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事故車ではない写真が、なぜ裁判に? 被害者の父が訴える損保会社への怒り

2021/5/13(水)

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事故車ではない写真が、なぜ裁判に? 被害者の父が訴える損保会社への怒り

事故車ではない写真が、なぜ裁判に? 被害者の父が訴える損保会社への怒り

■この『無傷』の自転車は、いったい誰のモノなのか?

 まずは、自転車を撮影した以下の2枚の写真(A)と(B)をご覧ください。

<写真A> 東京海上日動が「被害車」として扱い、裁判にも証拠提出された無関係の自転車の写真(合田さん提供)

<写真A> 東京海上日動が「被害車」として扱い、裁判にも証拠提出された無関係の自転車の写真(合田さん提供)

<写真B> 警察が撮影していた実際の被害者の自転車(合田さん提供)

<写真B> 警察が撮影していた実際の被害者の自転車(合田さん提供)

 前カゴの色、かたち、フレームの形状が全く違います。
 さらによく見ると、上(A)の自転車の前輪はほぼ無傷ですが、下(B)の前輪はかなり変形していることがわかります。

 もはや、「間違いさがし」のクイズにもなりませんが、この2枚は別の自転車を写したものだということが一目瞭然でしょう。

 ところがこの写真、ある交通事故の裁判で、信じられない扱いがなされていたのです。

 被害者の父親で、香川県観音寺市の行政書士、合田陽一さん(71)はため息をつきながら語ります。

「実は、被告側が『原告(娘)の自転車写真』として裁判所に証拠提出したのは、東京海上日動が被害車両として作成していた上の(A)でした。しかし、娘が事故のとき実際に乗っていたのは、前輪が曲がっている下の(B)の自転車だったのです。被告側は、ほとんど接触もしていないような、極めて軽い事故に仕立てたかったのでしょうか。もし、裁判を起こしていなければ、被害者側は何もわからないまま終わっていました。そもそも、裁判の場で、こんなことがあっていいのでしょうか……」

 事故発生から7年が経とうとしていますが、この裁判は今も高裁で係争中です。

被告側が裁判に提出した証拠一覧表。一番下が問題の「原告自転車」の写真を示す記載。作成者は「不明」とされているが、作成の日付は事故から18日後だ。いったい誰の自転車だったのか(合田さん提供)

被告側が裁判に提出した証拠一覧表。一番下が問題の「原告自転車」の写真を示す記載。作成者は「不明」とされているが、作成の日付は事故から18日後だ。いったい誰の自転車だったのか(合田さん提供)

■『非該当』と判断された次女の後遺障害

 合田さんの次女・安里さん(当時29)が事故に遭ったのは、2014年8月1日、午前9時前のことでした。現場は高松市内のT字交差点。左方向から直進してきた乗用車と、自転車に乗って左折しようとした安里さんが出合い頭に衝突したのです。

 安里さんは乗用車のボンネットに乗り上げた後、前方に飛ばされて道路に叩きつけられました。その衝撃で、主に身体の右半身にダメージを受け、右膝、股の打撲・捻挫、右肩、肘の打撲捻挫、頸や腰椎の捻挫などの傷害を負いました。通院して治療を続けましたが、事故から半年たっても身体の不調は改善しなかったようです。

 合田さんは振り返ります。

「娘は事故以降、体調や精神状態が目に見えて悪化していきました。ひどいときには連続して10分以上歩けなくなってしまい、特に右膝が上手く曲がらないため、和式のトイレも使えなくなりました」

 事故から7か月後、症状固定と診断された安里さんは、高松市の大きな病院で後遺障害があると診断されました。そして、医師が作成した「後遺障害診断書」を自賠責保険の「事前認定」書類として、被告側の保険会社である東京海上日動に提出しました。

 ところが、東京海上日動から戻ってきたのは、「非該当」という通知、つまり、今回の事故では、安里さんに後遺障害は認められないという判断でした。

■任意保険会社が行う『事前認定制度』とは何なのか?

 ここで、人身事故の経験のない方にはほとんどなじみのない「事前認定」という用語が登場しましたので、簡単に説明しておきたいと思います。

「事前認定制度」とは、加害者側の任意保険会社が、被害者に対して自賠責と任意保険を一括して払う場合に、損害額や後遺障害の有無、重過失減額の有無などを、事前に自賠責保険会社に確認しておく照会制度のことをいいます。

国土交通省、自賠責保険ポータルサイト

国土交通省、自賠責保険ポータルサイト(https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/jibai/kind.html)より

 以下、国土交通省が出している『交通事故にあったときには』という冊子のP.22から、「一括払い制度」についての解説を抜粋します。

多くの場合には、加害者が自賠責保険(共済)のほかに自動車(任意)保険にも加入しており、交通事故の際に、被害者の方が加害者に対して請求したり、自賠責保険(共済)の被害者請求をしたりすることなく保険金(共済金)を受け取ることができるよう、任意保険の損害保険会社(組合)は被保険者に対して支払責任を負う限度において、加害者に代わって自賠責保険の保険金を含めてお支払いすることがあります。これを任意保険会社が一括して賠償金を支払うことから、一括払制度と言われています。

