ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイトHP

ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルHP

息せぬ息子の名を叫ぶ父、自車の傷見て舌打ちする加害者 法廷でドラレコ再生【1歳児死亡事故裁判詳報】

2026.2.11(水)

Yahooニュースはこちら

息せぬ息子の名を叫ぶ父、自車の傷見て舌打ちする加害者 法廷でドラレコ再生【1歳児死亡事故裁判詳報】

2024年9月、高知東部自動車道を運転中、靴を履き替えようとしてハンドル操作を誤った車がセンターラインを突破。4人家族が乗った対向車を直撃し、1歳になったばかりの男の子が死亡、両親が重傷を負った。

この事故で起訴された男に対する第2回公判では、加害車、被害車双方のドライブレコーダー映像が法廷で公開され、衝突前後の被告のあるまじき行為が映し出された。驚愕の映像を目の当たりにした後、証言台に立った父親は何を語ったのか……。

本件の取材を続けるノンフィクション作家の柳原三佳がレポートする。

■旅行帰りの家族襲った、避けようのない事故

 2月4日、午前10時。高知地裁201号法廷で「過失運転致死傷罪」に問われている高知市の無職、竹崎壽洋(としひろ)被告(61)に対する第2回公判が開 かれました。

 

 本件事故の状況については、一昨年、以下の記事で報じました。

こうちゃんのいないクリスマス… 我が子失い、自身も重傷負った両親が「正面衝突」の瞬間動画公開(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース

 

 記事中でも紹介しましたが、まずはじめに法廷でも流された下の動画をご覧ください。これは、被害車のドライブレコーダーに記録されていたデータを、ご遺族が「多くの人に見てもらいたい」と、私に提供してくださったものでした。

 亡くなったお子さんの動画なども併せて編集していますが、被害者にとって本件事故がいかに避けようのないものであったか、その現実を突き付ける映像です。

■刑事裁判の法廷で再生された加害車のドラレコ映像

 この日、法廷にあらわれた竹崎被告は、まず被害者遺族である神農諭哉(かみのゆうさい)さん、彩乃(あやの)さん夫妻の方を向いて、深く一礼しました。そして、被告が着席すると、副検事によって、被告の妻と被告本人が事故から数日後、神農さんに宛てたという、「謝罪」とは言い難い内容の手紙が読み上げられました。

 

 続いて検察は、被告の車(クラウン・クロスオーバー)に搭載されていたドライブレコーダーの映像(前後)を、一部早送りしながら再生しました。

 事故当日、ゴルフ場の駐車場を出発してから飲食店に向かう予定だったという竹崎被告。車内のオーディオからはかなり大きなボリュームで矢沢永吉の曲が流されており、その音声も途切れることなく法廷に響いていました。

 

 被告の車は、高知東部自動車道のトンネルを抜け、徐々に事故現場へと近づいて行きます。前後の映像が同時に見られるよう編集された画面を再生しながら、担当副検事がこう言いました。

「まもなく、被告がシートベルトをはずし、車内に警告音が鳴るのが聞こえます」

 曲にかき消され、傍聴席からはその音が鮮明に聞き取れなかったのですが、被告は対面通行の自動車専用道路を走行しながら、あろうことか助手席のサンダルに履き替えようとシートベルトをはずして身体を大きく助手席に傾け、その際に、右手でハンドルをつかんでいたか、右手が触れたか、いずれにせよ、ハンドルを急激に右に切ったのです。

 その瞬間、車は中央線を突破し、対向してきた神農さんの車に正面から激突します。

 彩乃さんはその瞬間、ハンカチで目を覆い、涙を拭っていました。

 そして、加害車のドライブレコーダー映像は、衝突の衝撃を受けたせいか、いったん途切れたのです。

加害車に正面衝突され、フロント周りが大破した神農さんの車(遺族提供)

加害車に正面衝突され、フロント周りが大破した神農さんの車(遺族提供)

■「こうえい! こうえい!」現場に響く父の叫び声

 このとき、わずか数メートル先には大破した神農さんの車が停止し、現場は凄惨な状況になっていました。

 神農さんの車の後部座席で泣き叫ぶ長女(当時6)、チャイルドシートに座ったままぐったりとする1歳の煌瑛(こうえい)ちゃん、助手席では内臓を損傷した彩乃さんが意識朦朧の状態でうめき声を上げ、運転席の諭哉さんは一瞬意識を失いながらも覚醒し、自身の鎖骨や左手の骨が折れていたにもかかわらず、即座に子どもたちの救出にあたっていたのです。

