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大型バイクで死亡事故、加害者が任意保険に未加入だったら

バイク保険の加入率は5割以下、自賠責だけでは被害者に償えない

2021.10.5(火)

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バイク保険の加入率は5割以下、自賠責だけでは被害者に償えない

 昨年、北海道で発生したバイク同士の衝突死亡事故で、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死)の罪に問われていた北海道江別市の被告の男(47)に、10月2日、禁錮2年の実刑が確定した。

 検察官の求刑は禁錮2年6月、被害者参加人の科刑意見は懲役7年というもので、判決はいずれの求刑も下回る結果となったが、交通事故の場合、死亡事故であっても実刑となるのは極めて稀だ。

 令和元年の法務省統計によれば、過失運転致死罪で公判請求された者のうち実刑になったのはわずか4.6%。本件では裁判官がこの被告の悪質性を認め、それを加味した結果といえるだろう。

見通しの良い直線道路で起きた悲劇

 事故は2020年10月18日、午前10時20分頃、北海道新十津川町の見通しのよい直線道路で発生した。

 被告の男性は、事故の約2週間前の10月2日に、新車で納車されたばかりの大型バイク(900cc)で「慣らし運転」を兼ねたツーリング中だった。別のグループの4台のバイクが前を走る中型トラック(全長約9メートル)を追い越したのを見て、少し間が開いたにもかかわらず、後に続こうと対向車線に出た。そのとき、対向してきた被害者(当時50)の小型バイク(125cc)と衝突したのだ。

 トラックのドライブレコーダーには、その一部始終が記録されていた。

 被害者はとっさに避けようと急ブレーキをかけたが間に合わず、被告の大型バイクが被害者の右半身を直撃した。

 被害者はこの衝撃で、右腕、右足を開放骨折。骨盤は真っ二つに割れ、右膝から下は頭の方へ折れ曲がった状態で、国道の外へ跳ね飛ばされた。

事故の現場となった直線道路(筆者撮影)

事故の現場となった直線道路(筆者撮影)

 現場にはすぐにドクターヘリが要請され、札幌市内の病院へ運ばれたが、手術の甲斐なく15時間後に死亡した。

 一方、被告も骨折などの重傷を負って入院したが、ドライブレコーダーをコマ送りで見ると、被告のケガは衝突時のものではなく、衝突後の転倒によるものであり、事故のあと友人ライダーに支えられて歩く被告の姿が映っていたという。

加害者が乗っていた大型バイク(遺族提供)

加害者が乗っていた大型バイク(遺族提供)

異例の「実刑判決」が下された理由

 裁判官は事故状況について、判決文に次のように記している。

『現場が片側1車線の見通しのよい直線部分で、日中であったから、通常であれば、追い越しを始めるに際して対向する被害車両を容易に発見できたはずであり、(中略)したがって、被告人が、本件追い越し自体の危険性を、速度はもとより対向車両の有無及び安全確認の面から優に予見でき、事故を回避するため、判示の基本的な注意義務を果たすことも容易であったことが明らかである』

 そして、こう断じている。

『被告人は高速度で追い越しを始めるに際し、前記注意義務を怠ったのであるから、その過失の程度は、被害者の落ち度がない中、一方的かつ重大なものである。被害者を死亡させた結果は重大であり、このことは遺族が次々と陳述した心情に関する意見からも推察される』

 センターラインをオーバーしてきた大型バイクが、突然、高速で正面から突っ込んでくる・・・、自車線を走っていた被害者にしてみれば、まさに何の落ち度もない、不可抗力の事故だった。

被害者が乗っていた小型バイク(筆者撮影)

被害者が乗っていた小型バイク(筆者撮影)

 しかし、判決文はこれで終わりではなかった。被告を異例の実刑にした理由について、次のように述べられていたのだ。

『被告人が任意保険に未加入であったため、十分な損害賠償がされる見込みはない。そうすると、強制保険が遺族に支払われたことなどを考慮しても、本件犯行に関する事情は悪質であり、刑の執行を猶予する余地はない』

 実は、被告人はこの大型バイクに任意保険をかけていなかったのだ。

大型バイクに乗りながら任意保険未加入とは

 自賠責保険の「傷害」部分に支払われる保険金は120万円が上限だ。しかし、重傷事故の場合、この程度の金額では全く足りない。

 実際に、この事故で亡くなった被害者の場合、救急搬送された救命センターで緊急手術を受け、大量の輸血が行われているが、亡くなるまでの15時間にかかった総医療費は658万1540円だった。