 被害者は病院から受け取った後遺障害診断書を加害者側の任意険会社に提出するだけで、あとは任意保険会社が「損害保険料率算出機構」「自賠責損害調査事務所」等に確認をとり、支払いまでの手続きや加害者側との示談を代行してくれるというものです。
 被害者にとっては煩わしい手続きをせずに保険金が受け取れる点では便利な制度といえるでしょう。

 一方で、事前認定の際にどんな資料が添付されているかが被害者には見えないため、被害者としては納得できない結果が返ってくることも珍しくないのが現状です。

 合田さんは語ります。

「自賠責とは交通事故の被害者を救済するために国が定めた保険制度です。なぜ、大病院の医師が書いた診断書が、事前認定の書類審査で一方的に却下されるのか……。その理由もわからず途方に暮れながら、異議申し立てを2回繰り返しましたが、いずれも『お支払い不能の通知書』が届くだけ。仕方なく紛争処理機構に申し立てをしましたが、ここでも医師の診断書は却下され、後遺障害等級はおろか、事故から8か月を越えた後の支払いは0円というものでした」

▲自動車保険料率算出機構の冊子から事故処理の流れの図

▲自動車保険料率算出機構の冊子から事故処理の流れの図

■自転車の写真は捏造されていた?

 仕事に就くこともできず、精神的にも経済的にも追い詰められていく娘を見ながら、何とかしなければならないと思った合田さんは、事故から4年後、事故の相手に損害賠償を請求する裁判を高松地裁に起こしました。

「しかし、被告側は娘の訴える後遺障害について、『本件事故によるケガが軽傷であったことは明らか』『本件事故との相当因果関係はない』『CT等の画像に写る傷害は、全く別の原因によって生じたものだ』といった反論をしてきました。これを見た娘は大きなショックを受け、さらに情緒不安定となり、家からほとんど出られなくなってしまったのです」(合田さん)

右半身に障害が残ったと訴える安里さん自筆の自認書(合田さん提供)

右半身に障害が残ったと訴える安里さん自筆の自認書(合田さん提供)

 被告側から裁判所に証拠として提出されていた乙14号証(原告自転車の写真)が、この事故とは全く無関係の自転車だったことが発覚したのは、提訴から数か月後のことでした。

 その事実に気づくのが遅れたのは、安里さんが乗っていた自転車がレンタサイクルだったという事情もありました。

「検察庁へ出向いて警察が作成した調書の写真を閲覧し、その事実が判明したのです。今思えば、こちらの代理人が事前に本物の写真を取り寄せておくべきだったのですが、それもされないまま裁判が進んでいたのです」(合田さん)

 ちなみに、被告側が提出した証拠の一覧表によれば、無関係の自転車を撮影した写真(A)は、事故から18日後に撮影されたもので、作成者は「不明」と記載されています。

 誰が撮影したのか、何を撮影したのかもわからない写真が、被害者に見えないところで『被害車両』として独り歩きをし、「軽微な事故」と判断されていた、ということです。

 そして、このニセ写真は、結果的に裁判に証拠として提出されていたのです。

■虚偽の写真を提出した被告側代理人による意味不明の弁明

「裁判所に提出されている事故車の写真は、本件とは全く関係のない別の自転車だ」

 原告の合田さんから追及を受けた被告側の代理人はその事実を認め、2019年2月26日付けの準備書面で次のように弁明しました。

<被告側代理人から提出された準備書面より>

 被告側任意保険会社(筆者注*東京海上日動)に事実関係の確認をしたところ、以下の経緯により、被告訴訟代理人において事実関係の整理が十分にできていなかったことが判明した。

1)原告が運転していた高松市のレンタサイクルが損傷

2)自転車店は、修理不能の為、代替品を納品するとのことであり、事故車両の現物確認ができなかった

3)被告側任意保険会社担当者において事故車両とは異なる同等品であるが、どのような形態の自転車であるかを確認する意味で撮影。

 したがって、乙14号証(*自転車の写真)は原告自転車とは異なる車両の写真であるため、この点について証拠説明書の立証主旨を「原告運転自転車と同等車両の形状」と訂正する。

 なお、被告においては、原告自転車の損傷状況に基づく主張はしておらず、損害額及び過失捜査に関する被告の主張内容に変更はない。

 合田さんは、意味不明のこの回答に、さらに怒りが湧いたと言います。

「『事故車両と異なる同等品』? そんなモノの写真が、いったい何のために必要なのでしょう。被告側は自転車の損傷状況に基づく主張はしていないと言いますが、無傷のあの写真を見れば、極めて軽い事故だったという印象を裁判官に与えるのは必至です。実際の自転車は、前輪があれほど歪んでいるというのに……。何より、裁判に虚偽の証拠を提出したことについて、一言の謝罪も、ペナルティもないのでしょうか」

