます。

【1. 事故の真相を整理し、伝えるための準備】

 娘の命と孫の人生を奪った本件事故について、被告人の供述内容、証拠、生活習慣、事故当日の状況を整理し、事実関係を正確に把握する作業を続けてきました。

 また、裁判で真実を明らかにするために、反対尋問の構成や論点整理など、具体的な準備も進めてきました。

【2. 意見陳述書の作成】

娘と孫の命の記録として、また社会に問いかけるための文書として、何度も消しては書き直し、涙を流しながら向き合ってきました。

【3. 国会議員・県会議員との面談と意見交換】

 事故の問題点や制度の課題を共有するため、国会議員や県会議員の方々とも面談し、意見交換を行ってきました。

 その中では、

●胎児が「人」として十分に扱われていない現行制度の問題

●妊婦と胎児が同時に被害に遭った場合の法的評価の不十分さ

●育休制度が今回のようなケースをそもそも“想定外”としており、家族が直面する現実に制度が追いついていないこと

 といった点を率直にお伝えしました。

【4. 家族・支援者との連携】

 家族や支援者と情報を共有しながら、裁判の進行や今後の見通しについて意見交換を重ねてきました。

【5. 孫の日七未の命を見守る日々】

 重度障害を負って生まれた日七未の命は、関東在住である日七未の父親の家族が、24時間体制で医療的ケアを続け、支えています。

 私は愛知県に住んでいるため、日常の介護には直接関われませんが、家族と連絡を取り合いながら、遠くから見守る日々です。

 この現実が、事故の重大性と社会制度の限界を日々突きつけています。

【6. 社会への発信と制度改善への願い】

 同じ悲劇を繰り返さないために、交通安全や司法制度の課題について学び、必要な改善点を自分なりに整理してきました。

 また、新聞・テレビ・雑誌などの取材を通して、娘と孫の命の重さや制度の課題を社会に伝える活動もしてきました。

気管切開を受けたころの日七未ちゃん(家族提供)

気管切開を受けたころの日七未ちゃん(家族提供)

■第2回公判を前に思うこと

 初公判からもうすぐ5ヶ月。悲しみと怒りの中で必死に立ち続ける時間でしたが、『娘と孫の命の重さを、社会に伝える』という目的だけは、ぶらさずに歩んできました。

 被告は未だに、「事故原因は覚えていない」と言い続けていますが、はたして、そんな言い訳が通るのでしょうか。

 初公判を傍聴された柳原さんもご存知の通り、被告人は法廷ではっきりと、「どんな罪も受け、償います」と述べました。にもかかわらず、第2回公判では、情状証人の証言が予定されています。「どんな罪も受ける」と言っておきながら、「刑を軽くしてください」というのでしょうか。

 1月26日、午後1時半から始まる第2回公判で、被告が何を語るのか、ぜひ注目していただきたいと思います。

沙也香さんのお腹の中で交通事故に遭い、受傷した日七未ちゃん。胎児に対する罪でも加害者を起訴するよう、夫の研谷友太さんが求めたオンライン署名は、約5か月で13万8052筆の賛同を集め、1月25日に終了した(家族提供)

沙也香さんのお腹の中で交通事故に遭い、受傷した日七未ちゃん。胎児に対する罪でも加害者を起訴するよう、夫の研谷友太さんが求めたオンライン署名は、約5か月で13万8052筆の賛同を集め、1月25日に終了した(家族提供)

★【署名活動終了に伴う御礼と今後について/研谷友太】

 この度は、たくさんのご協力とご助力を賜り、誠にありがとうございました。

 2026年1月25日12時をもちまして、署名の募集を締め切りました。

 最終的に、皆様の温かいご支援のおかげで、138,052名もの方々にご賛同いただくことができました。

 事故当初、私は突然妻を失い、元気に産まれてくるはずだった娘も数日生きられるか分からない状況で、生きる気力すら失い、ただ絶望の中にいました。

 しかし、一つひとつ高いハードルを乗り越えながら懸命に生きようとする娘の姿に、私は救われ続けてきました。

 妻は母として、お腹の娘を必死に守り、即死でもおかしくない状態でありながら2日間も頑張ってくれました。

 きっと「娘の誕生日を自分の命日にするわけにはいかない」という強い思いがあったのだと思います。

 私は、そんな強い二人の尊厳を守るために、できる限りのことをしようと決意し、署名活動を始めました。

 その結果、刑法上「胎児は人とみなされない」という考え方に強い違和感を覚える多くの方々から、「胎児は人である」という声をいただくことができました。

 これは、私一人の力では決して成し得なかったことです。

 改めて、心より御礼申し上げます。

 1月26日、皆様からお預かりした声を責任をもって検察へ届けます。

これだけ多くの声が集まったことは、この問題が私個人のものではなく、国として刑法を考えるべき課題であることを示していると感じています。

 この活動が、国の法制度を見直す一助となることを信じています。

 妻と娘の未来を奪われた悲しみ、喪失感、怒りは今も変わりません。それでも、戦いはこれからも続きます。

 引き続き応援いただけましたら幸いです。

 この度は、本当にありがとうございました。

(2026/01/25)