 

 衝突から約16分後、矢沢永吉の曲とともに、再び加害車のドライブレコーダーは復活し、事故直後の現場を記録し始めます。法廷には、現場に近づく緊急車両のサイレンの音とともに、「こうえい!」という諭哉さんの悲痛な叫び声が響いていました。

 心肺停止状態となった煌瑛ちゃんを何とか救おうと、必死で人工呼吸と心臓マッサージをしながら救命活動を行う諭哉さんの声が、被告のドライブレコーダーにしっかりと記録されていたのです。

■被害者を救護せず、自車の損傷をのぞき込む加害者

 そのときです。被告の車の前に、白いタンクトップを着た一人の男の姿が映し出されました。白髪のその男は、不満げな顔で舌打ちし、何か文句めいた言葉を発しながらフロント部分の損傷を覗き込んでいます。

 実は、この人物こそ、竹崎被告でした。

 事故車のガラス片や部品が散乱する現場、そのすぐそばで、命が消えそうな幼子が横たわり、父親が半狂乱で我が子の名前を叫び続けているというのに、加害者本人はそちらへ駆け寄るどころか、救護する気配も、気に留める様子もまったくなく、ただ自分の車の傷だけを気にしているのです。

 この映像を詳細に確認した彩乃さんによれば、竹崎被告は自車の車室内をのぞきながら、「もー、ぐちゃぐちゃや、コレ!」と、苛立ったような声も発していたと言います。

 その自己中心的で非常識な行動に、第三者である私も言いようのない怒りが込み上げました。被告のこうした行為は、まさに「救護義務違反」にあたるのではないのでしょうか。

 

 加害車のドライブレコーダーの次は、被害車のドライブレコーダーに記録された映像(冒頭で紹介した動画の一部)も映し出されました。

 正面衝突の映像が流れた瞬間、竹崎被告はため息をつきながら、うなだれるようにうつむきました。自身が運転する車が、突然、中央線を突破するあの場面を見て、いったい何を思ったでしょうか。

諭哉さんが座っていた運転席。衝突の衝撃でエアバッグが展開していた(遺族提供)

諭哉さんが座っていた運転席。衝突の衝撃でエアバッグが展開していた(遺族提供)

■父親・諭哉さんが「証人尋問」で語ったこと

 双方のドライブレコーダー映像が約30分にわたって流された後、亡くなった煌瑛ちゃんの父親であり、自らも重傷を負った神農諭哉さんが証言台に立ちました。

 以下、法廷でのメモをもとに尋問の一部を抜粋して紹介します。

 

【衝突直後の様子】

 意識が戻った瞬間、右の鎖骨が折れていることがわかりました。左手の指もおかしな方向に向いていたので、折れていると思いました。自分は左利きなので、利き手は左手です

 助手席で意識を失っていた妻は、意識が戻ったり、痛いとうなっていたりしていました。長女は、「痛い、ママー!」と叫んでいました。

 ただ、息子の声だけは何も聞こえませんでした。チャイルドシートは後ろ向けにつけていました。

 

 被告人が私たちを助ける様子は一切ありませんでした。助けに来てくださった他の人たちが、「何をしているんだ!」と言っていましたが、被告は離れた場所に立って誰かと話をしていました。自分のところに助けに来ることはありませんでした。

【煌瑛ちゃんの死と、9日後の葬儀】

 煌瑛と一緒に(ドクターヘリで)病院に搬送されました。心臓が止まっていた息子は、開胸され、医師が直接心臓マッサージをしていました。僕は小さな心臓を、生で見ました。

*参考記事

「息子の胸は切り開かれ、小さな心臓が見えて…」父の悔恨と怒り ドラレコ映像公開【高知正面衝突事故】(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース

 

 長女はそのとき、レントゲン検査を受けていました。

 そのときはもう、『自分の体なんてどうでもいい、自分は亡くなってもいいから息子だけは助かって欲しい』と思いました。正直、時間の感覚はあまりないです。

 

 妻は内臓を損傷し、緊急手術を受けました。対面したときは体中アザだらけでものすごく痛々しかったです。

 妻には僕から煌瑛が亡くなったことを告げました。妻も受け入れることが全くできず 2人で泣きながら話しました。「守ってやることができなくて本当に申し訳ない」と、僕は謝り続けました。「なんでこうちゃんが……」と、親族もみんな泣いていました。

