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遺族の悲痛な叫び「裁判官、納得できません!時速194キロ運転の末の死亡事故、これが危険運転じゃないなんて」

2026.2.6(金)

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遺族の悲痛な叫び「裁判官、納得できません!時速194キロ運転の末の死亡事故、これが危険運転じゃないなんて」

目次

1.一審で認められた「危険運転」が控訴審で振り出しに

2.高裁裁判官の要求は「ハラスメント」

3.弟は命を懸けて実証実験を行った唯一の人

4.現行法でも「危険運転」に問えるはず

「高裁判決から2週間の期限ぎりぎりになって、今朝(2月5日)、福岡高検が最高裁に上告したという連絡が入りました。福岡高裁で罪名を『危険運転』から『過失』に落とされ、懲役8年が4年半になったときには本当にショックを受けました。

 一審は裁判員裁判で、国民の意見を取り入れた判決であったにもかかわらず、高裁では検察側の証拠(走行実験や証人の証言など)をことごとく否定され、どうしても納得できませんでした。そんな私たち遺族の思いを受け止めてくださった高検に感謝するとともに、短い期間にもかかわらずオンライン署名に賛同して下さった方々、そして、ご支援頂いた多くの方々に御礼を申し上げます」

 そう語るのは、2021年2月9日、大分市の県道で時速194キロの車に衝突され命を奪われた小柳憲さん(当時50)の姉、長文恵さんです。

一審で認められた「危険運転」が控訴審で振り出しに

 本件については、すでに以下の記事で取り上げました。

一般道を時速194キロで爆走して死亡事故、なぜこれが「危険運転」じゃない 無謀運転の犠牲となった被害者の遺族が訴え「過失ではなく危険運転で裁きを」(2022.9.11)

【時速194キロ死亡事故】初心者なのに「加速時の圧迫感に感動」と法廷で語った被告の元少年、なぜ親は放任した(2024.12.6)

 5年間の主な経緯については、以下をご参照ください。

【大分/時速194キロ死亡事件の経緯】

●2021年

2月9日 衝突事故発生

5月7日 「自動車運転処罰法違反(危険運転致死)」の疑いで、被告(当時19)を大分家裁に送致。同家裁はその後、大分地検への送致(逆送)を決定。

●2022年

7月22日 大分地検、「過失運転致死」で加害者を起訴

8月14日 遺族が「危険運転」への訴因変更を求めて会見、署名運動開始

12月20日 大分地裁が「危険運転」への訴因変更を認める

●2024年

11月28日 大分地裁(裁判員裁判)、「進行を制御することが困難な高速度である」などとして「危険運転致死罪」を適用。懲役8年(求刑12年)の実刑判決を下す。その後、双方が控訴。

●2026年

1月22日 福岡高裁が一審判決を破棄。「『制御困難な高速度での走行』という構成要件を満たすには立証が不十分」などと指摘し、「危険運転」を見送り、「過失運転」で懲役4年6カ月の判決

1月26日 遺族側が要望書を最高検、福岡高検に提出。短期間で7万筆以上の署名を集める

2月5日 福岡高検が高裁判決を不服として最高裁に上告

 上記を見てもわかる通り、福岡高裁は、まさに本裁判を「振り出し」へと逆戻りさせたことになります。

実証実験が困難なため、遺族の支援者が作成した比較動画

 1月22日には、筆者も福岡高裁で判決を傍聴してきました。平塚浩司裁判長は、1時間以上にわたってとつとつと判決文の読み上げをおこない、危険運転致死傷罪の構成要件である「進行制御困難な高速度」について認めませんでした。

 その結果、遺族は再びこの事件を「危険運転致死罪」の土俵に上げるため、懸命な努力を強いられることになったのです。

 以下は、高裁判決からわずか4日後に、遺族(被害者の姉・長文恵さん)がまとめ上げ、福岡高検に提出した『陳述書』です。事故現場での実証実験についてのくだりと高裁への怒りについて綴られた箇所を一部抜粋して紹介します。

<遺族の『陳述書』より>

高裁裁判官の要求は「ハラスメント」

 私は一般道である事故現場で194キロの走行実験を懇願したことがあります。しかしながら、それは現実的には不可能です。加害者の車(*BMW2シリーズ クーペ)は廃車となっており、高級外国車の限定車で希少性のある車と伺っていますので入手困難です。

一般道で時速194キロで爆走し事故を起こした元少年が乗っていたBMW(遺族提供)

一般道で時速194キロで爆走し事故を起こした元少年が乗っていたBMW(遺族提供)

 また、国内で194キロで走行出来る一般道など存在しません。そこで、サーキットでの走行実験となったのだと思います。道路を封鎖してライトの照射実験はされております。

 ドライバーについては、プロドライバーや警察官でしたが、福岡高裁の判決が指摘するように、厳密に同条件で実証実験をやれと言うのであれば、加害者本人がやるべきです。そして、ほんのわずかなハンドル操作やブレーキ操作を実験し、本当に制御出来る高速度であったのか、私としても真実を明らかにして欲しいと思います。

