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20年目の現場に花を手向けて…【高知白バイ事件】翻弄された当事者の人生と、今も続く真相糾明

2026.3.20(金)

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20年目の現場に花を手向けて…【高知白バイ事件】翻弄された当事者の人生と、今も続く真相糾明

「この場所には、何度も足を運びました。事故から10年間は、女房と毎年献花を続けてきました。でも、いまだに信じられんのです。どうしてこんなことが起こってしまったのか……」

 白い花を手に、静かな口調でそう語るのは、元スクールバスの運転手・片岡晴彦さん(72)です。

 2026年3月3日、この日私は、片岡さん、そして、片岡さんの支援者の一人であり、警察の裏金問題を現職当時から告発されてきた元愛媛県警の仙波敏郎さん(77)とともに、高知県吾川郡の事故現場に足を運びました。

 20年前のこの日、この交差点で事故は起こりました。

 卒業遠足のため、中学生22名と教師3名を乗せたスクールバスと白バイが衝突。白バイに乗っていた高知県警の交通機動隊員(26)が死亡したのです。

事故直後の現場(片岡さん提供)

事故直後の現場(片岡さん提供)

■バスは止まっていたはずなのに、ブレーキ痕が…

「高知白バイ事件」と呼ばれているこの交通事故については、これまでさまざまなメディアで報じられてきたのでご存じの方も多いでしょう。

 スクールバスに乗っていた生徒や教師は、「衝突直前、バスは止まっていた」と証言し、運転手の片岡さんも、「右折するために停止していた」と一貫して供述していました。しかし、事故から約半年後に片岡さんが見せられた1枚の写真には、黒々としたバスのブレーキ痕が写っていました。つまり、”バスが急ブレーキをかけた”証拠だというのです。

事故から約半年後、片岡さんが初めて目にしたというバスのスリップ痕(片岡さん提供)

事故から約半年後、片岡さんが初めて目にしたというバスのスリップ痕(片岡さん提供)

 実は、片岡さんは事故直後の実況見分時にこのブレーキ痕を見ていませんでした。実際に、調書の中には、バスから降りてこの痕跡を指さし確認している写真は1枚もないのです。 

 しかし、この証拠をもとに、警察や検察は、バスが国道へ飛び出したことによる事故と判断。裁判所も、業務上過失致死罪で起訴された片岡さんに対して、禁錮1年4か月の実刑判決を言い渡したのです。

■なぜ、実刑判決を受けなければならなかったのか

 私はこれまで、数多くの交通事故を取材してきました。青信号の横断歩道で歩行者をはねて死亡させたり、相当な速度違反で重大な事故を起こたりしても、多くのケースで執行猶予付きの判決が下されています。

 そんな中、前科前歴もなく、ましてや目撃証人の多くが「バスは止まっていた」と証言している本件で、なぜ、運転手の片岡さんは実刑という厳しい刑を受け、1年4か月もの間、刑務所に収監されなければならなかったのか……。

 当時、このバスに乗っていた複数の生徒たちから、まっすぐな目で。

「ハルさん(片岡さんの愛称)は絶対に悪くありません。バスは止まってたんです!」

 という訴えを聞いていた私は、この事故の捜査や判決にどうしても納得できず、心の奥に割り切れない思いを抱えてきました。この事件の詳細を知る人は、きっと皆そうだと思います。

 しかし、本件は片岡さんが求めていた再審(裁判のやり直し)について、すでに最高裁が認めない決定を下し、ふと気づくと20年という歳月が流れていたのです。

20年前の事故現場に立ち、当時を振り返る片岡さん(右)と仙波敏郎さん(筆者撮影)

20年前の事故現場に立ち、当時を振り返る片岡さん(右)と仙波敏郎さん(筆者撮影)

■亡くなった白バイ隊員と遺族への思い

 一貫して「バスは止まっていた」と訴えてきた片岡さん。しかし、この事故で若くして亡くなった白バイ隊員への哀悼の気持ちを忘れないその姿は、私が初めて片岡さんから連絡をいただいた日から変わっていません。また、片岡さんは当初から、遺された隊員のご家族にも思いを馳せてこられたのです。

 片岡さんは語ります。

「20年経っても、そのことは思い続けています。この事故で亡くなった白バイ隊員には、当時1歳9カ月の双子のお子さんがいたそうで、僕は奥さんと幼い子どもたちが気の毒で、自分がどうなってもいいから遺族がなんとかうまくいくようにしてあげてほしいという気持ちがあったんです。

 でも、まさか、そういう気持ちで示談した後に、事故の状況まで捏造され、刑事裁判で実刑という厳しい結果が出るとは思っていませんでしたね」

 業務上過失致死罪で起訴された直後、私は片岡さんに、

「警察組織を相手に無罪を主張するなら、一審判決が出る前に世の中に公表してでも、この事故の捜査のおかしさを訴えるべきだと思います」

 そう進言していました。でも片岡さんは、白バイ隊員の遺族を気遣い、その時点でのメディアへの公表を控えられたのです。

 今思えば、そうした片岡さんの優しさが、結果的に裏目に出てしまったのではないか……、そんな気がしてならないのです。

■出所後はさまざまなアルバイトを掛け持ちして

 この事故によって免許取り消しの行政処分を受けたことは、スクールバス運転手として一家を支えてきた片岡さんの人生に大きなダメージを与えました。

「私は当事者なので仕方がないのですが、家族には本当に苦労をかけたと思います。大型や二種の免許を取り上げられ、運転手という仕事を失い、まさに、手も足も取られたようなかたちで、どうしたらいいかわかりませんでした。

 それでも刑務所から出所した後は、友だちが親身になって就職口をいろいろ探してくれて、女房には朝晩の送り迎えもしてもらって、何とか生計を支えてきました。

 新聞配達をさせてもらうようになって、もう15年くらいになりますね。原付や普通免許を再取得してからは、水道メーターの検針、弁当の配食、デイサービスの送迎、そのほか、介護施設の宿直においてもらったり、とにかくいろんな仕事を掛け持ちしながら、おかげさまで20年かけてようやくここまできたという感じです」

 20年が経過した今も、もう一度再審請求ができないか模索してくださっている法律家の方々、工学的な鑑定書を独自に作成してくださっている方々など、この事故の捜査に疑問を抱いている方は多数おられます。

 事故当時52歳だった片岡さんは、現在72歳。誠実に生きてきた一人の運転手とその家族の人生が、もし「証拠ねつ造」という行為で破壊されたのだとしたら、それは到底許されないことです。

 捜査の過程で何が行われたのか、この事故の真相はどこにあるのか……。当時の事情をご存じの方、情報をお持ちの方はぜひお力をお貸しください。本件を風化させ、このまま終わらせてはならないと、20年目の現場に花を手向ける片岡さんの姿を見て、改めてそう思っています。

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20年前、白バイ隊員が死亡した現場交差点を見つめる元運転手の片岡晴彦さん(筆者撮影)