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− アメリカ −
98年10月、私はアメリカの交通事故捜査を取材するため、カリフォルニア州ロスアンゼルスを訪れた。警察署には私たちの取材用にパトカーが用意され、事故が起こったら現場に同行させてくれるとのこと。日本でもまだ体験したことがない取材だけに、そのサービス精神には驚かされたが、まずは情報開示のシステムについて話を聞きながら、通報を待つことにした。

 ロス市警(LAPD)交通課のF・ウォルタード巡査部長は「日本では交通事故のレポートを当事者に見せないだって?
That is bad !
もしアメリカの警察官がそんなことをしたら、全米中の弁護士に訴えられて、首が回らなくなりますよ。アメリカでは、警察官が仕事中に書いたものは、全てパブリックインフォメーション。一般市民の皆さんに見せるというのが大原則なんです。」
もちろん、調書類にはかなりプライベートなことまで書かれているので、誰にでもオープンというわけにはいかないが、被害者の家族・事故車の所有者・担当の弁護士・保険会社なら、事故の当事者本人でなくてもOKだ。 F・ウォルタード巡査部長は続けて「捜査書類を開示しないというのには、国ごとにいろいろ理由があるのでしょうが、私たちから見れば、非常に悪いことだと思います。被害者でも加害者でも、警察と関った人が「わかった、もうこれでいいよ」と言うまで、提供できる全てのものを提供し、手伝ってあげられることは、すべて手伝わなくてはならない。それが警察官の仕事であり、義務なんです。警察というのは、公共のサービスと情報を提供するところです。事故に関っている人に情報を伝えることは当たり前だと思います。」と述べたのである。

「死人に口なし」許さない。アメリカ・コロナー制度
 私は日本で交通事故の取材をする中で、初動捜査や証拠保全が不十分だったために加害者と被害者が取り違えられたり、後になって保険金が支払われないという当事者の声を数多く耳にしてきた。特に、死亡事故や意識不明のように、一方の当事者が証言できない場合にそのようなトラブルが多発しているだけに、アメリカのこのシステムについてはとても興味があった。
アメリカでは、他殺・変死・自殺・事故死など、医師が立ち会えなかった人の「死」の現場に、検視官(コロナー)が駆けつけ、医学的見地から死因を徹底的に究明しているという。コロナーによる捜査や検死の結果は、デス・リポート(death report)としてまとめられ、調書(police report)と共に、事故の当事者や保険会社などに提供される。

ロスの元検視局長、トーマス・野口氏にインタビューを申し込んだ。日本医科大学で医学を、中央大学で法学を学び、52年に渡米。61年、ロス検視局に招聘され、67年から82年まで検視局長を務めた。マリリン・モンロー、ロバート・ケネディ、ナタリー・ウッドらの検視を行い、全米で注目を浴びた彼は、現在、南カリフォルニア大学医学部教授を務める。

 トーマス・野口氏は「ドクター刑事」とも呼ばれるコロナーの役割についてこう語った。「殺人や死亡事故が発生すると、現場には警察官が先に到着しますが、彼らは私たちコロナーが来るまで待たなければなりません。アメリカのドラマでは「waiting for the Coroners. Stay!」というセリフがよく出てきますが、要するにコロナーが来るまでは、死人にも現場にもいっさい触れてはいけないといことです。日本ではだいたい警察官がやってしまいますね。彼らは事故現場のことは経験上知っていると思うんですが、医学的な専門知識はありません。そういう人たちが、微妙なケースについても遺体をうごかしているのが現状でないかと思います。」

 「交通事故の捜査には、3つの重要な要素が隠れています。ヒューマンファクター(人的なもの)、メカニカル(自動車の機械的なもの)エンバイロンメント(気象条件、環境などの総合的研究)です。飛行機の事故も同じですが、この3つは必ず調べなくてはいけません。人的なものを調べていくときは、現場の写真や報告書をもとに遺体を解剖します。傷口などからどうも解せないことがある場合は、もう一度現場の状況を見ます。もちろんガレージに入っている事故車も。こうして3つを合わせていくと、ああなるほど、ということがたくさん出てくるのです。」

 「アメリカでは、コロナーが事故直後に検証を行うので、真実を取り違えることはほとんどありません。たとえドライバーやパッセンジャー(助手席の搭乗者)が車外に放出されても、双方の傷を調べればどちらが運転していたのかはっきりわかります。アメリカの自動車の場合は、運転席が左にあるために、ドライバーの傷口は身体の左側にあることがほとんどです。反対に、パッセンジャーの身体には、右側にガラス片による傷口があります。これだけはぶつかる瞬間に急に変えるわけにはいきません。また、運転している人は身構えることができますが、横に乗っている人は気がつかないために大きなケガをすることが多い。だからこのような事故では、迷宮入りにならないように、コロナーは早く鑑定しなくてはならないのです。」

 最後にトーマス・野口氏は日本の交通捜査や情報開示の現状についてこう指摘した。「警察で調べたものを極秘にし、知らせないというのは、日本特有の長年のしきたりではないかと思います。しかし、第3者が見られないような法律はダメです。そのしきたりを少しずつ変えていかなくてはいけないでしょう。ちなみにアメリカでは、コロナーが作ったリポートは公的なもので、隠すことはできません。たとえば、今でもマリリンモンローの解剖所見は、オフィスに行けば手に入ります。また、私などは現場に行くとき、主任捜査員と報道関係者を必ず一緒に連れていきます。そして必要なときには、正しいことがスムースに報道されるよう、分かりやすい言葉で一斉に記者会見をします。そうすることによって一般の人たちの安心感も保てると思うのです。アメリカの人たちには知る権利があるからです。」

捜査の情報とはいったい誰のものなのか?

LADP、トーマス・野口氏に話を聞く中で、私は、日本とアメリカでその答えがまったく違うことを痛感した。

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© 柳原 三佳