 看護師さんがベッドの妻の横に亡くなった煌瑛を置いてくださいました。夏ということもあり、遺体をきれいな状態で保存するためにはそれほど長い時間置くことはできませんでした。

 

 葬儀は事故から9日後に執り行いました。とてもじゃないけれど、妻が動ける状態ではなかったからです。

 ただ、僕自身、母親が出られない葬儀だけは許されないと思ったので、多少無理をしても日を伸ばして葬儀をしたのです。

 煌瑛は眠っているようなかんじでした。けれど、死後日数が経っているので様子は少し違いました。それでも僕たちにとっては最愛の息子です。

母の回復を待ち、事故から9日後に営まれた煌瑛ちゃんの葬儀(遺族提供)

母の回復を待ち、事故から9日後に営まれた煌瑛ちゃんの葬儀(遺族提供)

 

【家族3人の後遺症について】

 左手が今も思うように動きませんのでリハビリをしています。鎖骨のほうは、昨年11月にプレートを抜く手術をしました。

 妻は事故後、高知の医療センターから大阪の病院へ転院しました。お腹の傷が壊死していたので、再入院をして処置をしました。

 娘は事故後、シートベルトの跡がなかなか消えなかったのですが、心の傷が誰よりも大きかったと思います。小学校で、命に関する授業のときに泣いてしまって、道徳の授業は保健室で別行動をしています。

【被告からの連絡】

 被告と電話で話したとき、背後でテレビの音やお茶を入れる音がしているのが気になりました。電話では、「事故の後、体が痛くてゴルフに行ってない」とか言っており、反省している様子は感じられませんでした。

 竹崎さんは「事故のことは、覚えていない」と言っていたので、「思い出したら教えてください」と言いました。

 僕はできることなら人を恨みたくないと思っています。

 

 僕たちが入院中に渡された手紙は、自分勝手な内容だと思いました。「償い」という言葉が書かれてはいるけれど、具体的にどう償うのかが書かれていないので、僕にはわかりません。

 被告の妻からの手紙には、『ご寛容のほど……』とありましたが、事故から数日後にどうしてそんな言葉や『ご冥福を祈る』などと書けるのか、理解できませんでした。

 

 妻は今も気分の落ち込みや、フラッシュバックがあります。息子の遺骨の前で涙を流したり、対向車とすれ違うときなどは、急性ストレス反応でパニックになったりします。

 自分も脳裏に事故直後のあの映像がよみがえって寝られないため、薬をもらっています。

 

【被告の行為と刑罰について】

『運転支援システム』を悪用してこんなことが許されてはいけない、という強い気持ちで活動をしています。

 結局、自分勝手なんじゃないでしょうか。事故を起こしながら助けにも来ないで自分の車の損傷だけを確認している、そんな人間だから、結果的に自分勝手な行動をし、このような結果につながっているのです。

 とにかく、現行法で一番重い刑を下して欲しいと思います。

 

【遺族への誹謗中傷について】

 第2回公判の前日までに、約16万8,000筆の署名が集まり、提出しました。しかし、署名活動をしたり、メディアで取り上げられたりすることで、誹謗中傷があるのも事実です。

 「1人減ったから、生活費が浮くね」

 「保険金、入ってくるね」

 「もうひとり生めば?」

 こちらの状況を何も知らずに書き込むなんて、こんなのが許されてはいけないと思います。

 一方で、たくさんの人たちの応援もいただいています。16万8000人の声を代表して、僕自身は、この先こういったことがないように世間に訴えていきたい。大きく言えば、日本にとってプラスになる行動をしていきたいと思っています。以上です。

(*法廷での証人尋問抜粋、ここまで)

裁判を負え、高知地裁の前で煌瑛ちゃんの遺影を手にする母の彩乃さん(筆者撮影)

裁判を負え、高知地裁の前で煌瑛ちゃんの遺影を手にする母の彩乃さん(筆者撮影)

 

 第2回公判終了後、高知県庁で記者会見が開かれました。

 この日の会見の模様と、加害車のドライブレコーダーを徹底検証した母親の彩乃さんのお話は、改めて別の記事でレポートする予定です。

 

 第3回公判は4月13日、竹崎被告への尋問が予定されています。