 また、被害者が死亡した場合は、損害賠償として逸失利益や慰謝料などが積算されるため、50代男性の場合は自賠責保険だけでは到底足りない。そこで、そのオーバー分を補うためにあるのが任意保険だ。

 筆者自身、長年大型バイクに乗ってきたが、任意保険をかけずに乗ったことは一度もない。それは、万一自分が加害者になったとき、被害者への賠償を自力で行うことは不可能だからだ。

 妻子があり、会社勤めをしている社会人でありながら、被告はなぜ、総重量300キロを超えるような大排気量のバイクに、任意保険をかけずに乗ることができたのだろうか・・・。

検察官が任意保険の未加入を非難

 8月27日、札幌地裁で開かれた刑事裁判を傍聴した。

 この日、法廷では、遺族による意見陳述の後、検察官が被告の「任意保険未加入」について、厳しい口調で以下のように追及する場面があった。

「被告人は平成7年、自動車を運転中に被害者を死亡させて、その場から走り去った事実で罰金50万円に処せられたことがあるにもかかわらず、『自分が人を巻き込むような事故を起こすことはないだろう、半年くらいしか乗れないのに、わざわざ任意保険をかけるのはもったいない』という、安易、身勝手、かつ自己中心的な考えで任意保険に加入しておらず、遺族に対する早期かつ十分な賠償がなされる見込みがない」

 驚いたことに、この被告人は今から26年前にも車を運転中に死亡事故を起こしていたというのだ。

 しかも、その事故は「真冬の札幌市内でのひき逃げ」という極めて悪質なものだった。

 人生二度目の死亡事故・・・。この事実を知ると、2年の禁錮刑ではあまりに軽すぎるのではないかとも思うが、刑法の「累犯の規定」によれば、仮に前の事故が罰金刑ではなく実刑であっても、刑を終えて5年経てば前科は問えないとのことで、今回の判決文にも、以前のひき逃げ死亡事故については一切触れられていなかった。

 とはいえ、過去に死亡事故を起こした被告自身が、「自分が人を巻き込むような事故を起こすことはないだろう」と述べ、「北海道は雪で1年のうち半分くらいしかバイクに乗れないので、任意保険はもったいない」という考えで、これまで乗り継いだバイクや、事故時に所有していた2台の大型バイクには一度も任意保険をかけてこなかったというのだ。

 バイクの任意保険は、クルマよりかなり安く、年間数万円で加入することができる。被告はその数万円という保険料を「もったいない」と払い渋ったがために、交通事故としては極めて重い「実刑」という刑罰を受けることになった。そして、被告本人だけでなく、妻や子どもたちの人生にも大きな苦しみを与えることになったのだ。

原付を除く二輪車の任意保険加入率が43%という恐ろしい現実

 交通事故被害者の中には、本件事故のように、加害者が任意保険に加入していなかったがために十分な損害賠償を受けることができず、「二次被害」ともいえる厳しい現実に直面している人が少なくない。

 ちなみに、「自動車保険の概況 2019」(損害保険料率算出機構)によると、二輪車(原付を除く)で、民間損保会社の任意保険(対人)に加入している率は43%にすぎない。JAや全労済などの共済保険に加入している二輪車を合わせたとしても、約半数が任意保険未加入のまま走っているということになる(*筆者注/四輪車も合わせた対人賠償普及率は、民間損保会社の自動車保険74.8%、自動車共済13.3%)。

 被害者側がマイカーを所有し、その車に任意保険をかけている場合は、歩行中や、バイク・自転車に乗車中の事故であっても、自身の保険で救済される場合があるのだが、マイカーを所有していない世帯の場合は、無保険車事故に対応する保険がないため深刻だ。

 10月2日には、2人乗りのスクーターがひき逃げ死亡事故を起こして逃走しているというニュースが報じられた。

(外部リンク)東京・羽村市でひき逃げ 80代女性死亡(TBS NEWS) https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4373699.html

 逃げたライダーは、果たして任意保険に加入していただろうか。逮捕された後、遺族は適正な賠償を受けられるのだろうか・・・。

 バイクでも重大事故の加害者になる可能性は皆無ではない。

 バイクユーザーで任意保険をかけていない人は、すぐにでも加入を検討すべきだろう。