Date: 2011-10-05 (Wed)
本日の「神奈川新聞」に、昨日の講演の記事が掲載されました。 http://www.mika-y.com/2011/2011-10-5kanagawanews.pdf
『神奈川新聞』
■唯一無二な存在失う■
交通事故の被害者遺族たちによる「生命のメッセージ展」の100回記念展2日目の4日、ジャーナリストの柳原三佳さん(48)は、自著を手に語りかけた。 「一人の命が奪われる。そのことで両親や兄弟、恋人など、どれだけ多くの人生が狂わされるのか。一つ一つ掘り下げ、目を向けてほしかった」 この夏刊行された新著のタイトルは「遺品 あなたを失った代わりに」(晶文社)。日常のなにげない場面や身の回りのものに、亡くした人の面影を見る遺族たち。取材を通じて触れ得た心象風景を寄り添うように見つめている。 それぞれが思いを寄せる遺品はさまざまだ。失われた唯一無二な存在としての愛する人は、そこにこそ浮かび上がってくる。 例えば、メッセージ展の提唱者で座間市在住の造形作家鈴木共子さん(62)は、息子の零さんが車にはねられる数時間前に作り置いてくれたギョーザを11年たった今も冷凍庫にしまい続けている---といった具合にである。 <私としては、彼の遺伝子を保存しているような、そんな気持ちなんです>
柳原さんは、警察の交通事故処理のずさんさや司法の不備を追及するルポを手掛けてきた。一方で、交通事故死者はこの10年減り続け、2010年には2年連続で5千人大を下回る4863人となった。喜ぶべきことだろうか。 「まだ犠牲者が5千人近くもいる。ゼロにならなければいけないのに」 5千分の1でも、亡くした家族にとってはすべてだ。犠牲者が出ることが前提でいいのか。そうしてひとつの命が軽んじられていれば、遺族感情を顧みない事故処理や司法判断を生み出す素地は、いつまでも変わらない。
講演のたびにこの本を紹介し、手製のチラシを警察署に配り、刑務所の受刑者に読んでほしいと働きかける遺族がいる。 共感を広げる柔らかな筆致。それは地震の経験に基づくものであるのかもしれなかった。柳原さんもメッセージ展の参加家族の一人だった。父を投薬ミスという医療過誤で亡くしていた。 「孤立している被害者家族はメッセージ展に参加することで集い、っさえあい、癒されている。だから優しい気持ちになり,愛する人の死をよりよい社会のために生かしたいという考えになる」 会場の日本財団ビル。人型パネルのメッセンジャーとなった父の足元には、こげ茶色い鼻緒の下駄が並んでいた。「お気に入りで。休みの日には、カランコロンとね。」遠い目をして柳原さんがつぶやいた。(石橋学) (神奈川新聞 2011.10.5)
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