 しかし、2021年2月19日に高松地裁で下された一審判決は、合田さん側の請求を棄却するものでした。
 判決文では、被告側が提出した証拠写真の誤りには触れたものの、『当該釈明に不合理な点はなく、被告があえて虚偽の証拠を提出したものとは認められない』として、慰謝料の増額なども認めませんでした。

 合田さんは即控訴し、現在は高松高裁で審理されています。

事故から4年後、現場で再検証に応じる安里さん(合田さん提供)

事故から4年後、現場で再検証に応じる安里さん(合田さん提供)

 裁判に全く関係のない自転車の写真が証拠として提出されたのはなぜなのか。そもそも、別の写真と誤認して入れ替わったのなら、安里さんが乗っていた自転車の写真はどこにあるのでしょうか。

 そこで私は、被告側の任意保険会社である東京海上日動の広報部に質問し、以下の回答を得ました。

Q.  実際の被害車両(自転車)の写真は撮影したのか。

A. 本件確認しましたが、当方では被害自転車の写真は撮影していません。被害自転車の写真は甲29号証として被害者様の方から高松地裁に提出されています(そのため、裁判所が誤った情報を元に判断しているという点は考えにくいとは思料いたします)。

Q.自賠責の請求(求償)時に、(自賠責の後遺障害等の査定を行う)調査事務所に提出した書類の中に、自転車の写真(A)はあったのか

A.自賠責の請求手続きにおいて自転車の写真は提出しておりません。

Q. 医師(東京海上日動の顧問医)の診断に関して、自転車の写真が誤っていたことは関係しているのか。

A. 医師に自転車の写真を提出しておりませんので、診断に関係しているというのはやや難しいかと思っております。

Q. 一般論として、裁判上で異なった写真が提出され進んでしまっている中で、途中で写真が違うものだとわかった際には、どのような対応になるのか

A. 一般論としては立証趣旨を訂正するか、証拠自体を撤回することになります(今回は立証趣旨を訂正しています)。一般的には今回のように写真に写っている自転車が被害車両ではないことさえ明らかになっていれば、事故態様、過失割合の認定、被害者のケガの程度や損害認定について、裁判官の事実認定に影響を及ぼすことは考えにくいと思料しております。

 東京海上日動の上記回答を見た合田さんは、到底納得することができないと言います。

「無傷の自転車の写真が、障害認定にまったく影響を及ぼしていないと言われても、こちらとしては信じることはできません。この事故は、後遺障害等級の事前認定においても、異議申し立てにおいても、『極めて軽微』と判断され、事故から4年にわたってことごとく非該当とされてきたのです。そもそも、障害と事故の因果関係が問題になっている事案で、査定担当者や顧問医が事故車の写真を一度も見ないで『非該当』などと判断することが許されるのでしょうか」

■証拠写真も、交通事故証明もデタラメ、何を信じてよいのか……

 実はこの事故、警察が当初作成した「交通事故証明書」もデタラメでした。記載されていた相手側の自賠責の会社名も、証明書の番号も間違いでした。

 この件について、香川県警交通指導課は、

『記載内容の異なる交通事故証明書が2通ある理由につきましては、事故発生当初の記載内容に誤りがありましたことから、その後、内容を訂正しました』

 と回答してきました。

 では、なぜこのような誤りが発生したのか? 追加質問しましたが、

『当時の担当者から聞き取り等を行いましたが、経緯等は判明いたしませんでした』

 と答えるのみでした。

神奈川県警からの2度目の回答書(合田さん提供)

神奈川県警からの2度目の回答書(合田さん提供)

 交通事故証明書の誤記と自賠責の査定との関係は不明ですが、被害者としての不信感が高まるのは当然のことでしょう。

「被害者の症状を直接調べもせず、ニセの写真を資料に添付して、一方的に軽微な事故と判断し、医師の診断書を安易に却下する……、こんなことがまかりとおる自動車保険の査定や裁判には、本当に憤りを感じます。自賠法が掲げる被害者救済の理念さえ真っ当に守られていれば、もっと早くに解決し、娘のように泣き寝入りする被害者は出ないはずです。百歩譲って、今回の出来事がケアレスミスだとしても、長期間にわたって、被害者にまったく見えないところでこんなずさんなことが行われているという現実を、ぜひ皆さんに知っていただきたいと思います」

 合田さん親子の訴訟での闘いは、現在も継続中です。

検察庁で謄写した実際の事故車。前輪が変形している(合田さん提供)

検察庁で謄写した実際の事故車。前輪が変形している(合田さん提供)