 ただ、現実問題として、そのようなことができるとは思えません。

 福岡高裁の裁判官たちは、そのような実証実験を一般道である事故現場で行うべきという無理難題を、本気で考えておられるのでしょうか。そうだとすれば、証拠不十分として差し戻す方法もあったのではないかと思います。

1月22日、高裁判決の後に記者会見する遺族ら(筆者撮影)*写真は一部加工しています

1月22日、高裁判決の後に記者会見する遺族ら(筆者撮影)*写真は一部加工しています

 このような非現実的な要求をすることは、一般社会ではハラスメントといいます。実際には出来ないことを今さら指摘して、それが無いから証拠不十分だとして、大分地裁に差し戻すことさえせずに切り捨てるなど、これが日本の裁判官のあるべき姿とは到底思えません。果たして最高裁でも同じ考えなのか是非聞いてみたいです。

弟は命を懸けて実証実験を行った唯一の人

 私は一審で、「現場で唯一実証実験をやった人がいる」と話しました。それは、右折車側の弟です。

 この速度の衝撃は、今後も誰も試せないことです。その姿を裁判官たちにも直視して欲しいと思います。こんな高速度でなければシートベルトが千切れるなど起きません。車外に投げ出されることなく、車内に残っていたら命が助かっていたかはわかりませんが、身体に与える衝撃は全く異なったものと考えます。

事故で命を奪われた小柳さんが乗っていた車(遺族提供)

事故で命を奪われた小柳さんが乗っていた車(遺族提供)

 現場まで真っ直ぐ走ってきたからというだけで、制御出来ていたと、果たしてそのような解釈は正しいのでしょうか。

 加害者は右折車に気づいたとしても僅かなハンドル操作、ブレーキ操作を一切行っておりません。自らの危険を回避したことも考えられます。初めて乗った車ではなく、何度もスピード超過してきたと本人が供述しており、常習性がある極めて危険な行為を繰り返していた人物であることは明らかです。

 40日間で走行距離が4000キロです。仕事で車を使っていたわけではありません。普通の会社員が1日平均100キロ走れますか。時速50キロだと2時間かかりますが200キロ出せば30分です。車の特性は十分知って運転出来る経験値としては十分な走行距離です。

 この194キロを制御出来る速度として考えるのであれば、右折車が見えたなら故意にぶつかった。ブレーキを全く踏めてないので、もしも右折車を確認出来ていないなら、高速度により視野が狭まっていたという証拠になるのではないでしょうか。

亡くなった小柳さんの死亡診断書(遺族提供)

亡くなった小柳さんの死亡診断書(遺族提供)

 実証実験は叶わなくても、判決後に検察官がおっしゃっていたように、高性能なシミュレーターを使い、物理的観点からの検証は可能に思います。車の製造や開発に携わっている人のご意見も寄せられており、これが過失だとはあり得ないという声も聞かれます。法律の専門家には分からぬ、自動車工学の専門家のご意見も取り入れられたらと思います。差し戻して審理すべきことはたくさんあります。

現行法でも「危険運転」に問えるはず

 法改正がなされるまで、高速度類型の事故は直線道路において、この大分の事故の判例が先例となって良いのでしょうか。法制審が数値基準の試案が出されておりましたが、法改正が行われればその基準に該当することとなるのは明確です。

 目の前に見える法改正と現行法でこんなにまで差が生じることは到底納得出来ません。

 すでに事故に遭っている被害者がいます。遺族がいます。暴走運転による事故は、残念ながら数多く発生しています。法改正が実現するまでに、新たな被害者や遺族が生まれてしまうことは否定できません。このまま福岡高裁の判決が確定すれば、そういった被害者や遺族が、皆、社会常識からかけ離れた判決のために、泣かされてしまうことになります。

 また、数値基準が設けられてもそれ以下であれば、194キロでも過失なのだからと捜査を諦めることにも繋がります。絶対にこのままで終わってはいけません。

 これまでの大分県警や大分地検の捜査は並大抵のものではなかったと思います。それが、福岡高裁の判決で、この5年間が一瞬にして振り出しに戻りました。

現場で献花する遺族

現場で献花する遺族

 大分地検の被害者に寄り添い、なんとか相手を重い罪にという思いを私は知っています。現行法でもまだやれる可能性はあると思っています。是非、検察庁内でも議論して、上告していただきますよう切に願います。

 遺族を代表して陳述書を提出します。これは、遺族全員の願いです。

(「陳述書」の引用ここまで)

*****

 あの日から間もなく5年、遺族はまさに、「過失運転」と「危険運転」のはざまで揺らぐ司法の判断に翻弄され続けてきました。

 そして、当時19歳だった被告の男も、刑事処分が確定しないまま24歳になりました。

 なぜ、交通事故裁判では一般市民の常識が通用しないのか。

 ぶつかるまでまっすぐに走ることができれば、一般道で時速200キロ近い速度を出してもよいのか……。

 最高裁にはここで真っ当な判断を下してもらいたいと強く思います。